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「あさひなはり灸整骨院(静岡県三島市)」支援機関連携で学生へ承継

この記事の内容

  • 母親の介護を優先するため夫婦で経営する整骨院を譲ることにした
  • だが、適当な人物を見つけられなかった。悩んだ末、地元商工会議所に相談
  • 後継者人材バンクへ登録し、専門学校生に第3者承継することが決まった
バトンは確実に引き渡されることになった。左から岩崎奈百合氏、英明氏、高田氏(院内受付前で)

整骨院の数は近年、急速に増え続け、2014年現在で全国に約45,000院(厚労省資料)にのぼる。歯科医院と同じく町のいたる所で看板を見かけ、当然、競争は激しく経営は厳しい。

その中で静岡県三島市の「あさひなはり灸整骨院」は、04年10月の開業以来アットホームを大切に地元で愛される治療院として実績を積み重ねてきた。院内はバリアフリー環境と明るい雰囲気を重視した清潔感で溢れ、すべての人に安心感を与えている。こうした取り組みが、1日平均40人の来院数に表れ、保存カルテは5,000人を超えるなど、信頼の高さがうかがえる。

院長の岩崎英明氏(48)は針灸師、妻の奈百合氏(47)が柔道整復師として治療院を経営してきた。ところが「母親(72)の病状が進行し始め、いずれ本格的な介護が必要で、整骨院の継続は難しい」との悩みを奈百合氏が抱くようになる。

整骨院は、柔道整復師の国家資格を有する者しか開業できない。ならば鍼灸院だけで「あさひな」の名を続ければいいのだが「整骨で長年にわたり通ってくれる地元の患者さんに申し訳ない」と英明氏は語る。夫婦で話し合い、結論は奈百合氏が独立して自宅で自由診療による治療を随時行う。これならば母親の介護と両立できる。現在の整骨院は第3者に事業承継することにした。

だが、事業を譲るにも適当な後継者が見つからない。「友人、知人をはじめ方々に声をかけたが、首を縦に振る人は現れなかった。そこで商工会議所に相談を持ちかけた」(奈百合氏)。自分たちも商工会議所の会員であり、三島商工会議所にある相談施設「M—ステーション」の存在を知っていたが、相談を持ちかけるには、それなりの勇気も必要だった。

「とにかく緊張の連続。私と主人の想いを解きほぐすよう引き出してくれたので、気持ちの整理ができ、事業承継への覚悟を新たにすることができた」という。相談の中で、柔道整復師専門学校の卒業生から探してはどうかとのアドバイスがあり、知人の専門学校校長に声をかけ、同時に静岡県事業引継ぎ支援センターに併設されている後継者人材バンクへ登録した。

こうして複数の候補者との面談を経て、最終的に双方で合意できたのが専門学校2年生の高田容一郎氏(35)だ。当初は卒業生で探したが、こだわる必要もないことから範囲を広げ、ようやく任せられる人に行き当たる。

高田氏は元静岡県警の警察官。家庭の事情で転勤しにくい状況となり退職し、柔道整復師の道を目指している。「将来は独り立ちしたかったので話を聞いたとき、迷わず手を上げた」と語る。

その後、M—ステーション、静岡県事業引継ぎ支援センター、経営指導を担当する公認会計士を入れた面談が行われ、事業承継の基本合意へと向かう。奈百合氏は「学生だが社会経験が豊富で、貪欲に知識を吸収しようとする意欲があり、専門学校の成績もトップ。この人に任せたいと思った」と話す。

陽の光のように温もりを感じてもらいたいと願い「あさひ」と「ひなたぼっこ」を掛け合わせた「あさひな」の名称も存続し、地域の患者さんに迷惑をかけることもなくなった。英明氏も同じ場で鍼灸を極める道を続ける。引継ぎは、高田氏の卒業と国家資格取得後の18年9月末を予定している。

今回の事業承継は、後継者人材バンクのスキームを活用した成功例だ。その要因は各支援機関の関係者の連携が円滑に行われたことが大きい。

三島商工会議所の石渡智英・経営指導員は「ニーズを的確に収集・把握し、相談者に寄り添う対応を心がけた」とし、外部専門家で公認会計士の平野巧氏は「現状のビジネスモデルの分析や承継計画の策定を実施し、今後も経営指導を行う」と役割を説明する。静岡県事業引継ぎ支援センター統括責任者補佐の長谷川宣明氏は「関係者のコミュニケーションに気を配り、全体のコーディネートに全力を注いだ」と語る。