2026年 10月 16日
東京都目黒区に本社と工場を構える金属加工会社、佐藤製作所。「銀ロウ付け」というニッチな金属接合の技術を強みとする。現在は若手社員や女性社員が数多く活躍し、高等専門学校などから毎年新卒採用を行うなど、人材育成に力を注ぐ企業として知られている。しかし十数年前までの同社は、長期赤字、高齢化、人材流出という深刻な課題を抱え、存続さえ危ぶまれる状況にあった。会社を再生へ導いたのは、多額の設備投資ではなく、人への投資と専門性を磨くニッチトップ戦略への変革だった。
後継者として入社したときに見た厳しい現実
改革の中心人物となったのは、常務取締役の佐藤修哉氏だ。佐藤常務は、大学院修了後に一般企業へ就職したものの、将来の目標ややりたい仕事を見出せないまま過ごしていた。父親で同社社長の佐藤隆之氏から「後を継げ」と言われたこともなく、自身も家業を継ぐ意思はなかった。転機となったのは2013年に祖父が亡くなったことだった。祖父は生前、修哉氏に「会社を継ぎなさい」と言い続けていた。「自分をかわいがってくれた祖父に、頑張っている姿を見せたかった」という思いがこみ上げてきた。母親の後押しもあり、一度は家業に入ってみようと決意し、2014年に入社した。
最初は右も左も分からないことだらけ。社長の勧めで大手機械メーカーが主催する後継者向け経営スクールに参加した。「5S」の考え方や労働安全の確保といった生産現場の基礎や、財務分析、生産管理、労務管理など経営の基礎を1か月間泊まり込みでたたき込まれた。佐藤常務は「いい工場と悪い工場の比較など、専門家による実践的な教えはとても興味深く、あの時学んだことが自分の土台になっている」と振り返る。
そして会社に戻り、さっそく過去の決算表などをもとに自社の分析をやってみた。そこで目にしたのは想像以上に厳しい現実だった。会社は約10期連続の赤字。従業員の平均年齢は50代から60代に達し、若手社員はほとんどいない。製品不良や納期遅延が頻発し、給与も十分に上げられないため社員のモチベーションは低下していた。職場には閉塞感が漂い、「頑張っても意味がない」という諦めムードが広がっていた。「赤字」と「高齢化」が最も深刻な経営課題であるという現実に直面した。
孤独な営業活動と社内の反発
まず取り組んだのは売上拡大だった。当時の同社は特定の大口顧客への依存度が高く、その受注減少によって経営が悪化していた。佐藤修哉氏は過去に取引のあった顧客への再訪問や新規顧客の開拓、ホームページの刷新、展示会や商談会への出展など、積極的な営業活動を展開した。
ところが、新たな仕事を受注しても現場から歓迎されることは少なかった。ベテラン社員にとって、新規案件は「やったことのない仕事」であり、不安の対象だった。「こんな仕事はできない」「なぜこんな案件を取ってきたのか」と反発されることも少なくなかったという。社長や幹部からも理解を得られず、努力して成果を出しても社内で評価されることはなかった。「こんなに一生懸命仕事を取ってきているのに、なぜ喜んでもらえないのか」。精神的に落ち込むこともあったという。それでも「このままでは、この会社は自分一人だけになってしまう。未来の自分のためにがんばろう」と気持ちを奮い立たせて顧客訪問を続けた。
「何でもできる会社」から「銀ロウ付けの会社」へ

会社再生の第一の転機は、自社の強みを再発見したことだった。従来の佐藤製作所は、板金加工や旋盤加工、フライス加工など幅広い金属加工を手掛け、金属の一貫加工ができることをアピールしていた。しかし、同じ強みを持つ企業は世の中にたくさんあり、競合他社との差別化が難しかった。結果として価格競争に飲み込まれ、業績を落とす要因ともなっていた。
そこで佐藤修哉氏は、過去の取引先を一社ずつ訪問し、「佐藤製作所の良いところは何ですか」と尋ねて回った。その際、数多く聞かれたのが「銀ロウ付けの品質が高い」という評価だった。銀ロウ付けは、銀を含むロウ材を用いて金属同士を接合する技術で、高い強度と精密性が求められる。医療機器や産業機器、防衛関連機器など、高度な品質を求める分野で活用されている。手がけている企業も少なく、独自性を打ち出せた。「これにかけてみよう」。修哉氏は「金属加工の会社」ではなく、「銀ロウ付けの会社」へと舵を切ることを決断する。

