2026年 9月 25日

常松憲太代表取締役社長

甲斐の国の戦国武将、武田信玄は水害に悩む人々の暮らしを守るため、甲府盆地を流れる釜無川の治水に取り組み、「信玄堤」を築いた。現代風に言えば、市場が何を求めているのかに耳を傾け、そのニーズをくみ上げて製品にしていくという企業の在り方に通じるものだ。それを彷彿とさせる企業が山梨県甲斐市にある。オリジナルプリントウェア・グッズの販売・製作を手がける株式会社フォーカスだ。顧客と対話しながらTシャツやバッグ、タオル、キャップなどにプリントするオリジナルデザインを作り上げ、最短で翌日に発送するという「世界で唯一のサービス」を打ち出している企業である。2026年の売上高は40億円と、この6年間で約4倍になる見通しで、2030年には東証グロース市場への上場と時価総額100億円を目指す。

社内の禁止用語は品質第一「決めるのはお客様」

「社長室を作ろうなんて発想はない」と語る常松社長

「社長室を作ろうなんて発想はありません」。創業者の常松憲太代表取締役社長のデスクは本社1階のマーケティング部門の中央にあり、20代の若手社員たちと同じ列に横並びで配置されている。一般的には部長や課長といった経営幹部のデスクは壁際に独立して配置され、部下の社員を見渡すようにレイアウトしているケースが多いが、常松氏の姿は若手社員の中にすっかり溶け込んでいる。同社は20代の社員が多く、平均年齢は約30歳だ。

ここにあるのは徹底した現場主義である。社長と若手が一体となって仕事をしており、意思の疎通もしやすい。若手社員から「少しお時間いいですか」と頻繁に声がかかり、常松氏が随時それに答える。自ら社員の中心に身を置くことで、現場の状況に触れることができるとともに、社員も日々の仕事を通じて常松氏の経営姿勢に触れることができる。

フォーカスに流れる企業文化の根底にあるのが「For Customer(お客様のために)」という考え方だ。社名の「フォーカス」もこの言葉からきている。「一番顧客のことを考える人間がこの会社のトップであるべき」という信念のもと、常松氏はチーフマーケッターの肩書も持つ。「お客様との出会いは一期一会です。2025年は約10万件のご注文をいただきましたが、10万分の1に思われるご注文も、お客様にとっては1分の1の唯一無二の体験です。オフィスの中心にいれば、社員の電話応対も自然と耳に入ってくるので、気になることがあれば、すぐに伝えることができます」。このレイアウトには、社員一人ひとりが「顧客のために何ができるか」を考える会社にしたいという常松氏の思いが表れているのだ。

常松氏が社内で禁じている言葉がある。それは「品質第一」「良い商品を作っている」という言葉だ。「品質第一と言った瞬間にその品質は自分たちが決めていることになる。お客様がダメと言ったら、全部返品でも返金でも受け付けます。品質や商品が良いというのはお客様が決めることです。僕らの商品ではなく、お客様の商品。お客様の代わりにTシャツを手配し、お客様の代わりにデザインを製作し、お客様の代わりにプリント加工をして代行料金をもらっているのです」(常松氏)。実は常松氏がここまで「顧客起点の経営」を徹底するのに至ったのは、ある体験が関係している。

創業当初の「なんでも屋」からクラスTシャツに特化

クラスTシャツを手にして喜ぶ高校生たち

進学校の都立武蔵高校でラグビー部に所属していたという常松氏は、周囲が難関大学に進む中、大学受験に失敗。警備会社でアルバイトを始めたものの、浪人するつもりが受験するタイミングを失った。「25歳ぐらいまで自分の考えがまったくまとまらない感じでしたね」(常松氏)。父親は社会党の衆院議員だった常松裕志氏。父親の事務所で約1年半、秘書として勤務したが、政治家になるつもりは一切なかったという。「人前で演説するのも、握手するのも大嫌いでした」(常松氏)。父親から故村山富市元首相の公設秘書に推薦すると言われたときもきっぱりと断った。

だが、この秘書時代の体験が、常松社長がこだわる「顧客起点の経営」につながっていく。「父親が中心になって、精神障害者の方が社会的扶助を受けられるように法律の改正に取り組んだことがあり、精神障害者の方やその家族が泣いて喜ぶ場面があったんです」。「人々が心から喜ぶ姿」というこの感動体験が、フォーカスのビジネスモデルを形作っているのである。

友人とのつながりで山梨県に移住し、27歳のときに卒業記念品などを扱う株式会社富士水晶社(現アスフィール株式会社)に飛び込んだ。事務用品や文具などを扱うアスクル株式会社の代理店として全国に顧客を広げていき、立命館大学や京都大学の卒業証書や学位記などの事業に携わった。その一方で、会社が大きくなるにつれて、組織運営のルールが増えていった。「自由に動き、社長と『これをやったらすごい』と語り合っていた初期のころが面白かった。でも、会社が組織的に運営していかなきゃいけない転換期に、僕はついていけなかった」。そして36歳で退職、2009年にフォーカスを設立した。

