あの人気商品はこうして開発された「食品編」

「自然解凍でおいしい!」究極の簡便調理をめざした

「あの人気商品はこうして開発された!」 「自然解凍でおいしい!」-究極の簡便調理をめざした 1999年、自然解凍の弁当向け冷凍食品が日本水産から発売された。これはまたたく間にヒット商品となり、さらに2007年に「自然解凍でおいしい!」シリーズにリニューアルされた後も人気を博し続けている。ヒット商品誕生の舞台裏とは…。

長引く不況下で可処分所得の低落が続き、ビジネスパーソンの弁当持参率が上がっている。こうした中、弁当のおかずとしての冷凍食品(冷食)がジワリと市場を広げ、とりわけ自然解凍の冷凍食品に注目が集まる。

この分野で先行する日本水産の「自然解凍でおいしい!」シリーズは6割のシェアをキープし、さらなる市場の拡大とシェアアップを狙っている。

熱を使わずに調理する

1970年代後半、日本水産が発売した揚げ物系の冷凍食品が爆発的ヒット。現在の冷凍食品市場への道筋をつけた(写真は1980年前後の商品)

日本における冷凍食品の元祖をご存じだろうか。

—答えは「いちご」。1930(昭和5)年、日本水産の前身の戸畑冷蔵が開発し、大阪・梅田の阪急百貨店で売り出した。これが国産冷凍食品の第1号だった。

時代は下って1959(昭和34)年、同社は冷凍の「茶わんむし」を発売する。これが家庭用調理冷凍食品の国内第1号である。その後、70年代後半に「いか天ぷら」「いかスナックフリッター」を発売。ころもをつけるなどの調理が不要で、そのまま油で揚げるかオーブントースターで加熱するだけで食べられるという簡便さが受けて爆発的にヒットした。現在の冷食市場はこの「いか天ぷら」によって開かれたといっても過言ではない。

いまさらいうまでもないが、冷食市場の拡大と変遷は、冷凍冷蔵庫、オーブントースター、電子レンジの一般家庭への普及と軌を一にしている。食品スーパーで買い込んだ天ぷら、コロッケなどの冷食を冷凍冷蔵庫に保存し、食べたいときそれを取り出してオーブントースターや電子レンジにかける。調理簡便化への希求から生み出された商品であり、ここから1つの食卓革命が始まった。また、メニューの種類も揚げ物から米飯類、焼きそば、焼きおにぎりなどありとあらゆる領域へと広がった。

そうした中、同社がいま最も注力している冷食の1つが「自然解凍でおいしい!」シリーズ。電子レンジでチンをしなくても、自然解凍で食べられることに究極の簡便調理ともいうべき商品特性がある。

この自然解凍で食べるという究極の簡便調理のコンセプトは、同社が99年春に発売した「おべんとうに便利」シリーズに遡る。「自然解凍でおいしい!」シリーズの前身だ。

冷凍のおかずを弁当箱に入れておけば、昼食時には自然解凍して食べごろとなる。究極の簡便調理と称された「おべんとうに便利」シリーズ。1999年に発売し、市場に大きなインパクトを与えた

「おべんとうに便利」シリーズは、朝、弁当をつくるとき、冷凍のおかずをカップごと弁当箱に入れておくと、昼食時にはそれが自然解凍してちょうど食べごろになっているという商品。まず「ひじきの煮つけ」と「ツナとコーンのポテトサラダ」(現在は販売中止)を発売し、その後、「きんぴらごぼう」「ほうれん草のごまあえ」など順次メニューを増やしてシリーズ化していった。

商品開発センター所長の長崎純さんは振り返る。

「朝食、昼食、間食、夕食と食事シーンがある中で、冷食にとって昼の弁当市場が案外大きいとわかり、1990年代半ばごろから冷食メーカーこぞって弁当商材の開発を進めました。けれど主婦にとって、朝の忙しい時間帯の弁当づくりはけっこう大変なんですね。一品は電子レンジ、一品はフライパンで調理し、一品は前日の夕食の残りのおかずを使うにしても、もう一品くらい何かほしい。熱をかけなくて調理できるものがあれば便利じゃないか。こうした発想から自然解凍のコンセプトが生まれたわけです」

が、ひと言で自然解凍といっても、ことはそう簡単ではない。仮に午前6時に弁当をつくっても、食べるのは昼12時以降で6時間以上も経過している。また、忙しくて食べそこねるときもある。さらに真夏なら30℃を超える環境下におかれるが、細菌の増殖をゆるして食品を腐食させるわけにはいかない。

そのための技術開発として、工場におけるそれまでの徹底した衛生管理はもとより、自然解凍の冷食をつくるうえでの生産設備や温度管理などをさらに厳しくチェックし、解凍過程の菌数のコントロールに万全を期した。

