当時の冷凍ピザ市場は皆無に近かった。冷凍庫つきの冷蔵庫が十分に普及していなかったこと。ピザを焼くにしてもオーブンのある家が少なかったこと。日本人がチーズの味自体にまだ馴染んでいなかったことなどが背景にある。ライフスタイルそのものが欧米化する一歩手前だったわけである。
1970年代に入ると、ライフスタイルも大きく変化し始める。そして、外食チェーンで有名なロイヤルホストを展開するロイヤル(現在のロイヤルホールディングス)の創業者・江頭匡一(故人)との出会いが大河原の事業運を一挙に成功へと導く。
「東京で開かれたあるパーティで、たまたまそこにおられた方から『九州のロイヤルの社長がアメリカ式のレストランチェーンをやるらしい』と小耳に挟んだものですから、すぐに九州へ飛んで行ったんです。これはもう理屈の世界ではなくて、一瞬のヒラメキですよね」
人脈と行動力−。大河原が事業家として最も大事にする要素だ。大河原によると「チャンスは人が作ってくれるものです。ただ待っていてもチャンスはきません。日本はまだ男社会ですから、産業界のパーティに出席しても誰も話し相手になってくれません。それでも努力して顔を出すことが大切だと思いますね」
大河原は江頭の印象についてこう語っている。
「江頭さんは私のような20代の若い人間の話にも、非常に気持ちよく耳を傾けてくれました。江頭さんが日本で最初に導入した外食チェーンが大成功を収めた原因ですけれども、江頭さんは非常にアグレッシブな方で先を見る眼が秀でていると申しますか、新しいものに対する感性の強い方だと思いますね。私の恩人として尊敬する人です」
これがキッカケとなって大河原の冷凍ピザが外食チェーンルートに乗って、全国に普及していったのは言うまでもない。ピザが日本のライフスタイルに受け入れられた瞬間だった。(敬称略)