2026年 7月 10日
人手不足や働き方改革への対応が求められる中、遠隔地にいながら現場にいるような臨場感を実現する技術への注目が高まっている。神戸市に本社を置くiPresence株式会社は、テレプレゼンスアバターロボット(テレロボット)やデジタルツイン技術を活用し、「そこにいなくても、そこにいる」体験を提供する先駆的な企業だ。2014年の創業以来、製造業や医療、教育、自治体など幅広い分野で遠隔コミュニケーションの可能性を切り開いている。
ロボットによる豊かなコミュニケーションに衝撃

クリストファーズ社長は、神戸市で生まれ14歳の時に英国に渡り、大学で建築学を学んだ。日本に戻り、大手建築設計会社を経て、外資系通信企業で西日本拠点の立ち上げや全国の営業を統括する責任者としてキャリアを積んでいた。主な仕事は国際回線を活用して、電話やウェブ、テレビ会議システムを企業に販売すること。転機となったのは、2014年に神戸で開催された価値のあるアイデアを短いプレゼンを通じて共有する「TEDx」イベントの運営に参加したことだった。
米国から遠隔参加したIT企業経営者が、移動型テレプレゼンスロボット「Double」を操作して会場内を移動し、参加者と交流する姿を目の当たりにした。当時手掛けていたテレビ会議システムとは異なり、まるで本人がその場にいるようなコミュニケーションで来場者と交流する姿に衝撃を受け、テレロボットを媒体として遠隔地に存在できる擬似的な「テレポーテーション」という新しい価値の可能性を感じた。当時、日本の製造業が海外市場で苦戦する姿を目の当たりにしていたことも、同社の原点にある。クリストファーズ社長は、コミュニケーションとロボットを掛け合わせたこの新しい分野であれば、いつか神戸発の独自技術やテレロボットを世に出し、日本のものづくりに少しでも貢献できるのではないかと直感した。
すぐに「Double」を製造する米国メーカーへ連絡を取り、日本での販売交渉を開始、同年5月にiPresence合同会社を設立し、「Double」の国内展開をスタートさせた。33歳の時だった。2014年当初は一人で小さく始めた事業だったが、3カ年計画を立てていた。初年度は商社機能として仕入れ販売で売上を立て、2年目にはレンタルやイベントサポートなどでサービス化し、3年目には独自開発ができるよう実績を積むという構想だった。当時誰も聞いたことのないロボットを使った「テレポーテーション」という概念を軸に、いくつか小さな開発プロジェクトや意見交換会、フィージビリティスタディなどを機会あるごとに実施していく中で、そのコンセプトにフリーのクリエイターやエンジニアなどが興味を持ってくれ、さまざまなアイデアを形にできるチームが少しずつできてきた。
そしてそのうちの一人、大手通信会社で研究開発を長年実施していた太田崇博氏が、新たなコミュニケーションインフラになるかもしれないとiPresenceの事業の将来性を信じ、入社したいと申し出てきた。クリストファーズ社長は「まだ利益も少なく、満足な給料も払えないから」と、当初は申し出を断ったが、入社だけではなく最終的には太田氏が自らも個人的に会社に投資をし、会社を育てることに貢献したいという覚悟を目の当たりにしたことで、一緒に事業を展開することとなった。ちょうど会社設立3年目の2017年のことである。それを機に独自のソフトウェア開発やハードウェア開発も加速させ、太田氏は引き続き、現在同社の取締役CTOとして、開発の先頭に立っている。
世界のテレプレゼンスロボットを導入
「Double」販売開始後間もなく、卓上型テレプレゼンスロボット「kubi(クビ)」の存在を知り、こちらもいち早く国内での販売契約を締結した。「kubi」は米国企業が開発した卓上型テレプレゼンスロボットで、タブレット端末を搭載し、遠隔地の利用者が左右・上下に首を振るような動きで視線を操作できる。また、2018年に出会った「temi(テミ)」は、安全性の高い自律移動機能を備えたロボットで、利用者は遠隔地から接続し、テレロボットを通じて直感的に施設内を移動したり、現場スタッフと会話したりできる。同社は、移動型の「Double」や「temi」と卓上型の「kubi」という異なる特性を持つロボットを取り扱いながら、統一されたUX内で適材適所に配置した多数のタイプのテレロボットを操作できるという、独自のテレポート概念をサービス化することに成功し、その体験を現場のニーズに合わせて提供することで、学校、病院、介護施設、観光施設、自治体など幅広い分野への導入を進めていった。
神戸発のサービスロボットメーカーへの第一歩「Telepii」