創業当初は「何でも屋」だったという。2年目には前職から引き継いだ立命館大学関係を中心に約1億2000万円を売り上げた。「研究室で使う器具など頼まれたものを探し、国内になければ海外から輸入していました」(常松氏)。しかし、このままでは事業として再現性が低く、「その日暮らし」のような状態に危機感を抱いていた。

転機になったのは、前職時代にも手掛けていた高校生向けのクラスTシャツだった。「当時はインターネットの画像表示に時間がかかる時代だったため、全国の高校にカタログを送りました」(常松氏)。この戦略は見事に当たり、3年目の売上高は約2億円まで伸びた。そこで目にしたのが高校生たちの反応だった。文化祭や体育祭、部活動で使用するクラスTシャツは、その予定日を過ぎると価値がなくなる。この業界では、予定日に商品が間に合わないケースも多かったため、無事に届くだけで喜ばれた。完成した商品を手にしたとき、高校生たちが純粋に喜ぶ姿を見て、常松氏は「もう、これだけでいいや」と思ったという。父親の秘書時代に経験した精神障害者の方とその家族が喜んでいた姿と重なったのである。立命館大学からの仕事を断り、クラスTシャツに事業を絞り込んだ。売り上げの半分を失う決断だったが、翌年の売上高は前年の2倍となる4億円になった。

常松氏が納期に徹底的にこだわるのは、この体験が原点になっている。納期に間に合わないと判断すれば、宅配業者に任せきりにせず、常松氏自身を含め社員が新幹線や飛行機で運ぶこともある。常松氏は「2万円の商品を届けるために15万円かかったこともあります。社員の個性的な服装や社内での振る舞いは気になりませんが、お客様をないがしろにすることだけは許せません」と強調する。

ECサイト立ち上げ、年間受注件数10万件突破

ECサイト「CLAT-JAPAN」は翌日出荷とデザイン作成0円が売りだ

オリジナルグッズ製作のECサイト「CLAT-JAPAN(クラティージャパン)」を立ち上げたのは2014年。これにより、学校向けのみならず、企業や地域活動、スポーツチームなどに用途が広がり、大使館や芸能人、プロ野球球団のグッズにも取引が拡大した。今ではTシャツのオリジナルプリントだけでなく、トートバッグやタオル、キャップなど幅広いグッズを扱っている。2025年は受注件数約10万件、総届け数約260万枚に達した。Tシャツだけだと、注文は夏に入る前に集中する。常松氏は「プリント対象グッズを増やしたのは、売り上げの平準化が目的です。例えば、学校向けだと5月の売り上げは1億円ですが、1月には1000万円に下がります。タオルは年間を通して売り上げに大きな差はありません」と説明する。

デザインは顧客と一緒に考えていく。「少年野球チームの保護者が、紙にチーム名を書き、星やバットの絵を描いて送ってくることがありました。普通なら『もう少しきちんとしたデザインを』と求めるところですが、弊社はそこからお客様と対話を重ねながら形にしていきます。デザイン費用は取らず、修正も無料です。何度修正しても料金は変えません」(常松氏)。届いた商品は、顧客から見たら「自分が作った商品」になる。常松氏は「その商品は愛おしくなるはずです」と話す。同社はデザインの知識や専用ソフトを持たない人でもオリジナルウェアを作れるようにすることで、新たな市場を切り拓いたのだ。

コロナ禍で危機、3億円の設備投資でV字回復

DTFプリンター製(右)とシルクスクリーン製(左)のプリントTシャツ

2019年には売上高が約12.6億円まで拡大するも、翌2020年には約9.8億円まで落ち込んだ。コロナ禍で学校が休校になり、注文が止まったためだ。大阪府にあった2つの工場を閉鎖し、延べ44人の従業員が辞めていった。しかし、常松氏はこう考えた。「資金繰りに窮した全国の同業者がプリント工場の設備を売り始めていましたが、感染症の影響が続くのは最大4年。市場全体の需要は30%減少したが、翌年から持ち直し、少なくとも5~10%増える」。常松氏は抜本的な経営改革に着手し、日本政策金融公庫から借りた3億円のほぼ全額を設備投資に投入した。生産は静岡県の浜松工場に集約する一方で、当時プリント業界では珍しかった「DTFプリンター」に加えて、「自動たたみ封入機」を導入した。

DTFプリンターは、色数の制限なく、あらゆる商品のあらゆる場所にプリントが可能だ。顧客にとってはデザインの自由度が格段に上がることになる。それまで使っていたシルクスクリーンと呼ばれる手法は、細かいデザインが苦手で、多色刷りや多品種少量生産ではコストや手間がかかりすぎるという難点があった。一方、個別包装は人の手で行っていたため有料オプションだった。しかし、自動たたみ封入機を導入したことで無料化が可能になり、その結果、個別包装の希望者は10%から90%を超えるまでに増えた。