また、メニュー開発でも工夫が必要だった。冷食の自然解凍に対して、安全・安心の面で抵抗感をもつ消費者も少なくない。とりわけ抵抗感をもたれそうなのが肉類や魚介類であり、加熱によるアルファ化で旨味の出る米飯類も自然解凍の冷食にするのは難しそうだった。そこで開発陣が連日、食品スーパーの総菜売り場を見て歩き、どんな商品が消費者に支持されているかを分析・研究した結果、まず野菜や海草(ひじき)をターゲットに商品化を進めることにした。

さらに上をめざしてリニューアル

2007年発売の「自然解凍でおいしい!」シリーズ。和風の和え物のような手間のかかる惣菜の人気が高い

そして99年に発売したのが「おべんとうに便利」シリーズであり、自然解凍というコンセプトが市場に与えたインパクトは予想以上に大きかった。調理せず弁当箱に入れるだけで、手も皿も汚さなくてすむなど好評の声が寄せられ、売り上げも急伸した。

発売から1年あまりは他社の追随をゆるさない状態を謳歌したが、生き馬の目を抜く競争市場にあって、独壇場はそういつまでも続かない。競合各社が相次いで参入したことで、自然解凍の冷食に対する消費者の認知度が上がり、市場規模が拡大するといったプラスの効果もあったが、市場を切り拓いて首位を突っ走ってきた同社としては、安穏として競合場裡に埋没するわけにはいかなかった。そこで、さらに上のステージをめざしたリニューアルに踏み切る。

リニューアルにあたって消費者調査をしたところ、(1)電子レンジにかけずにすみ、調理の手間が省ける、(2)忙しい朝、調理時間がかからないのでたすかる、(3)電子レンジを使わなくてすむので、省電力になる——といった3点の評価が浮き彫りになった。

家庭用食品部冷凍食品課長の西昭彦さんは分析する。

「シリーズ名の『おべんとうに便利』で訴求したように、便利さが評価されています。これは予想どおりでした。ところが、自然解凍のもうひとつのメリットである"おいしさ"に対する評価がいまひとつ弱い。自然解凍すると素材により近い食感が残っていておいしく、自然解凍はその"おいしさ"をウリにしてきたつもりだったのですが、それがうまく伝わっていなかったことが消費者調査でわかりました」

そこで、いまいちど自然解凍のおいしさをアピールするため、07年9月のリニューアルではそのものズバリのシリーズ名「自然解凍でおいしい!」にあらためた。

 件の消費者調査で明らかになった「省電力効果」は予想外の評価だったが、リニューアルではそれをアピールするようパッケージに「エネルギーがかからないエコ調理」と表示した。

リニューアル効果で発売後の売上げは順調に伸長。ところがほどなく中国製餃子の中毒事件が冷凍食品業界を震撼させる。その影響で冷食市場が一気に冷え込み、「自然解凍でおいしい!」も少なからずその影響を被る。

「自然解凍でおいしい!」シリーズの和総菜商品は、消費者ニーズもあり1商品の惣菜が多種化傾向にもある

が、その一方でリーマン・ショック後の景気低迷で可処分所得が低下し、新語「弁当男子」に象徴されるようにビジネスパーソンの弁当持参率が上がった。同シリーズはこうした状況を背景に年率5~10%の成長率をキープし、自然解凍の弁当副菜のシェアも6割を守っている。

つぎの強い味方は?

この秋には「豚キムチ」「いんげん3種のおかず」を新たに加え、現在12品目でシリーズを構成。うち「3種の和惣菜」(ひじきの煮つけ、きんぴらごぼう、ほうれん草のごまあえ)が売れ筋ナンバーワンだという。

販売チャネルはほぼ100%が食品スーパー。売り場へ消費者を誘導する工夫にもぬかりはない。たとえば、クルマ社会の地方ではほとんどの主婦が買い物に自動車を使うが、そんな主婦の行動に合わせたCMにもアイデアを凝らす。

「テレビCMの効果が以前ほどない中、2010年の一定期間、主婦が買い物に出かける時間帯に地方ラジオ局の番組でパーソナリティに商品を紹介してもらいました。パーソナリティが主婦の目線で語ったり、レポーターがスーパーの冷凍食品売り場から中継したりと、音声によるピーアールには思わぬ反響がありました」(西さん)

朝の忙しい時間帯での弁当づくりで主婦の強い味方となる「自然解凍でおいしい!」シリーズ。つぎはどんな“味方”が登場するのだろうか。弁当男子、弁当持参のビジネスパーソンがお腹をすかして待っている。

企業データ

企業名
日本水産株式会社
Webサイト
代表者
代表取締役 社長執行役員 垣添直也
所在地
東京都千代田大手町2-6-2(日本ビル10F)

掲載日:2011年11月30日