海外製テレプレゼンスロボットの国内展開を進める一方で、同社は自社独自のロボット開発にも挑戦してきた。その象徴となったのが、2021年のコロナ禍にクラウドファンディングを通じて開発・量産し、販売まで手がけた小型テレプレゼンスロボット「動く電話Telepii(テレピー)」だ。
新型コロナウイルスの感染拡大により、人と人が直接会うことが難しくなった時期、同社には病院や介護施設、学校、企業などから、離れた場所にいる人同士をつなぐ手段への相談が相次いだ。クリストファーズ社長も飛行機での移動に制限がかけられ、英国にいる家族とも頻繁に会えなくなった。そこで、これまで培ってきた遠隔コミュニケーションの知見を生かし、より手軽に一般家庭でも使える独自のテレプレゼンスロボットとして「Telepii」を開発した。
「Telepii」は、クラウドファンディングを通じて社会に送り出された。クラウドファンディングでの目標達成後は単なる試作品ではなく、金型製作を含む量産を主導し、実際に多くのユーザーのもとへ届けた製品である。自社工場を持たないファブレス型でありながら、企画、設計、量産管理、販売、サポートまでを一貫して担ったことは、同社にとって大きな転機となった。
この経験は、後の「kubi 2.0」の開発にもつながっている。海外製ロボットの国内展開で得た現場ニーズと、Telepiiで培った独自開発・量産の経験を掛け合わせることで、同社はロボットを販売する会社から、社会課題に応じてロボットを企画・開発し、量産、社会実装まで行う神戸発のサービスロボットメーカーへと進化していった。
製造業DXへの活用も拡大
同社の技術活用は、教育や観光、医療分野にとどまらない。近年は製造業DXの領域にも事業の幅を広げている。その代表例が、産業用ロボットシステムインテグレーターの髙丸工業(兵庫県西宮市)との協業だ。両社は慶應義塾大学とも協力し、遠隔コミュニケーション技術と産業用ロボット技術を融合。デジタルツイン環境上から溶接ロボットを操作できるシステム「WELDEMOTO(ウェルデモート)」の共同開発に取り組んだ。作業者はパソコン上で実画像とCGを組み合わせた画面を確認しながら、工場内のロボットを遠隔操作して溶接作業を行うことができる。この技術は、熟練技能者の不足や技術継承という製造業の課題解決につながる可能性を秘めている。実証では、離れた場所からロボットを操作して溶接作業を行うことに成功しており、将来的には在宅勤務によるものづくりや、国内外の工場を遠隔から管理・運用する新たな生産体制の実現も期待される。
また、同社のテレロボットを活用すれば、遠隔地にいる技術者が工場内を巡回しながら設備の状況を確認したり、現場担当者へ指示を出したりできる。移動時間や出張コストを削減できるだけでなく、経験豊富な技術者の知見を複数拠点へ同時に展開できるメリットもある。同社の「temi」を採用したある企業は、東京の本社から山形の工場を遠隔操作で自由に見て回り、タブレットの画面に自分の顔を出しながら現場スタッフに声をかけることで、あたかもその場にいるようなコミュニケーションが取れるようになった。以前は、監視カメラを設置していたが、従業員からは「監視されているようだ」と抵抗感があった。「temi」で顔を見せて巡回すると、「お疲れ様です」という声かけが自然にされ、「ちょっとここを見てください」と現場での困りごとを相談されるようになるなど、コミュニケーションの質が格段に向上したことを実感したという。
クリストファーズ社長は、テレプレゼンス技術が「人の移動」を代替するだけでなく、「技能や知識の移動」を可能にすると考えている。工場に設置されたロボットを世界中から操作できるようになれば、人材不足が深刻化する製造業にとって大きな変革をもたらす可能性がある。こうした取り組みは、同社が掲げる「テレポーテーションを社会インフラにする」という構想を、製造現場へと拡張する挑戦ともいえる。
同社は工場のデジタルツイン化にも取り組んでおり、設備や建物を3D空間として再現することで、遠隔地から現場状況を把握しやすくしている。こうした現場とデジタル空間の融合により、製造業のDXを支援している。2020年には、当初からのパートナー企業と共同で合弁会社ArchiTwin(アーキツイン)株式会社(東京都中央区)を設立し、建設・製造分野向けのデジタルツインプラットフォームを開発している。現実空間を3次元データとして再現し、その中にBIMデータを重ね合わせたり、IoTデータを連携させたりすることで、遠隔地からも現場確認や進捗管理、関係者とのコミュニケーションを行えるのが特徴だ。
大阪・関西万博で「どこでも万博」を実現