生産効率を高めるために導入したのが「セル生産方式」だ。データ処理からプリント、検品、たたみ、封入、梱包、伝票貼り、出荷までを一人で担う生産方式である。「生産部門の社員一人当たりの生産加工売上高は年間約2500万円。これは同業者の3倍です」(常松氏)。1日の処理件数は平均500~600件、最大1000件程度まで可能だという。

デザインの自由度向上や個別包装無料化による顧客満足度の向上と、生産効率の向上を同時に実現した同社は、コロナ禍にあってV字回復を成し遂げる。2021年の売上高は14.7億円、その翌年も20.2億円と右肩上がりに増加し、2025年には37.3億円に達した。まさにピンチをチャンスに変えたのである。

2025年11月に行われた入社内定式

設備への投資と並行して、常松氏が進めたのが人への投資だ。コロナ禍を機に従業員の給与アップまで踏み込んだのだ。「直接報酬分配率(粗利益のうち何%を社員の給与として支払うかの割合)を25%にする」との方針を掲げ、結果として社員一人当たりの年収は約100万円アップとなった。

こうした経営姿勢にひかれ、国内だけでなく海外からも人材が山梨に集まるようになった。2023年4月からは新卒採用を開始し、この4年間で計37人を採用。今春は、日本、中国、韓国、ウズベキスタン、フランスから、京都大学やシンガポール国立大学、エディンバラ大学、クイーンズランド大学など世界の名門大学を卒業した多様な国籍の新卒が入社し、初任給も42万円と破格だ。常松氏は「社員一人当たりの売上高が1億円、粗利益率が50%となれば、直接報酬分配率を20%に抑えながら、平均年収ベースで1000万円は出せます。数年後にはこの水準をターゲットにしています。お客様のニーズに応えられる仕事をすれば、地方の中小企業でもできるということを示したい」と強調する。

豪州皮切りに世界展開、2030年の上場目指す

提携している豪州の工場内の様子

常松氏は世界展開にも意欲を見せる。2025年9月に豪州に進出し、2027年1月からの本格展開を計画している。現地の工場と提携し、日本と同様のECサイトを立ち上げた。豪州進出も、売り上げの平準化が理由だ。南半球にある豪州は、日本が冬のときに夏。日本の冬に減少するプリントTシャツ需要をカバーできるのだ。台湾や米国などへの進出も検討しており、常松氏は「台湾については日本のTシャツメーカーがすでに2社進出しているだけでなく、社内には中国出身の社員が多いことから、我々のシステムをつなげば、すぐにオーダーを受けることができます。米国はやはりマーケットが断トツに大きい」とその理由を説明する。

国内では、これまで培ったECや生産の仕組みを他社のビジネス支援に生かす新規事業も展開中だ。今年6月には全国で猫カフェを運営する株式会社MOFF(茨城県石岡市)と連携し、ECサイト「MOFF公式オンラインショップ」を開始した。全国のMOFF店舗で暮らす737頭の猫たちのデザインとTシャツやトートバッグなど30種類のアイテムを組み合わせ、2万2000パターンを超える商品を提供している。フォーカスはECサイトの構築やデザイン作成、サイト運営、商品の生産、代金決済などを担当しており、同様の仕組みで、サッカーやバレーボール、ラグビーなどプロスポーツのグッズ販売への参入も検討中だ。今年5月には生成AIを活用したデザイン作成体制も構築し、「表現したいイメージはあるが、うまく言葉や形にできない」といった課題への対応が可能になったほか、デザイン提案までの時間が大幅に短縮されたという。

今年6月に始動したECサイト「MOFF公式オンラインショップ」

常松氏は6年後の60歳を区切りとして社員に事業承継したいと考えているという。「2030年には東証グロース市場に上場し、時価総額100億円に達する規模にできればと考えています。そして次の世代にフォーカスを託したい」と話す。そこには、上場という高いハードルを越えることで、後継者に強固な地盤と社会的信用が引き継がれるとの思いがある。

常松氏は「集う価値に彩りを」を経営理念の根幹に掲げ、社員一人ひとりに顧客の想いをくみ取る感性を求めている。「2025年は、延べで見れば、日本の人口の約2%にあたる方々の商品製作に携わりました。今年は300万枚のご注文をいただく見通しで、理想を言えばこの300万人全員が喜んでくれれば合格です」(常松氏)。同じプリントのTシャツを着ることで仲間意識が生まれ、イベントが楽しくなり、世の中も明るくなる。そんな情熱を胸に常松氏が率いるフォーカスは、今日も顧客のために走り続ける。

企業データ

企業名
株式会社フォーカス
設立
2009年5月
資本金
9900万円
従業員数
84人(2026年8月31日現在、グループ合計)
代表者
常松憲太 氏
所在地
山梨県甲斐市篠原984-1
事業内容
カスタムウェアの販売・作製/オリジナルグッズ製作ECサイト「CLAT-JAPAN」「MOFF公式オンラインショップ」の運営