あの人気商品はこうして開発された「食品編」
「小岩井生乳(なまにゅう)100%ヨーグルト」なめらかさは必然だった
“おいしいから食べる”ヨーグルトを消費者に届けたい—。小岩井乳業のプレーンヨーグルト「小岩井 生乳100%ヨーグルト」が発売されたのは1984年。当時プレーンヨーグルトは競業他社からすでに発売されており、小岩井乳業の商品は最後発の部類に属していた。にもかかわらず、出荷数は年々増え続け、今年もヨーグルトの消費最盛期となる7、8月は前年同月比120%と好調に推移している。発売から今年で28年となる同商品がロングセラー商品となった要因は「最後発がゆえの先駆」(齊藤淑泰経営企画部部長代理)にあった。
後発が勝つために
当時、プレーンヨーグルトは酸味が強く、砂糖を混ぜて食べるのが主流で、おいしいから食べるのではなく、健康のために食べる傾向が強かった。それでも、健康志向からプレーンヨーグルト市場は拡大し「2ケタ以上の伸び率を示していた」(齊藤部長代理)という。成長市場に投入する新製品開発が小岩井乳業で始まった。もっとも、既存商品と同じコンセプトで開発しても、後発の同社に勝ち目はない。消費者の心をつかむ“何か”が必要だった。
「小岩井乳業ならではの商品でなくてはならない」—。齊藤部長代理は「小岩井 生乳100%ヨーグルト」の開発の原点をこう語る。ヨーロッパでは、生乳100%のプレーンヨーグルトが商品化されていた。「小岩井乳業にできないわけはない」(齊藤部長代理)と、牛乳の風味を生かしたヨーグルトを目指し、業界で初めて生乳100%のプレーンヨーグルトを作ることになった。
安定剤などを使わずに発酵度合いをコントロールして一定の本質に仕上げるには、熟練の経験と厳しい目が必要となる。また、生乳は季節によって脂肪率が異なり通年で同じ味わいを再現することが難しい。この点、小岩井乳業は民間総合農場として1891年(明治24年)設立した「小岩井農場」を母体に持つ。酪農業に長年携わってきた同社には、発酵時間を微妙に調整する方法など解決のノウハウがあった。
同時に、当時のプレーンヨーグルト商品の課題であった酸味を抑えた商品開発にも着手。酸味のとがった味を消し、まろやかな味わいを引き出すのに最適な乳酸菌を100種類以上の中から探し出した。また時間をかけてゆっくり発酵させることで、なめらかな食感にした。「通常のヨーグルトの発酵は3-5時間程度。これに対して、『小岩井 生乳100%ヨーグルト』は発酵時間に半日以上かけている」(同)。一般的なヨーグルトに比べ発酵に時間を費やすが、消費者の求める“なめらかで酸味の少ないプレーンヨーグルト”を届けるための重要な工程だ。
こだわりの製法
「小岩井 生乳100%ヨーグルト」のもう一つの特徴が、食感のなめらかさで「食べたお客様から『感動的ななめらかさ』と形容されることもある」(齊藤部長代理)ほどだ。ここにも小岩井乳業のこだわりがある。
ヨーグルトの製法には、容器に入れた後に発酵させる「後発酵製法」と専用タンクの中で発酵させてから容器に充てんする「前発酵製法」がある。後発酵法は容器で発酵させるため、発酵後そのまま出荷できるなどの利点がある。一方、前発酵法は専用タンクが必要となり一度に多くの生産ができず、後発酵と比べると「2-3倍の差」(同)が出てしまう。にもかかわらず、小岩井乳業は食感のなめらかさを重視し、あえて前発酵製法を採用した。とろけるような舌触りにするために、生乳と乳酸菌を混ぜ発酵させた後、同じタンク内でヨーグルトを攪拌(かくはん)させ、なめらかな食感を実現した。
パッケージは、なめらかさをダイレクトに消費者に訴求できるように、パックからそのまま注ぎやすい三角形タイプにした。発売以来、形状は現在も変わっていない。
