ITツール活用事例

IT活用で手軽な販路開拓受発注業務の手入力省けミスも減少

自然循環型農法で生産したコメ、野菜を消費者に届ける目的で出版関連企業を脱サラした杉原正利氏(現会長)が2005年、福島県南部で米、野菜の生産を始め08年に法人化したのが山燕庵。11年の東日本大震災で発生した原発事故の影響から、主な生産地を石川県の能登半島に移し首都圏の消費者へ直接販売してきた。

高齢になった親の後を継ぐ形で息子の晋一氏(38)が、父と同じく脱サラして14年に事業参加し代表取締役に就任。米主体に年間予約で直販してきた体制だけでなく、加工品の開発販売と卸売りのほか、ネットによる販売を始めた。

加工食品は、米の生産にともない発生する、ぬかなどを活用し開発した商品で、これは大手食品卸からの注文を受け、順調に売り上げを伸ばす。ネット販売は、複雑な要素が省けて簡単に展開できることに注目し、ネットショップ作成サービス「BASE」を使うことにした。その上で展示会へ積極的に出展し来場者の目を引きつけ、さらにブログを頻繁に更新するなど地道な努力を通しネットショップへの集客を図っている。

「販売はBASEを主体に伸ばしていくことがポイントになると思います。そのための情報発信を重視していますが、なかなか月100万円の目標を超えられないのが現状です。35歳ぐらいの働く女性をターゲットに設定し、新たな展開を開始する必要性を感じています」と杉原代表は現状を語る。

代表取締役・杉原晋一氏

生産性向上だけでないIT対応

自然栽培にこだわる米の収穫。右は会長の父親

これまでの売上高推移をみると、東日本大震災の影響が出た年は赤字。その後、1000万円から2000万円まで伸ばし、昨年度は3000万円台にまで売り上げを増やすことができたという。消費者向け直販を主体に加工品の卸販売とネット展開が売上高を着実に伸ばした結果だ。「ネットショップ開設は売上高2000万円の時期。顧客層が広がり販路開拓に効果があった。手間が少ないのもいい」と語る。

ネット販売のメリットはまだある。自社のWebサイトからだけでなく、他社のサイトでも山燕庵の商品を扱ってもらえるようになったこと。

ただ、商品点数が増え販路も増える一方で、農業法人としての新たなプロジェクト展開、生産委託先などとの打ち合わせ、商品開発への挑戦、さらに展示会出展など体がいくつあっても足りない状態になった。人手は杉原代表、父親の会長と母親の3人だけ。煩雑な事務手続きとネットショップの更新なども行わなければいけない。

人手不足の中で売上高を増やしていくためには、どうしても生産性を上げる工夫が不可欠となる。これまではFAXで注文を受け付け、それを伝票に書き写し発送業者への手続きを行っていたが、IT化することでパソコンやスマートフォンで対応するようにした。財務管理もクラウド活用することで、作業量は大幅に短縮させることができたと強調する。

「手入力を省けるだけでなく入力ミスも減りましたね。それよりも数字がきれいに残せるので、現状把握が分かりやすく次の事業展開を考える上で助かります」とIT活用は省力化だけでなくミスを減らし、経営戦略の立案など、いくつもの副次的効果があると指摘する。ネットショップ展開でもBASEはリニューアルが簡単なので、苦にならないともいう。

「深呼吸農法」軸に多彩な事業展開を目指す

女性に人気の「ぬか袋カイロ」

「田植えから収穫まで月のうち10日以上は生産地に行き草刈りをしています。手間隙をかけ収穫した米を消費者に届ける。喜んでいただける事業にやりがいを感じ、誇りをもち取り組んでいます」と杉原代表は語る。

山燕庵の商品は、甘みが強く香り高い米「コシヒカリアモーレ」が主力。この米をベースに自らの畑で収穫した大豆を使い、深いコクを醸し出す長期自然熟成の「米麹生みそ」や旬の野菜など。

杉原代表がマーケティングリサーチ業から転身した当時は、甘酒が静かなブームを迎えていた頃だった。生産したコシヒカリアモーレの玄米と米糀だけを使い玄米甘酒を開発。酒粕から作る甘酒と異なり、クリーミーな舌触りと優しい甘みが特徴の発酵飲料ができあがった。

「展示会で試飲を勧めると、大半の人が本当に玄米なのかと驚かれますね。多めに商品を用意するのですが完売してしまいます」と、とくに30歳代の女性からの支持を集めているという。

さらに人気があるのが袋カイロの「ぬくぬくのぬか」だ。ぬか、塩、米とハーブを入れた袋を電子レンジで温めるだけ。疲れた肩や目に当てるだけで癒される。暑い夏は冷蔵庫で冷やしても良く、さらに繰り返し使用できる優れもの。

自然の素材を生かしたカイロは、昔から伝えられていたという。「母親のアイデアで米販売店のワークショップで袋詰め作業を行ったら好評だったので2年前に商品化しました」と杉原代表は説明する。デザイナーに依頼しロゴマークも作成し、女性の目を引くパッケージを作り、肩、お腹、目に当てる3タイプにして販売を始めた。

現在、他の商品とのコラボ企画やOEM(相手先ブランドによる生産)の依頼があり、発展性のある商品への道が開けつつある。大手雑貨店での販売なども手掛け、商品認知度は少しずつ高まっている。

商品が増えるにつれ、米の生産量が間に合わなくなり、農産物生産の考え方に共鳴してくれる農家に生産委託し、増える需要に対応している。その考え方とは、農薬、化学肥料に頼らず、土着菌を活用した完熟堆肥を使うこと。

「たまには深呼吸して太陽、土のありがたさ、自然の根幹を感じる。その気持ちで農業生産を行っています」というのが山燕庵のポリシー。「深呼吸農法」と名づけられ、目指す姿は、都会と農村の人々が農業を通じたコミュニティを形成しお互いを永続的に発展させる社会を実現することだと強調する。

多彩な事業展開を目指す山燕庵は、事業目的とする生産者と消費者との「共有の場」づくりをより深化させる活動を積極化する方針。そのために必要なのはIT対応であり、それによる生産性の向上といえよう。当面の課題は手狭になった東京にあるオフィスの移転。これはすでにクリアしたという。

企業データ

企業名
山燕庵(さんえんあん)
Webサイト
設立
2008年3月
従業員数
2名
代表者
代表取締役・杉原晋一氏
所在地
福島県東白川郡鮫川村大字赤坂西野字寅卯平5-5
Tel
0247-57-5343
事業内容
米・野菜の生産、加工、販売