売上アップ取り組み事例集

コミュニケーションの真髄。イベントでスタッフと共に育つ(事例6回目)

文:大石幸紀(中小企業診断士)

ヌーボー季節に予約販売に取り組む

車で告知
ヌーボーの季節にはこのバンが島中を走り回る

山田屋は、毎年11月の解禁日に向けて、ビオ(自然派)ワインのヌーボー(新酒)の予約販売に取り組んでいます。八丈島の人口は約8,200人。この人口に対して山田屋が予約販売するヌーボーは1,000本弱。島の飲酒人口に対して、この数は驚くべきものです。なぜ、これだけの販売が可能なのか。山田社長は、ここでも前回のPOPの事例で紹介した「伝える力」がスタッフ全員に浸透した成果だと言います。

平成16年にフランスに行き、ビオワインのすばらしさを知った山田社長。フランスツアーを企画したワイン卸会社は、単にワインを卸すだけではなく、POPやイベントによるビオワインの売り方も指導すると提案してくれます。社長自身も、このワインなら売れるという確信がありました。早速その年の11月にビオワインのヌーボーを予約販売することにチャレンジします。

1万人に満たない島の歴史で、予約で単一品種を売ることにチャレンジした者は、過去にいません。ヌーボーは旬なお酒です。予約が取れなければ全てが死蔵在庫になってしまいます。最後の最後まで悩みましたが、運送コストなども考えて300本仕入れることにします。

最初は、スタッフ総出で売れば、なんとかなると考えていました。しかし、山田社長はフランスに行きこのワインの素晴らしさを体感しています。一方スタッフは、なぜ社長がそれほどこのワインに入れ込んでいるかを理解できません。実物を飲んだことも無いワインの予約を、お客さまからいただくということは予想以上にハードルの高いことでした。結局、山田社長一人で300本を売り切ります。なんとか達成したものの、社員とその喜びを共有することもなく、寂しい想いが残った初年度でした。

次の年に、山田社長はまたフランスに行きます。フランスの生産者と再会し、ますますビオワインの魅力に取り付かれた山田社長、500本の仕入を決めます。今年こそは全社一丸となって販売しようと取り組みます。しかし、やはりスタッフは、どこか引いています。昨年買っていただいたお客さまの所に行かせれば、なんとか予約はいただいてきます。しかし、そこから新たなお客さまへと自分から拡げようとはしません。結局、新規のお客さまから予約を取るのは社長だけの役目になってしまいます。二年目も社長一人が熱くなっている状態にはなんら変わりませんでした。それでもなんとか500本も売り切ります。

平成18年、山田社長はヌーボー完売600本の目標を立てます。すると、スタッフからは「またやるんですか。」とのあきれた声。社長は無視をして受注活動を強制します。山田屋では夕方に終礼をしますが、そこで一日の受注報告をさせました。すると、スタッフ全員がゼロとの報告。「なぜ、この素晴らしいワインがゼロなんだ、気合いが足りないんじゃないのか、根性見せてみろ。」今思えば、恥ずかしくなるような言葉をスタッフに浴びせます。普段、自己主張することが少ない彼らから「いや、無理です。」「売りたくありません。」と声が上がり山田社長を唖然とさせます。後から聞いた話ですが、その頃スタッフの中には、ヌーボーのお化けに追いかけられた夢を何度も見る者もいたそうです。彼らも追い詰められていたのでした。必死に600本を完売します。喜びよりも疲労感が山田社長にもスタッフにも残りました。

心の共有が社員を変える

フランスに行ってきました
商品の素晴らしさを伝える研究をスタッフ全員で取り組む

さすがにこのままではまずい。山田社長は危機感を募らせます。社長は以前から卸会社主催の「売り方勉強会」に参加してしていました。この勉強会に、スタッフも参加させることを決めます。八丈島から勉強会に参加させるには、旅費と受講料とかなりの出費になります。何かが変わるはずだ、とこらえてスタッフを勉強会に送り出し続けます。

