2026年 4月 6日
「冬はつとめて(早朝)」。清少納言は『枕草子』の中で、凍てつくように寒い早朝に冬の最も美しい瞬間を見出した。冬の寒さは晴れた朝が特に厳しい。天気予報でよく解説される「放射冷却」の影響だ。SPACECOOL株式会社は放射冷却の仕組みを応用し、ゼロエネルギーで外気よりも温度を低下させる素材を実用化した。すでに屋根材や室外機などへの導入が進んでおり、地球温暖化防止への貢献が期待されている。その実績が評価され、創業した末光真大(すえみつ・まさひろ)CEOは第25回Japan Venture Awardsの最高賞・経済産業大臣賞を受賞した。
薄いシートの中で涼しい「夜」を実現

「当社が開発したのは薄いフィルム。このフィルムは太陽光を受けても冷える。アウタースペース(宇宙空間)に赤外線として逃がすことで冷える。この素材の良さを国内外に普及させて、地球温暖化の適応策・緩和策として貢献していきたい」と末光氏は胸を張った。
末光氏が開発した素材は、直射日光での太陽光の熱や大気の熱を最大95%ブロックして熱吸収を抑えると同時に放射冷却の原理で最大95%の熱を宇宙空間に逃がす。大手ゼネコンなどと共同開発した分電盤では、この素材を張り付けたことによって屋外機器内部の温度を10度近くも下げることができたという。
そもそも「放射冷却」というのは、物体が熱を電磁波として放射する現象のことだ。昼は太陽光の熱が優勢で放射冷却の効果は感じないが、夜になって太陽光が届かなくなると、放射される熱の方が優勢になって急速に気温が低下する。放射された熱はなんと宇宙空間にまで達しているのだそうだ。
末光氏は太陽光を反射する素材や放射冷却の効果が高い素材などを組み合わせることによって、薄いシートの中に昼間でも「夜」のように放射冷却が優勢になる状態を作り上げた。
大阪ガスで培った技術 カーブアウトで起業
末光氏は大学院を卒業後、2012年に都市ガス大手の大阪ガス株式会社に入社し、研究所で熱輻射などの光工学分野の研究をしていた。2016年、放射冷却素材に着目し、実用化に向けた開発をスタートさせた。「研究者には一つの種しか種まきをせずに研究を続けるタイプの人がいるが、私はたくさん種をまくタイプ。いっぱいまいて、スクリーニングして間引いていく。その中で、放射冷却素材に巡り合った」と語る。
実用化に向けては、材料工学など専門外の知見も必要になる。社内外の多くの専門家らの助けを借りながら、世界最高レベルの放射冷却性能を持った素材を作り上げた。実用化のめどをつけた末光氏は、事業化に向けて「カーブアウト」して起業する道を選択し、2021年にSPACECOOLを設立した。会社が事業や技術の一部を子会社として切り出し、新たに独立した子会社を設立して事業展開する手法だ。
もともと大阪ガスでの研究から生まれた技術。社内で事業部門を新たに立ち上げて展開する選択肢もある。だが、その道を選ばなかったのは、大阪ガスの本業からは大きくかけ離れた事業分野になるからだった。成長が期待される有望な技術ではあるが、社内で事業を展開するとなると、「人・モノ・金」の工面などで会社に大きな負担をかけてしまう。株主への説明など大企業ならではの難しい課題をクリアしなくてはならなくなる。
末光氏は、技術の革新性や成長性、技術を社外に切り出して事業展開することのメリットを訴え、スタートアップを設立して事業展開することへの理解を獲得した。起業にあたっては大阪ガスとともにベンチャーキャピタルからも出資を受けた。「大阪ガスとしても初めてのチャレンジだったと思う」と末光氏は語った。
起業後、開発を加速 耐久性や施工性が向上