同社の技術力が広く注目を集めたのが、2025年大阪・関西万博への参画だ。同社は中小企業庁と中小機構が共同で出展した「未来航路」に参加。「最先端デジタルテクノロジー」ゾーンの中央ブースで、テレプレゼンスアバターロボット「temi」および「kubi」を展示した。会場内では、来場者が「temi」の遠隔操作や音声案内で自律移動する様子を、興味深そうに見つめる姿が見られた。

また、万博の運営参加サプライヤーとして、テレプレゼンスロボットを会場の案内所や受付などにも提供した。そして多くのメディアからも注目を浴びたのが、全国のスペシャルキッズのために企画され、参画企業のひとつとしてテレロボットや技術提供を行った「どこでも万博」プロジェクトだった。
「どこでも万博」は、病気や障害、居住地などの事情で会場を訪れることが難しい人々が、テレロボットを通じて万博会場を遠隔体験できる取り組みだ。当初、多くのパビリオンが準備や運営に追われる中、イタリア政府がこの取り組みに賛同し、実施の場を提供することに同意してくれた。万博会場でも大人気だったイタリア館に「temi」を持ち込み、人混みの中でも安定した通信を提供するためにパビリオン内に専用のローカル5G環境を構築。参加者はロボットを操作しながら会場内を移動し、パビリオンの見学や来場者とのコミュニケーションを行った。特に入院中の子どもたちや特別支援学校の児童・生徒たちは、万博会場を自由に見て回れることに大喜びだった。
この取り組みは高く評価され、第1回EXPO INNOVATION AWARD(万博イノベーションアワード)のソーシャル部門でイノベーションアワードを受賞した。場所や身体的制約を超えて誰もが社会参加できる環境づくりという、同社が創業以来追求してきた成果が、万博で大きく花開いた結果だ。
国産「kubi 2.0」を自社開発

同社は現在、次世代コミュニケーション基盤の構築にも取り組んでいる。2026年6月には、自社開発による卓上型AIテレプレゼンスロボット「kubi 2.0」のリリースを発表した。2015年から販売してきた主力製品「kubi」の後継機として国内量産化を実現したもので、医療、教育、介護、テレワークなど幅広い分野での活用を見込む。現在予約受付中で、発売は10月の予定。
原材料費や人件費の高騰により、米国Xandex社が「kubi」の米国での製造を終了したことで供給が途絶え、利用者からは後継機を求める声が上がっていた。同社は自社で後継機を開発する決断をし、Xandex社より製造権、全世界での販売権を取得し、自社開発・金型製作を含む国内量産へと舵を切った。「kubi 2.0」は、その成果として誕生した日本製モデルとなる。単なる復刻版ではなく、静音性や重量バランス、充電性能、設置性、携帯性などを全面的に見直して開発した。また、従来の遠隔コミュニケーション用途だけでなく、AIエージェントに「身体」を与えるプラットフォームとしても位置付けられている。
クリストファーズ社長は、「製造停止後も次世代モデルについて多くの問い合わせがあった」と言い、供給責任を果たす責務を感じていた。さらに、「『そこにいる感覚』をどうすればもっと自然に作れるかという問いに向き合い続けた開発チームの試行錯誤がkubi 2.0には生きている」と説明する。
フィジカルAI時代を追い風に

近年、生成AIの進化に続き、AIが現実世界で人と関わりながら活動する「フィジカルAI」が次の成長分野として注目されている。AIがロボットやセンサーと連携し、実空間で情報を取得しながら人とコミュニケーションを行う世界だ。
こうした流れは、長年にわたりテレプレゼンスロボットと遠隔コミュニケーション技術を蓄積してきた同社にとって大きな追い風となることが期待される。「kubi 2.0」は、利用者が遠隔操作するロボットとしてだけでなく、AIエージェントが自律的に人と対話するための「身体」として活用できるよう設計された。AIが相手の顔の方向に視線を向けたり、首を動かしたりすることで、画面上のチャットボットにはない存在感や親近感を生み出すことができる。
これまでは、病院や学校、工場、自治体など、人と人をつなぐための遠隔コミュニケーション基盤を構築してきた。しかし今後は、「人がロボットを操作する時代」から「AIがロボットを活用して人と関わる時代」へと市場が広がる可能性がある。フィジカルAIの普及が進む中、人がビジネス判断のループの中でどのように存在意義を持ち続けるのかが非常に重要なポイントになる。そうなれば、同社が培ってきたロボット制御技術や人の能力の拡張としての遠隔コミュニケーション技術の価値はさらに高まるだろう。
同社の強みは、単にロボットを販売することではない。ロボット、遠隔コミュニケーション、デジタルツイン、AIを組み合わせ、顧客の現場に人が関わる仕組みそのものを設計・提案できる点にある。さらに、企画・開発から量産管理、販売、社会実装までを一貫して担う、ファブレス型のサービスロボットメーカーとしても存在感を高めている。
クリストファーズ社長は「我々が目指しているのは、単なる情報伝達ではなく、そこにさらに『想いの伝達』を乗せることで、コミュニケーションの質を上げていくこと」と言う。生成AIやフィジカルAIが普及するほど、人間に求められる役割は創造性や共感、協働へとシフトしていく。だからこそ重要になるのが、人の存在感や経験、思いまで伝えるコミュニケーションだ。同社が目指す「テレポーテーションの社会実装」は、人の移動を代替するだけでなく、人と人とのつながりの質を高める挑戦ともいえる。AI時代だからこそ、人間らしいコミュニケーションの価値が改めて問われている。
企業データ
- 企業名
- iPresence株式会社
- Webサイト
- 設立
- 2014年5月
- 資本金
- 2,560万円
- 従業員数
- 18人
- 代表者
- クリストファーズ クリスフランシス 氏
- 所在地
- 兵庫県神戸市東灘区向洋町中 6-9 神戸ファッションマート
- 事業内容
- 先端技術機器、ロボット機器、通信用機器、ソフトウェア及びそれら関連サービスの提供



