あの人気商品はこうして開発された「飲料編」
「キリンフリー」単なるアルコールゼロではない、社会に貢献する商品をつくる
ビールが飲みたい。が、その後にクルマを運転しなければならない。…でも、飲みたい。
そんなわがままをかなえられる飲料がノンアルコールビールと思われていた。しかし、いままでのノンアルコールビールにはわずかながらもアルコール成分が含まれている。とすると飲んで運転してはまずいのではないか。そんな不安がつきまとった。
それを完全に払しょくしたのが「キリンフリー」。まさしくアルコール度数ゼロのビールテイスト飲料。多くが待ち望んでいたこの飲料の開発には、社会に貢献したいという遠大な思いが込められていた。
ことほど左様に困難な挑戦
飲み心地はまさにビールなのだがアルコール度数は0.00%。いくら飲んでも100%酔わない。そんなビールテイスト飲料「キリンフリー」がキリンビールから2009年4月8日に発売された。世界でも稀有なアルコール度数がゼロのビールテイスト飲料。その開発は発売から2年前の07年秋にスタートした。
日本を代表するビールメーカーが、ビールの酔い心地のないビールテイスト飲料をつくる。そのきっかけは07年夏の道路交通法改正による飲酒運転の厳罰化だった。また、それに呼応するかのように、「飲んでも安心して運転できるビールテイスト飲料が商品化されるといい」「すべての飲食店にビールテイスト飲料が置いてあるといい」とアルコールのないビールテイスト飲料を望む声が多くの消費者から寄せられた。こうした消費者の声に潜む新しい商品へのニーズもキリンビールを動かす大きなきっかけになった。
商品企画を主導した営業本部マーケティング部商品担当(開発当時は商品開発研究所新商品開発グループ)の梶原美奈子さんは振り返る。
「日本の社会はもはやクルマとは切っても切れない関係です。ならば酒類メーカーとして自分たちの技術力で飲酒運転をなくす商品をつくろう。こうした趣旨で開発を始めたのです。ただ、すでに市場にあるビールテイスト飲料は、どうしてもビールより劣位に見られがちでした。しかし、それでは困る。代替品だからこの程度でもしょうがないと思われるような商品ではなく、積極的に飲めて、お客さまの生活を豊かにするような飲料をつくるという目標を掲げて開発を進めました」
開発プロジェクトにはスタート時から技術者も参加していた。困難な挑戦になることは、技術者のみならず開発チームの誰もがわかっていた。
「ビールと同じものはつくれない。けれど、ビールを飲んだ気分になれるものならつくれそうだ」
技術者の見解だった。
「そこです、そこを詰めていってください」
梶原さんは技術者たちに熱っぽく語りかけた。
通常、ビールの製造は、麦芽を原料に麦汁をつくり、それにホップを加えて香りと苦みを生成する。さらにその麦汁に酵母を加えて発酵させ、アルコールをつくり出す。それに対してキリンフリーは、麦汁とホップを主原料にしながらも、酵母は用いないので発酵をさせず、その結果としてアルコールも生成しない。こうしてノンアルコールにできるのだが、発酵させないということは、単にアルコールを生成しないだけでなく、麦汁のいやなにおいや甘みを残してしまう。さらに、出来あがった飲料の酸味も強くなりすぎてしまう。つまり、ビールづくりで重要な酵母を使わずにビール独特の味わいをつくるということは、ことほど左様に困難な挑戦だったのだ。
すべてのビール愛飲者から受け入れられるように
そこでキリンフリーが用いたのが、香味の調合技術と酸味をコントロールする技術だった。
まずは香味の調合技術。「キリンチューハイ氷結」などチューハイ系飲料では、フレーバーごとに香りがつけられている。チューハイ系飲料の開発では要となる技術の1つだ。そこでキリンフリーではチューハイ系飲料の開発チームのサポートを得て、酵母のつくり出す独特の香りを再現した。
また、酸味のコントロールにはグループ会社のキリンビバレッジに協力を仰ぎ、清涼飲料で用いる酸味の制御技術を応用した。
アルコールゼロなのにビールのような風味をもたらす製法では、麦汁の製造技術に加えて香味調合技術、酸味制御技術の3つの技術が絶妙なハーモニーを奏でていることが重要なポイントになっている。また、こうして新たに開発した「麦芽感のコントロール」「酸味の低減」「香味調整」の3件の技術を特許出願した。
開発から発売までの2年間につくられた試作品は最終的に70~80種。社内はもちろんモニターへの嗜好調査もかけて絞り込んでいった。
