あの人気商品はこうして開発された「飲料編」

「ハイサワー」“日本版カクテル”の割材となる飲料を

「あの人気商品はこうして開発された」 「ハイサワー」-“日本版カクテル”の割材となる飲料を 外国資本の市場参入により危機感を覚えた博水社は、新商品の開発に着手するも、思い描いていた戦略が製造元の倒産により行き詰っていた。転機となったのは1975年、現会長がリフレッシュのために訪れたアメリカ・サンフランシスコでの出来事だった。
「東京カルチャーカルチャー」(ニフティ運営)で行われたイベント「ハイサワー de 女子会! in お台場」

「シチリア産レモンの中心部分だけを搾った果汁ですか!どうりでおいしいわけです」。7月7日、ニフティが運営するイベントハウス「東京カルチャーカルチャー」(東京都江東区)で行われた「ハイサワー de 女子会! in お台場」に参加した30代の女性は、ウエルカムドリンクとして振る舞われた「ハイサワー レモン」を口にすると、目を丸くした。

焼酎などの酒類割材となるハイサワーを製造販売する博水社(東京都目黒区)は、発売時の1980年から同商材のレモンにイタリア・シチリア産だけを使用している。それも、使うのはレモン中心部の“一番搾り果汁”。皮も一緒にレモン丸ごと押しつぶして搾汁するのではなく、一つひとつを丁寧に輪切りし、果肉の真ん中だけを使用するため、全体の30%程度ほどしか搾汁できない。

イタリアのレモン農場(上)「ハイサワー」は果肉の真ん中だけを使用する(下)

「他人様の口に入れるものには責任がある。良いものを提供することは当たり前」という創業者・田中武雄氏の教えを受け継ぎ、対外的なPRはあまりしていなかった。ハイサワー発売30周年となる10年に初めて、商品パッケージにシチリア産の表記をしたほどだ。「いいレモンを安心して作ってほしい」(田中秀子社長)と、イタリアのレモン農家とは30年の長期栽培契約を結んでいる。

わが輩(ハイ)がつくったサワー

1980年に「ハイサワー」と命名したのは先代社長の田中専一氏だった。蒸留酒に炭酸を加えたものを意味する英語のサワーと、わが輩(ハイ)が作った割材を混ぜて飲むことに由来する。なじみのある「わるなら、ハイサワー」のTVCMソングで有名な同商品だが、日の目を見るには難関と偶然が待ち受けていた。

旧自社工場

博水社の前身は1928年創業の田中武雄商店で、ガラス瓶に入ったジュースなどの卸問屋だった。戦後に博水社に改名し、ラムネやサイダー、かき氷用シロップなどの製造を手がけ、着実に業績を伸ばしていった。ただ、高度経済成長期に入ると、外国資本の飲料メーカーが日本市場に参入し成長は鈍化した。

危機感を覚えた二代目社長の田中専一氏(現会長)は、年間を通して売れる商品開発に着手。酒類を割る飲料をつくれば、季節に関係なく売り上げを伸ばせると考え、75年にビール原料のホップを使った割材レシピを考えた。だが、ホップのエッセンスを供給する製造元が倒産、行き詰まってしまった。

転機となったのは、専一社長がリフレッシュするために75年に訪れたアメリカ・サンフランシスコでの出来事と、専一社長の妻の一言だった。

サンフランシスコで多くの人がカクテルを飲んでいる姿を目にした専一社長は“日本版カクテル”の割材となる飲料の開発に頭を切り替えた。ベースとなる酒類には、日本人に親しみのある焼酎(甲類)を選択。レモンとシロップに炭酸を混ぜた割材を試作した。妻に試飲させたところ「もう一工夫」と、白ワインを加えることを提案された。焼酎のとがった味がまろやかになった。試作から5年後の80年、博水社の「ハイサワー レモン」が誕生した。このとき専一社長が習字筆で書いた「ハイサワー」の文字は、今もパッケージに印字されている。

