売れない時代に売れる理由。販売低迷期の成功事例

「リンガーハット」安全・健康・高齢化社会に対応する外食チェーン

「長崎ちゃんぽん」—。とんこつと鶏ガラのダシをベースとしたスープに、中太麺と野菜がたっぷり入った長崎県のご当地麺料理だ。実はこの長崎ちゃんぽんが全国的に広まったのは、県外出身でとんかつ店からスタートしたリンガーハットの功績が大きい。同社は、現在国内でちゃんぽんの店約500店と、とんかつ店100店超を展開している。国内にちゃんぽん文化を定着させた同社の次の照準は海外だ。

外食チェーンの先駆け

リンガーハットの創業者である米浜和英会長兼社長は1962年、2人の兄とともに長崎市で「とんかつ浜勝」を創業。74年に「リンガーハット」の原点である「長崎ちゃんめん」を開店した。米浜氏の功績は、長崎ちゃんぽんを全国に広めただけではない。“ちゃんぽん店のチェーン化”を成功させたところにもある。今では様々な外食チェーンが存在するが、40年以上も前、ようやくチェーンのスーパーマーケットが出はじめたころに、外食チェーン店の基盤を構築したのだ。

井の頭通り宮前店

米浜社長は、「ペガサスクラブ」というチェーンストア経営を研究する団体の主宰者で、元新聞記者の渥美俊一氏とともに、外食のチェーンストア理論を学んだ一人。渥美氏はチェーンストア理論の第一人者で、ダイエー創業者の故中内功氏や、ジャスコ(現イオン)創業メンバーである岡田卓也氏らとも親交がある。地域にドミナント(高密度店舗網)を形成し店舗運営を標準化するチェーンストアの理論を取り入れた。

米浜氏は鳥取県の出身だが、縁あって長崎で飲食店を始めた。「お好み焼きやすき焼き屋、鉄板焼きなどいろいろな店をやりました」と話す。そして1970年、大阪万博の年に「ケンタッキーフライドチキン」など欧米の外食産業が国内に相次ぎ進出、大成功するのを目の当たりにする。さらに数年後には「すかいらーく」が郊外でファミリーレストランの展開を開始した。外食産業にもチェーン化の機運が高まっていた。しかし米浜氏の店は長崎市内に数店しかなく「このままでは乗り遅れる」と、焦っていた。

当時、多くの地域で成功していた札幌ラーメンの店が、長崎では受け入れられずに店を畳んだことも、米浜氏には驚きだった。「やはり長崎はちゃんぽんだ。これをチェーン化しよう」と決断、渥美氏に相談してチェーン化に乗り出した。長崎県内に10店ほど出店した後、福岡県に進出した。米浜社長は「地区大会で勝って九州大会に出たようなもの」と当時を振り返る。福岡でもリンガーハットは当たった。九州での成功を手に、いよいよ関東に進出した。

もちろん東京では知名度がない。2、3号店を軌道に乗せるまでは苦労の連続だった。「最初は(スープが白いので)牛乳が入っているのかなどといわれた」こともある。それでも繁華街を中心に出店し、珍しさもあって知名度を高めていった。首都圏で採算が合うようになったのはつい4、5年前のことだ。「地方の企業が東京で事業を軌道に乗せるのは大変」(米浜氏)というのはまさに実感だろう。こうした苦労を経て「リンガーハット」の店舗は全国500店にもなった。ここまでの道のりには、山谷もあった。

安全・健康・高齢化に適応

杏仁豆腐もテークアウト

2000年に東証一部に上場し、05年にはチェーン店の雄である日本マクドナルド出身者に社長を任せるなど順風満帆かと思えた。しかし、マクドナルド流のクーポン戦略が外れ07年には1億円を越える赤字を計上、08年に米浜氏が社長に復帰した。クーポンを廃止し、赤字だったロードサイド店の50店を廃止した。そして復活を決定づけたのが国産野菜への全面切り替えだ。

当時、中国の冷凍ギョーザ事件などで消費者は中国産の食材に不安を持っていた。しかし、全面的に国産に切り替えとなると、生産量の確保、コストアップなど難題が山積みだ。それでも、食の安全と企業姿勢の明確化に企業の再生を掛けた。足らない野菜を生産してもらうために農家に掛け合うなど、1年かけて取り組んだ。その結果、1杯あたり40円から100円の値上げを余儀なくされたが、「国産野菜=安全・健康」というイメージが消費者に受け入れられ、離れた客も戻ってきた。牛丼などが値下げ競争に走り利益を下げる中で、リンガーハットの業績は回復した。

店舗のあり方も変えようとしている。米浜氏が香港を訪れたときのこと。朝8時半に、ある外食店の前に高齢者の行列ができていた。手には新聞などを抱えている。外食が定着している香港では、高齢者が朝のひとときを店内でのんびり過ごすのは、よく見られる風景だ。米浜氏は「そんなゆったり感のある場所が、高齢化社会の日本にも必要」と感じたという。そして、地域のコミュニティ機能をもたせる店舗の実験を始めた。神奈川の「港南台店」は、セルフスタイルでメニューも少し違う。高齢者を意識して、ちゃんぽん以外にも温かい食べ物を充実させ、手軽なドリンクバーも用意した。宅配事業にも取り組み、現在40-50店で展開する。次世代の業態開発や高齢者のニーズの具現化を進めている。

強い決意で海外市場に挑む

米浜和英会長兼社長

今後、高齢化が進む国内市場では大きな伸びは見込めない。チェーンストアが発展するためには、海外進出は避けて通れない。同社も国内で築いたチェーンストアの理論を基に、食材の調達から製造方法などのノウハウを体系化し、海外で広めている。目標は「2015年までに内外あわせて1000店体制。将来は海外で収益の半分を稼ぐ会社」だ。この意味は、工場や店舗の運営などを含め、ノウハウ料をもらえる会社になろうということだ。

すでに台湾、米国、タイに進出した。米浜社長は「タイはまだ価格や商品が(現地に)ピタッと来ていない」と言うものの、「同じことをやっていたのでは1000店に到達しない。過去の成功にとらわれず徹底してやる。絶対に撤退しない」と強い決意を見せる。チェーン理論をベースに日本でちゃんぽんを広めた次は、海外にちゃんぽん文化を広めていく。

企業データ

企業名
株式会社リンガーハット
Webサイト
代表者
米浜和英会長兼社長
所在地
東京都品川区大崎1-6-1

掲載日:2013年6月 6日