博水社の前身は1928年創業の田中武雄商店で、ガラス瓶に入ったジュースなどの卸問屋だった。戦後に博水社に改名し、ラムネやサイダー、かき氷用シロップなどの製造を手がけ、着実に業績を伸ばしていった。ただ、高度経済成長期に入ると、外国資本の飲料メーカーが日本市場に参入し成長は鈍化した。
危機感を覚えた二代目社長の田中専一氏(現会長)は、年間を通して売れる商品開発に着手。酒類を割る飲料をつくれば、季節に関係なく売り上げを伸ばせると考え、75年にビール原料のホップを使った割材レシピを考えた。だが、ホップのエッセンスを供給する製造元が倒産、行き詰まってしまった。
転機となったのは、専一社長がリフレッシュするために75年に訪れたアメリカ・サンフランシスコでの出来事と、専一社長の妻の一言だった。
サンフランシスコで多くの人がカクテルを飲んでいる姿を目にした専一社長は“日本版カクテル”の割材となる飲料の開発に頭を切り替えた。ベースとなる酒類には、日本人に親しみのある焼酎(甲類)を選択。レモンとシロップに炭酸を混ぜた割材を試作した。妻に試飲させたところ「もう一工夫」と、白ワインを加えることを提案された。焼酎のとがった味がまろやかになった。試作から5年後の80年、博水社の「ハイサワー レモン」が誕生した。このとき専一社長が習字筆で書いた「ハイサワー」の文字は、今もパッケージに印字されている。