国研初のベンチャー企業

新藤勇(クリスタルシステム) 第4回「危機救った中小企業総合事業団(現中小機構)」

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超伝導材料研究用の装置が大ヒット

借金を抱え込んだまま帰郷した進藤を待っていたのは、銀行の冷たい態度だった。

融資を断られた挙句「進藤さんはゼロからの再出発ではなくて、マイナスからの再出発ですね」と皮肉られた進藤に、再チャレンジのチャンスが訪れる。政府機関や地方自治体がバブル崩壊後の産業再生のため、こぞって中小・ベンチャー企業の支援に乗り出したのだ。

まず、地元山梨大学の恩師や山梨県の外郭団体である産業支援機構が新規の設備資金を提供してくれた。新しい構想に基づいて開発した赤外線クリスタル合成装置は、従来型装置よりも安価で高性能だったのでアッと言う間に市場を席巻する。

山梨県に超伝導磁石を使って磁気浮上させ、高速運行を可能にした「山梨リニア実験線」が建設された頃のこと。ようやく進藤の赤外線を使ったクリスタル製造装置に追い風が吹き始めた。

それまでの超伝導物質は金属物質であり、超伝導を発現させるのに液体ヘリウムが使われていたが、液体窒素で超伝導を発現する酸化物超伝導物質が発明されたのだ。ヘリウムガスは日本にはなく全量を輸入しなくてはならないが、窒素ガスは空気中に幾らでも存在する。

「これは使い勝手がいい」ということで、世界中で研究開発競争が始まった。

進藤によると、新しい材料研究を進めるにはその物質の単結晶(クリスタル)を合成し、物性値を正確に測定することから開始するという。クリスタルを合成するには、その物質を適当なルツボ中で溶かし、ゆっくりと固化させるのだが、酸化物超伝導物質には銅が含まれていて、適用可能なルツボ材料が見つからない。ところが、赤外線を使うクリスタル合成装置ではルツボが必要ないから、この装置は酸化物超伝導物質のクリスタルを合成する装置としてはまさに最適だった。

これが大当たりした。

山梨大学、東京大学、東北大学など国内の大学はもとより、マサチューセッツ工科大学、パリ大学、アムステルダム大学など海外の有名大学などから注文が殺到した。「装置が良く売れたので業績が大幅に伸び、借金もかなり減らすことができました」と進藤は、懐かしそうに当時を振り返る。

1億2千万円の補助金で大型装置開発

進藤の研究開発に対する意欲に限りはない。

「さあ次は何を開発しようかと考えた結果、赤外線を使う方法はいいやり方には違いないが、最大の欠点は大きいクリスタルを作れないこと。研究用には十分でしたが、実用化するには大きなサイズのクリスタル合成装置が絶対に必要なんです」

当時、大型のクリスタルを合成するには、大量の原料を大型のルツボ中で溶かし、種子結晶を浸して太らせながら引き上げる方法が使われていた。しかし、この方法の装置では組成の制御ができなかったので、次世代の高性能クリスタル合成装置としては不十分だった。そこでもっと性能の優れた大型クリスタル製造装置を作ろうということになった。だが、資金手当ての当てができない。必要な開発資金は1億2千万円。

これを見かねた中小企業基盤整備機構の前身、中小企業総合事業団が時限立法の省エネ新技術助成制度を活用して、ポンと1億2千万円を提供してくれたのだ。これで試作機1台分の資金確保に目途をつけた。さらに山梨県から1億円の資金貸与を受け、合計3台の世界最先端の高性能クリスタル合成装置を整備した。1999年、今から8年前のことである。

進藤の事業成功は、かつて籍を置いた無機材研の後輩達の起業意識を高める効果を見せた。

「そんな素晴らしい装置があるのなら、是非使わせてください」

2000年10月、主任研究官だった古川保典が進藤の装置を使ってクリスタルを製造する国立研究所発のベンチャー企業「オキサイド」を設立。

進藤と同じ国立研究所発ベンチャーといっても、両社には決定的な違いがあった。進藤が起業した当時は国家公務員を退官する必要があった。しかし、今はオキサイドの社長専任となっている古川は、国家公務員を休職して会社を立ち上げることができたのだ。

進藤は自分の経験を基にオキサイド設立の発起人となり、全面的にサポートしていくのである。(敬称略)

掲載日:2007年1月29日