「"飲みごたえ系"でいくのか“スッキリ系”でいくのかといった議論もありましたが、特定のビールの代替品という飲料はめざしませんでした。どんなタイプのビールを愛飲される方からも喜んで受け入れられたい。それが私たちの願いだったからです」
味だけでなく商品コンセプトである「飲酒運転の根絶に寄与し、社会に貢献する商品」が事前の消費者調査でも大きな支持を得た。キリンフリーに込めたそのメッセージに若者を中心に多くの賛同の声が返ってきた。それを目の当たりにして「この商品は多くの方から支持されるかも」(梶原さん)という確かな予感がわいてきた。
そして発売前には安全性の試験も入念に実施した。運転シミュレーションを使ってのテストだ。飲んだ後で運転への影響を徹底的に調べた。論理的にはアルコール度数0.00%なのだから、体に飲酒の現象が現れるはずはない。が、薬効のない薬でも心理作用で効いてしまうプラシーボ現象のようなものへの確認もしておく必要がある。それほど入念な試験を繰り返し、商品の安心・安全を確認した。
商品コンセプトの枠を超えた
発売前日の09年4月7日、東京アクアラインの海ほたるパーキングエリアで元F1ドライバー・中島悟氏と共にキャンペーンを開催。上々の手応えをつかんでのスタートとなった。発売当初の年間販売予定数は63万ケース(1ケースは大ビン20本分)だったが、発売後わずか1カ月半でその数字を突破。最終的には6倍超の400万ケースを売り上げる大ヒット商品となった。この年のノンアルコール・ビールテイスト飲料の市場規模は500万ケースだったので、じつに8割のシェアを占めたことになる。
キリンフリーは発売後の消費者調査でも好意的に受けとめられた。全日本交通安全協会、日本フードサービス協会、日本自動車連盟(JAF)が推進する「ハンドルキーパー運動」(飲食店などからの帰路でクルマを運転するため、あらかじめ飲酒しない人を決めて飲酒運転事故を防止する運動)を支援、飲酒運転防止に対する社会貢献の企業姿勢が評価され、企業イメージの向上に効果をもたらした。
また、消費者からの反響も大きかった。
「子育て中で、子供が急に熱を出して医者に急がなければいけないようなことがあっても、安心して運転できる」
キリンフリーのコンセプトが確かに消費者に届いたことを明かす声だ。
そればかりではない。
「猛暑の朝、洗濯を干し、掃除機をかけて家事で汗だくになりビールが飲みたくなったとき、キリンフリーなら安心して飲める」
「テニスなどのスポーツの休憩時にも飲める」
「残業が決まって夕ご飯を買いに行くとき同時にキリンフリーも買う」
「飲み会の雰囲気をこわさずに飲める」
予想もしなかった反響だった。「飲酒運転根絶への寄与=社会貢献」という商品コンセプトの枠を超え、キリンフリーは消費者のさまざまな生活シーンへ一気に浸透していった。
「発売後5年くらい経ってからそうなればいいなと思っていたことが、予想以上に早くきました。ヒット商品ってこういうことなんだ、と体感しました」と梶原さん。
商品コンセプトの枠を超えて支持を獲得している。ちょっと意地の悪い質問をしてみたくなった。
「キリンフリーが売れすぎて、ビール市場を食っているのではないですか?」
「そこまではわかりません。でも、アルコールを飲まない人と一緒のとき、これまでは相手に遠慮して飲む量を控えていた人が、相手がキリンフリーを飲んでいればあまり気を遣わず、自分も安心してもう一杯飲もう、なんてことにもなりますからね。そういう意味からも、キリンフリーはあくまでも新しい市場を創造したと考えています」
梶原さんはさらりと切り返した。
キリンフリーは09年の余勢を駆って10年も快進撃を続けている。430万ケースと設定した10年当初の年間販売目標は、8月には510万ケースへと上方修正され、11月末ですでにその90%を超えた。
さらに10年4月にしじみ900個分のオルニチンを配合したアルコール0.00%の休肝日飲料「キリン休む日のAlc.0.00」を発売し、キリンフリーと共に同社の10年のノンアルコール・ビールテイスト飲料の販売数量はほぼ600万ケースに達する見通しにある。
そして今冬、キリンフリーは進化した。味のブラッシュアップにチャレンジし、これまでの麦汁の製造工程での植物繊維の使用を止め、さらに洗練されたビール味に改良された。そのリニューアルしたキリンフリーは昨10年12月に発売され、新たな顧客を掘り起こす起爆剤になろうとしている。
企業データ
- 企業名
- キリンビール株式会社
- Webサイト
- 代表者
- 代表取締役社長 松沢幸一
- 所在地
- 東京都渋谷区神宮前6-26-1
- Tel
- 03-5540-3411
掲載日:2011年1月 5日