栄養ドリンク-ちょっと不思議な飲料である。聞けば誰もがただちにイメージできる。それほど社会に浸透した存在なのに、その言葉は、「日本国語大辞典」「広辞苑」などの国語辞典はおろか現代用語の辞書類にさえ収載されていない。そのため本稿では「肉体疲労時の栄養補給を目的としたドリンク剤」と理解して話を進めていくことにする。
さて、その栄養ドリンクが日本に初めて登場したのは、高度経済成長のまっただ中の1962年。大手製薬メーカーが発売した栄養ドリンク剤がパイオニア商品だった。そして、それを皮きりにあまたの栄養ドリンクが市場を賑わせていった。
ヤクルトの「タフマン」はそれよりやや遅れ、80年11月のテスト販売を経て81年に全国発売された。日本経済は73、79年の2度にわたる石油ショックで一時的に成長が頓挫したが、80年代に入って再び活況を取り戻し、85年のプラザ合意を機にバブル経済に突入。経済社会は未曽有の高揚感につつまれていた。まさにビジネスマンにとっては肉体疲労でへたっていられないような時代だった。ゆえにタフマンはそうした経済社会状況を背景に好調に売上げを伸ばしていった。
また、売上の伸張にはバブル経済だけでなくCMも大きく寄与していた。ヤクルト本社は85年からタフマンのCMに俳優の伊東四朗を起用し、そのコミカルなキャラクターが大いにうけ、タフマン=伊東四朗と評されるほどに認知度を高めていった。