起業後は京都市下京区にある京都リサーチパークに研究開発の拠点を移した。スタートアップとして独立したことで事業の機動力が上がった。研究者時代はすべてを一人でこなしていたが、独立後は社外からも積極的に専門人材を獲得。役割を分担できるようになり、事業のスピードがアップした。技術面の課題も一つ一つクリアしていった。
「起業した時点では、まだガラスのように割れやすい素材だったのですが、使い勝手をよくするには、しなやかで物に張りつけられるようにしなくてはなりません。それに耐久性も求められます。研究に研究を重ねて、今のような多層構造のフィルムになりました」。当初、5、6年程度だった耐久性は10年以上に向上。施工のしやすさをさらに追求し、独自に粘着剤の開発にも取り組んだ。
新たに開発したマグネットシートタイプは施工のしやすさをさらに高めた。「自動車の初心者マークのように接着する。粘着剤を使ったタイプは、位置合わせしたり、気泡が入らないようにしたりと手間がかかるが、マグネットシートは簡単に張れる。台風ではがれることもない」と末光氏は語る。テントなどに加工できる膜タイプの素材も開発されている。
パートナー企業が市場拡大を後押し

電気を使わなくても温度が下がる。あまりに革新的な技術で起業した当初は顧客に理解をしてもらうのが大変だったそうだ。猛暑対策などの「熱」に課題を抱えている事業者にアプローチ。懐疑的な見方をする事業者に対して丁寧な説明を重ね、実証実験を提案。効果を確認してもらい、パートナーとなる企業の獲得につなげていった。
大手ゼネコンなどとは、放射冷却素材のフィルムが最初から施工された分電盤を商品化した。分電盤は、建物内の照明や空調、機械設備などに電力を配分する装置で、店舗や工場などの施設では屋外に設置されていることが多い。直射日光による機器内の温度の上昇が故障の原因になることから、その対策に活用された。商品化をきっかけに分電盤や空調の室外機などへの導入が広がった。

さらに屋根材としての導入も広がっている。2024年度には凹凸がある鉄の屋根の上にシートをクリップで止めるルーフシェード工法を市場に投入した。建材メーカーをはじめパートナー企業がこの素材をもとに新たな商品を開発するようになったことが市場の拡大を後押ししている。最近、「Empowered by SPACECOOL」というロゴを新たに作成。公式に素材を供給し、パートナー企業が製造・販売している製品に取り入れているそうだ。
「数年前は、どこで導入されたのか、すべての案件を把握していたが、最近は知らないところにも導入されていて、社員から『喫茶店の室外機でみつけた』といった目撃情報が入ってくる。子供が巣立っていくような、そんな喜びを感じている」と末光氏は目を細めていた。
「3つのスタートアップ」の模範となれる会社に

大阪・関西万博では、会場入り口やパビリオンの屋根に導入され、来場者を猛暑から守った。この素材を使った日傘を商品化しており、運営スタッフが使用し、来場者向けにも販売された。来場者の中にはその効果を実感した人も多いのではないか。
温暖化対策は日本だけではなく、世界共通の課題。海外にも導入事例が出てきている。「海外はマーケットが大きい。グローバルを目指さないと、ユニコーンは目指せない。そのためには『Nice to have(あるといい)』から『Must have(なくてはならない)』ものに変わっていく必要がある。そこを強く意識して事業を進めていく」と末光氏。今後は成長の大きなカギを握る海外展開を本格化させる構えだ。
大企業が持つ革新的な技術の中には、新規事業にこぎつけられず、埋もれてしまうものも少なくないと言われる。その意味で、SPACECOOLはカーブアウト型のスタートアップの好事例となっている。社会課題の解決に寄与する革新的な技術である「ディープテック」、地球温暖化防止に寄与する「クライメートテック」、そして「カーブアウト」。3つの特性を持ったスタートアップを展開する末光氏。「3つのスタートアップの模範となれるような企業に成長していきたい」と話していた。
企業データ
- 企業名
- SPACECOOL株式会社
- Webサイト
- 設立
- 2021年4月
- 資本金
- 1億円
- 従業員数
- 31人
- 代表者
- 末光真大 氏
- 所在地
- 東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズビジネスタワー4階 ARCH内
- 事業内容
- 放射冷却素材「SPACECOOL」の開発・製造・販売