社内からはまた反対の声が上がった。それでも突き進んだ。当時社内で銀ロウ付けができる職人は二人しかおらず、その中でも技術力が高いのは当時68歳の工場長ただ一人だった。ただ、その一人は修哉氏の親族で、昔から修哉氏をかわいがってくれていた。修哉氏が銀ロウ付けの仕事を受注し、それを工場長が引き受けることで、仕事を着実に増やしていった。同時に会社案内やホームページ、営業資料を全面刷新し、銀ロウ付けを前面に打ち出した。
結果としてこの戦略は成功した。特殊技術を求める企業との取引が増え、新たな市場を切り開くことにつながった。「銀ロウ付け」を検索サイトで入力すると、佐藤製作所のホームページが上位に表示されるようになり、ウェブ経由の問い合わせも増加した。累計取引先数が500社を超えるまでに拡大した。
新卒採用という大胆な挑戦
第二の転機は新卒採用だった。入社当時、ベテラン社員の高齢化が進み、このままでは技術継承ができなくなることが明らかだった。しかし中途採用で経験者を採っても長続きしない。そこで修哉氏は、町工場では珍しい新卒採用に挑戦した。それも就職サイトに頼るのではなく、自ら高等専門学校や工業系の専門学校へ足を運び、会社説明を行った。特に訴求したのが、銀ロウ付けという専門技術の面白さだった。「他では学べない技能を身につけられる」という点が、ものづくり志向の学生に響いた。
2015年、同社は初めて高専出身の新卒女性を採用した。当時の工場は高齢の熟練男性職人が多くを占め、女性社員はいなかった。しかし修哉氏は、銀ロウ付けのような繊細な作業は性別や経験にかかわらず、未経験者でも技能を身につけられるのではないかと考えた。実際、未経験ながら懸命に技術習得に取り組む女性社員の姿は、ベテラン職人たちの意識も変えていった。職場内で自然と会話が増え、世代を超えたコミュニケーションが生まれた。以前は不満や愚痴が多かった職場が、前向きな議論を行う場へ変わっていったという。

同社はその後も継続的に新卒採用を行っている。学生たちが志望動機に挙げるのが「銀ロウ付けをやりたい」というもの。採用した若手社員にはインターンシップや入社前面談を通じて会社の考え方を丁寧に伝え、入社後は半年間にわたり修哉氏と行う交換日記などを活用して不安や悩みを共有している。その結果、新卒採用者の離職率は比較的低く、安定した定着率を実現している。現在では全国の高専から応募が集まる。2026年に新卒採用したのは、新潟や函館など遠方の高専出身者だ。従業員20人のうち12人が30代以下となり、若返りが進んだ。
さらに女性社員は現場だけでなく広報活動にも携わった。社内報「銀ロウたより」の企画・発行をはじめ、アクセサリー修理事業、銀ロウ付け体験教室、小学生向けものづくり教室など、新たな事業の企画も手掛けた。こうした取り組みは従来のBtoB事業だけでなく、一般消費者との接点を生み出し、企業認知度の向上にも寄与した。
人への投資が生んだ企業文化

修哉氏は入社5年で工場長に就き、さらに2021年に常務に就任した。「社長とは仕事のやり方で対立することも多々あったが、今は経営の大半を任せてもらうようになった」という。佐藤常務が入社した当時にいた従業員の大半は定年を迎えたり、経営方針に合わなくなり辞めたりしていった。代わりに若い従業員が増え、社内の風土も急激に変化している。
現在の佐藤製作所は、「人への投資」が経営の中心にある。新卒採用の継続だけでなく、賃上げも継続実施している。都内で優秀な人材を確保し続けるためには、適正な待遇が不可欠と考えるからだ。銀ロウ付けという差別化できる技術があるからこそ、取引先との価格交渉でも適正価格を維持し、利益を確保し、それを給与に反映させるという好循環をにつなげている。佐藤常務は、「希望としては将来上場企業並みの給与にまで引き上げたい。
定年制度は設けているものの、定年後も希望する社員には再雇用という形で働き続けてもらっている。再雇用にあたっては、年齢だけを理由に給与などの待遇を引き下げることはせず、担当する業務や役割が変わらなければ、原則として従来と同じ労働条件を維持している。若手社員の育成に力を入れる一方で、長年培ってきた経験や技術を持つベテラン社員にも、引き続き活躍してもらいたいという考えからだ。
技術を未来につなぐために
現在同社は、銀ロウ付け技術の継承に加え、後継者がいない取引先企業からの要望を受け、電子機器関連事業を引き継ぐ取り組みも進めている。同社の若手社員が現場に通いながら技術を学び、数年かけて事業承継を進めているという。最初にこの話が持ち上がった際、従業員にそれを伝えると「ぜひ挑戦したい」と手を挙げる人材がたくさん現れた。昔なら考えられない企業文化になったことに、大きな手応えを感じている。
佐藤製作所は2027年に創業70周年を迎える。その記念すべき年に、創業来初という出来事が起こった。女性社員2人が産休・育休を、男性社員2人が育休を取得した。佐藤常務は「私が入社した12年前には考えられなかったこと」と感慨深げに語る。従業員全員が彼ら彼女らを自然に送り出し、復帰を支えるまでに会社は変化した。
中小企業にとって最大の経営課題となっている人手不足問題。佐藤常務は「自分の会社は学生に魅力を感じてもらうようなところがないと思っていても、深堀りをして探していけば、学生や若者が興味を持つ要素がどんな会社にも一つはあるはず。それを見つけ、引き出すような行動をしていけばいいのでは。ぜひ一緒に頑張っていきましょう」と課題解決へのヒントを語る。採用に悩む多くの中小企業にとって示唆を与える言葉だ。
企業データ
- 企業名
- 株式会社佐藤製作所
- Webサイト
- 設立
- 1957年12月
- 資本金
- 1,000万円
- 従業員数
- 20人(2026年9月時点)
- 代表者
- 佐藤隆之 氏
- 所在地
- 東京都目黒区鷹番3-20-7
- 事業内容
- 銀ロウ付け、ハンダ付け、金属加工