プレーンヨーグルトをおいしく食べたいという消費者ニーズを的確に把握し開発された「小岩井 生乳100%ヨーグルト」は、現在も続くロングセラー商品となった。プレーンヨーグルト商品では後発になる同商品ではあるが、後発という立場について、既存商品の課題を消費者視線に立って把握し改良できる環境と認識し武器にしたことでパイオニアとなれた。
草の根運動
発売当時、酸味がやわらかく、なめらかなプレーンヨーグルトは市場にはなかった。商品特徴を消費者に理解してもらうためには、実際に手に取って食べてもらうしかない。
小岩井乳業が取った作戦は、テレビコマーシャルなどのマス・メディアを使った販売促進ではなく、食品スーパー(SM)を中心とした試食会だった。「生乳100%を使用した、酸味を抑えたなめらかな食感という商品特徴をお客様にしっかり伝えられるように、店頭で地道に販売していった。当時はプレーンヨーグルトをそのまま食べる習慣がなかったため、果肉が入ったフルーツソースと混ぜて試食してもらうこともあった。まさに“草の根運動”のようだった」(同)と振り返る。
多彩なPR
昨年3月に東日本大震災が発生した時、ヨーグルトが供給不足になった。後発酵製法では、温風を吹きかけて発酵を促進させる。電力が必要となるが、東京電力の計画停電により、工場の稼働を停止せざるを得なかった。
これに対し、小岩井乳業は前発酵製法が奏功した。「タンクは魔法瓶のようになっているため、3時間程度電気がなくても発酵に支障はなかった。他の商品の製造を止めてでも、『生乳100%ヨーグルト』を一人でも多くのお客様に届けようという経営判断で、同商品に生産を集中させた」(齊藤部長代理)。その結果、食品スーパー(SM)の店舗ではパッケージをよく見かけるが、チラシ特売品の多くと比べ若干の価格差があったため買い控えていた消費者も、手に取ってもらえるようになった。実際に食べてみると、その口当たりの良さから「トライアルの4分の1がリピーターになった」(同)。2012年度はその反動から売り上げが落ち着くと思われたが、最盛期の7、8月は前年同月比120%だったという。
「小岩井 生乳100%ヨーグルト」は、発売以来味を変えていない。小岩井乳業は、消費者に飽きられないため、またロイヤルユーザーの50代だけでなく40代、30代の顧客層をさらに広げるため、多様な施策を行っている。
水切り(ドリップ)ヨーグルトはその一つだ。ブームになる4年以上前から、小岩井乳業はドリッパーを販促物として自社開発し、店頭で消費者にプレゼントする取り組みを行ってきた。また、ホームページでは生乳100%ヨーグルトを使ったさまざまな利用例を掲載しアレンジレシピを紹介している。
12年8月には、生乳100%ヨーグルトを使ったレシピ本を出版。86品の調理例を掲載している。また9月にはヨーグルトの一世帯当たりの消費金額全国一位の岩手県盛岡市(総務省調べ・平成21~23年平均)で、小岩井乳業とSM、書店がコラボレーションして試食会を開き、抽選で本をプレゼントするユニークな取り組みを行っている。テレビでも多数取り上げられており、レシピ本ブーム、ヨーグルトブームの中、生乳100%ヨーグルトは注目度が高い。
商品開発の原点は、プレーンヨーグルトについての市場ニーズを的確に読み解き、課題を克服する消費者視点だった。この視点は発売から28年となった今では、常に消費者と最も近くでコミュニケーションをとり、マーケティングするという手法に生かされている。
企業データ
- 企業名
- 小岩井乳業株式会社
- Webサイト
- 代表者
- 代表取締役社長:布施孝之
- 所在地
- 東京都千代田区鍛冶町2丁目6番1号堀内ビル
掲載日:2012年10月17日