お世辞にも教養とか、上品さとは縁遠い世界に、世界の本田宗一郎は生まれ育っていた。 この原点を見誤ると、本当の意味での本田イズムがわからなくなってしまう。
本田は明治39年(1906)11月17日に、かつては静岡県下の片田舎、現在でいう天竜市に生まれている。
父の儀平は村の鍛冶屋で、本田はその長男として、鞴や鉄槌の音とともに育った。 生まれつき手先が器用で、ものづくりが好きであった彼は、小学校2年のとき(大正3年)、飛行機「ナイルス・スミス号」が飛ぶのを浜松へ見学にいき、機械をいじることへのあこがれ、エンジンの魅力にとりつかれて、尋常小学校—高等小学校時代をすごした。
立志伝によくあるいたずら小僧で、生活の貧しさからくるくやしい思い出を、彼は生涯抱きつづけたようだ。