金型業界のエジソン

竹内宏(新興セルビック) 第4回「特許戦略・事業承継にみる中小企業の知恵」

竹内社長(右)と後継者の加藤光利執行役員 竹内社長(右)と後継者の加藤光利執行役員
竹内社長(右)と後継者の加藤光利執行役員

役員に弁理士 出願費用を大幅削減

昨年(2005年)12月末のこと、担当していた特許事務所の50歳になる弁理士が、『社長、僕はもう外部の人の特許を申請する仕事に飽きてしまった。是非、仲間に入れて欲しい』と、懇願してきた。弁理士が仲間になれば研究開発型企業にとって鬼に金棒だ。

国際競争に勝ち残る中小企業は、技術力に強みのある企業に限られてくる。

竹内は大手取引先の短納期の要求など選別が強まる中、技術が中小企業の命綱であることを、痛いほど感じ取っている。金型産業では従業員数20名以下の企業が全体の70%を占める。従業員数15名の竹内の会社は、その意味では一般的な金型メーカーの1つに過ぎない。だが、特許の取得件数が120件以上というのは、型破りの中小企業であることに変わりはない。

「今では特許出願件数も毎月10件に達します。これに対して出願費用は従来に比べますと桁違いに減っています」

この手品のような話の裏には、中小企業ならではの人間関係が生み出すエピソードが隠されている。

弁理士の申し出を2つ返事で受け入れ、現在は知的財産担当役員として活躍してもらっている。助かったのは特許出願費用なんです。ここから出願件数が増え、出願費用が減るというマジックが始まった。海外5、6カ国を含めると、1件当たりの出願費用だけで500万円ほどに膨らむ。これが社内の人間が直接、出願手続きを行うので、日本だけですと1件当たり僅か1万6千円で済んでしまいます。

これほど特許戦略に力を入れる狙いについて竹内は、「力のない小さな会社が自分を守るには、特許以外にどんな防衛策があるんですか」と言う。半面、同社でも実際に収益を生み出している特許は全体の20%程度に留まるという。

「特許というのは出願したその時点、その時の市場における最高のアイデアなんです。何年かすると技術が陳腐化してしまうのも当然のことです。ただ、出願するごとに技術の質は向上していきますね」と、竹内は特許の副次的効果を強調する。

社長自らが開発に打ち込む今一つの効果について竹内は、「新しいものを開発すると、従業員がわが事のように喜んでくれるんです。お金だけで人は動くのではなくて、会社に貢献しているという満足感が皆にはあると思います」と、従業員の素直な気持に感激する。隠れた効果である。開発することが従業員のモチベーションを高める力になっている。

「近い将来、1人当たりの年間売り上げ規模を1億円に伸ばすのが目標」という少数精鋭主義の同社にとっては、開発力を維持・強化する特許戦略、知的財産戦略は経営の基本なのである。

とはいっても、竹内が心血を注いだ技術が伝承されていくのか、事業そのものが継承されていくかが、竹内にとっても、日本にとってもモノづくりの行く末を占う最大の関心事でもある。

「仕事の中身が金型メーカーだけだったら、後継者は創らなかったと思いますね。自社製品を創り出す仕事というのは、私一代では成し遂げられないものが沢山あります。とくにウチで手掛けている製品開発は長くて17年から20年はかかるでしょうね」(竹内)。

竹内の子供は3人姉妹だった。「後継者問題は子供が幼い頃からの悩みでしたが、あり難いことに長女の娘婿が5年前の32歳の時、勤務先の島津製作所の設計部門からウチへ執行役員の取締役技術統括として入ってくれたんです。給料は半分になりましたので、ちょっと可哀そうでしたが」

事業承継する加藤光利はシステムの専門家。転職した時の気持について、「大きな会社だと組織に縛られてしまう。その点、小さな会社には自由な発想で開発に取り組めるモノづくりの原点があるような気がします」と、転職の心境をこう語る。

金型産業の「2007年問題」は、言われているほど深刻な問題ではないとの見方が強い。ただ、団塊世代のオーナー経営者の中には、金型メーカーの経営が限界に達しつつあるところも少なくない。

新興セルビックは昨年、60歳の社長を含め、従業員数3名の金型メーカーを買収した。堅実経営の会社で、資産と負債がほぼ同じだった。しかし、後継者もいなければ最新設備を購入する力もない。竹内は労せずして社長を含むモノづくりのプロと顧客を手に入れることができたのである。

「あと5年でバトンタッチしたい」という竹内の挑戦は、これからが腕の見せどころのようだ。(敬称略)

掲載日:2006年11月6日