結論から言いますと、その勉強会に参加してスタッフは変わります。自分達から予約を積極的に取るようになります。彼らを変えたのは何か、それは同じようにヌーボーの販売に苦しむ他社の同世代スタッフ達の存在でした。その勉強会には、山田屋以外に4,5社の小売店のスタッフも参加していました。彼らは、すぐに自分達が同じ苦しみを抱いている同士であることに気がつきます。「君もか」「そうなんですよ、ヌーボーの季節が憂鬱なんです」意気投合する仲間に出会えたことで、山田屋のスタッフも心を開きます。

勉強会は、参加者達が実践しているお客さまへの「商品の伝え方」の内容と、その成果を報告し合うことを中心に進められます。一緒に苦しんでいる他社の同士達が「こんなPOPを作ってみました。」「こんな店頭陳列をしてみました。」と楽しそうに自分達の工夫を発表します。苦しいはずなのに楽しそう。いや、苦しいからこそ楽しいのか、そのことに山田屋のスタッフも気付きます。誰よりも、気付きを得たのは山田社長本人でした。自分に足りなかったのは、これだったのだ、情報の共有化だけではなくて、心の共有化。「おまえも辛いか、俺もだよ、じゃあ頑張るよ」という心の共有化できないうちに、スタッフに売ることばかりを求めていた、そのことを痛感します。

ワインを買っていただくのではなく人柄を買っていただく

予約数のカウントダウン
目標数値までのカウントダウン

スタッフも勉強会に参加してから臨んだ4年目から、少しずつ階段を上がっている手応えを社長は感じています。この年から、昨年買って下さったお客さまに、往復ハガキを出すようにしました。その往復ハガキに書く「商品の伝え方」は、勉強会で学んできたことを応用して作るように、スタッフに任せます。700本の目標の内、半分が往復ハガキの返信で決まりました。自分達が出したハガキにお客さまがこれだけ応えてくれた、スタッフは驚きと共に喜びを覚えます。残りの350本も勉強会で習った「伝え方」を使った作ったチラシをもって、スタッフが一件一件開拓していきます。その頃から、目標まで後何本というカウントダウンを行うようになりました。

山田屋では、誰が何本というノルマ制やスタッフ間の競争を採用していません。外回りスタッフが受注をいただけるのは、内勤スタッフが電話を受けてくれるから。みなで考えたPOPやチラシがあるから。サッカーと同じで、点を採る人間が偉いのではなく、それぞれの役割を果たすプレイヤー全員が偉い、そのことを山田社長は力説します。

今では、1,000本近くのヌーボーを完売します。人口約8,200人の八丈島では、同じお客さまに、毎年同じ商品を繰り返し繰り返し買っていただけなければ、この数字は維持できません。今の山田屋でなぜそれができるのか、それはお客さまはヌーボーではなく、スタッフの人柄を買ってくださっているからと、山田社長は考えています。

子供の頃から知っている○○ちゃんが、地元のお祭りで一生懸命になっている△△君が、この季節になると毎年必死にワインを売っている。その○○ちゃんから「おばちゃん、今年も宜しくね。おばちゃんなら3本頼んだほうがいいんじゃないかな」と手書きで一言添えられてハガキが来る。そうすると、ついつい注文してしまうそうです。往復ハガキに、「○○ちゃんが、社長に怒られないように3本」や「△△君が、しつこくてうるさいから10本」というようにと、やはり一言添えてハガキが返ってきます。スタッフの地元での誠実さや一生懸命さを、ちゃんとお客さまは見ているのです。そのハガキを見る度に社長は、ヌーボーをお薦めする取り組みが、本当の意味でスタッフ一人一人が真剣に向き合うイベントになったのだな、と実感するのでした。

企業データ

企業名
有限会社山田屋
Webサイト
代表者
山田達人
所在地
東京都八丈島八丈町 三根1952-1
Tel
04996-2-1161
事業内容
酒類小売及び卸売業

掲載日:2012年3月13日