AIの利用拡大で、データセンター需要は急増が予想された。白山もそれに対応しようとMTフェルールの増産を検討していた。その矢先に能登半島地震が石川県志賀町にある石川工場を襲った。正月で工場は無人だった。安否確認ツールで従業員全員の無事は確認できたが、一部の従業員宅は損傷したという報告があった。1月4日に米川社長は石川工場に行き、天井が崩落し、窓も損傷、排気ダクトが落下するなどの被害を知った。「これはえらいことだ」と感じたという。ただ、棚等の転倒はあったものの、製造設備は転倒などの大きな損傷はなかった。1月10日ごろから社員が出社してくるようになり、復旧に向けた取り組みが始まった。地元の建設業者がいち早く復旧工事に動いてくれた。日頃から地域の集まりに顔を出し、顔なじみだった建設業者も工場を心配して見に来てくれ、1月中旬から修繕作業に入ることができた。濱本和彦生産システム本部長兼石川工場長は「周囲も大変な中で、当社の復旧にまで手が回らないと思っていたので、本当にありがたかった」と当時を振り返る。
同時に建物被害がなかった事務棟を活用して、仕掛品の生産を1月15日から始めた。最も困ったのが断水だった。水がなければ生産や従業員のトイレ使用も制限される。工場がある能登中核工業団地には、同社の他多数の製造業が立地しており、志賀町に要請して団地のコミュニティーセンターに給水車を派遣してもらうことになった。そんな時、取引先企業から水を貯めるための1200リットルの大型タンクを提供するという連絡が突然入り、すぐにタンク2個と飲料水、衛生用品などの支援物資一式が届いた。この会社は東日本大震災で被災した経験から、災害時に水が重要であることを知っていた。だから、白山から頼まれる前にプッシュ型で大型タンクの提供を決め、準備に入ったのだという。自社でもタンクを1個購入し、合計3個に貯水し、生産やトイレの水などに使用した。石川県の馳知事をはじめ、県職員や志賀町の担当者も駆けつけて、同社の復興を見守ってくれた。米川社長は「従業員が不自由な中でも一丸となって頑張ってくれた」と感謝する。一方で、自宅が被害を受け避難所生活を余儀なくされた社員を訪問して「会社のことは一切考えなくていい。生活再建だけを考えればいいから」と言い聞かせた。後にその社員から「あの言葉を聞けて安心した」と言われたという。
同社は国が被災した企業向けに用意した「なりわい再建支援補助金」を申請し、石川県の被災企業の認定第一弾として、約5000万円の事業補助を受けた。3月29日にすべての工事が完了し、正常な生産活動に戻すことができた。