“口コミ”の味

発売開始当時の「ハイサワー」。CMには芦川よしみさんを起用した

ただ、どんなに良い商品を開発しても、知られなければ売れることはない。専一社長は宣伝費がない中で知名度を上げるため、ハイサワー一ケースと、焼酎、飲み代を従業員に渡し、地元・東京目黒区の居酒屋を訪問させた。「焼酎を炭酸水で割ったお酒なんて誰も飲まないよと言われることも多々あった」(田中秀子社長)が、実際にハイサワーを作って試飲してもらうと、口当たりの良さが評価となって“口コミ”で広がり、自社工場では製造が間に合わないようになっていった。85年にはそれまで瓶入りだったハイサワーに加え家庭用のペットボルトタイプを発売、同時期にTVCMを放映したことで人気に火がついた。86年に青りんごフレーバー、翌年には梅を、97年にはグループフルーツフレーバーを発売しラインアップを充実させていった。

左から「ハイサワーハイッピー ビアテイスト」「同 レモンビアテイスト」と「ハイサワーハイッピーゼロ ビアテイスト」

02年には専一社長の長女・秀子氏が入社した(08年に社長に就任)。秀子現社長は、営業先の女性店主から「仕事柄、お酒は飲まなくてはいけないけど、太りたくない」という声を多数聞くと、安全な人工甘味料を使い、6キロカロリー(100ccあたり)の「ダイエット ハイサワー レモン」、「同 グレープフルーツ」を03年に商品化。同商品は脱メタボリック症候群ブームにも乗り、05年には製造量が前年度比200%になった。

01年に専一前社長が断念したビールテイストの商品開発にも着手した。当時のレシピを現代風にアレンジし4年の歳月を費やし、06年に「ハイサワーハイッピー ビアテイスト」「同 レモンビアテイスト」を発売。また11年には、焼酎割材では初めてとなる、糖類ゼロのビールテイストのノンアルコールビール「ハイサワーハイッピーゼロ ビアテイスト」を商品化するなどアイデアを次々と打ち出した。

枯れることないアイデアの源泉

ハイサワーの大型ペットボトルを載せた宣伝車。キャップの滑り止めの凹凸や底の流線型など、ペットボトル部分はリアルさが追求されている。

商品開発だけでなく、訴求方法も多岐にわたっている。

ハイサワー発売30周年となる10年には、ハイサワーの大型ペットボトルを載せた宣伝車で、東京・新橋や渋谷、秋葉原などを走りぬけるイベントを行った。7月7日に開催した「ハイサワー de 女子会! in お台場」は、メーン顧客層の40-50代男性以外にもターゲットを広げることが目的だった。参加した20代の女性からは「今までは定番の割り方しか知らなかったが、青リンゴサワーに氷とバニラアイスをトッピングする『白雪ハイサワー』など、知らなかった割り方を教わった。家で試してみたいし、周りの人にも教えたい」との声も出て、イベントの狙いは的中した。また、NHKが放映する朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」の舞台が東京都大田区であることにちなみ、キリンビールとコラボレーションし、大田区の蒲田限定でキリンビールのリキュール商品「ピーチツリー」を「ハイサワー うめ」で割った「梅ちゃんサワー」を地元飲食店で販売している。

次々とアイデアを打ち出す田中秀子社長。その探究心は尽きることがない

枯れることなく沸いてくるアイデアの源泉はどこにあるのか—。

「小さいころは、ラムネ工場に立ち込めるイチゴやメロンのシロップのにおいを吸いながら、職人が味の調合をする姿を見てきた。商品を試作する習慣が染み付いているのかもしれない」と、田中社長は顔をほころばせる。

博水社は夕方近くになると騒がしくなることがある。試飲会が開かれ「社内がちょっとした居酒屋になる」(田中社長)からだ。お酒が強い社員もそれほど飲めない社員も、田中社長も、みんなで楽しく“次の味”を探し求めている。尽きることのないアイデアは、田中社長の商品開発意欲と、和気あいあいとした社内から生まれている。

企業データ

企業名
株式会社博水社
Webサイト
代表者
代表取締役社長 田中秀子
所在地
東京都目黒区目黒本町6-2-2

掲載日:2012年7月27日