2026年 8月 7日

株式会社ツー・ナイン・ジャパンの二九規長代表取締役

京都・東寺の五重塔は400年近く前に再建された木造建築でありながら、今もなおその威容を保ち続けている。色あせないその姿は、千年の都・京都が育んできた伝統と技術の象徴だ。職人たちが積み上げてきた技と探求心は、現代の京都企業にも脈々と受け継がれている。その東寺からほど近いところに本社を構え、この京都の「ものづくりの精神」を体現している企業がある。錠剤製造用金型である杵(きね)・臼(うす)の製造・販売などを手掛ける株式会社ツー・ナイン・ジャパンだ。打錠障害を抑える同社の金型は国内で約4割のシェアを誇り、将来は7割を見据える。常識を打ち破る技術革新と独自の経営哲学を融合し、製薬業界の課題を次々と解決している「オンリーワン企業」である。

父親の経営哲学「人のために苦労する」を受け継ぐ

同社の設立は1989年。半導体製造用金型を製造する金属金型メーカーとして出発した。そのルーツは、同社を率いる二九規長代表取締役の祖父の代までさかのぼる京都の100年企業だ。祖父は金型や精密部品の製造を手掛け、父親の代には、松下電器産業(現パナソニック)の下請けとしてチューナー部品などを加工しており、この仕事が売り上げの8割を占めていた。だが、父親はそんな安定した経営基盤を捨てる決断をする。「儲かるが手元にお金が残らない。残るのは設備の機械だけ」。眼鏡用プラスネジを開発するなど、アイデアマンであった父親は下請けから脱却し、独自の販路開拓に乗り出した。そんな父親の思い切りの良さと革新性を受け継いでいるのが二九氏である。

二九氏は「高校卒業後、父親から『二九大学に入れ』と言われて、家業の精密金属加工技術を習得する道に進みました。父親からさまざまな技術を学び、今の事業に活かしています」と話す。その父親から受け継いだ言葉がある。それは「人のために苦労する」という経営哲学だ。「人のためにいろいろとやってあげれば、その輪がどんどん広がっていく、そしてそれがビジネスにも活かされていく」という意味である。

TOP処理技術で製薬業界に革命

TOP処理シリーズは4種類。薬剤の付着問題を解決した

同社は半導体製造用金型事業で急成長を遂げ、年間約2億5000万円を売り上げるまでになっていた。順調な経営が続いていた2000年ごろ、二九氏はある製薬メーカーから「打錠障害を解決できないか」という相談を持ち掛けられた。「人のために苦労する」という経営哲学を父親から受け継いだ二九氏の心に火がついた。

医薬品の錠剤やサプリメントは、杵と臼で押し固める打錠機と呼ばれる機械で、粉末や顆粒を金型に入れて圧力をかけることで、一定の形状と重さに形作られる。その一方で、製薬業界は長年、製造の際に錠剤の刻印がかすれたり、粉が杵の表面に付着して機械のトラブルを招いたりする「打錠障害」に悩まされていた。とくに酸化マグネシウム便秘薬は、金型を著しく摩耗させ、付着を引き起こしやすい厄介な素材だという。

そこで二九氏が思いついたのが「表面はツルツルにする」という当時の業界の常識を覆す方法だった。半導体製造用金型加工には「離型技術」が使われている。半導体の樹脂成型金型は時間の経過とともにどんどん小さくなるため、金型から半導体を外すのが難しくなるが、これを解決するのが、金型の表面を梨の皮のようにザラザラにする「梨地(なしじ)」加工である。

二九氏は、この半導体の金型加工で培った離型技術を医薬品の錠剤やサプリメントの型を作る杵に応用し、ナノからサブミクロンサイズの微細な凹凸を作って接触面積を減らし、「離型性」を高めることに成功した。その結果、杵と錠剤が剝がれにくいという問題は解消され、製薬業界に大きな革命をもたらした。この新たな表面処理方法は「TOP処理」と名付けられ、優れた事業計画により積極的に経営革新に取り組む企業を認定する京都市の「オスカー認定」を皮切りに、文部科学大臣表彰科学技術賞など数々の賞を受賞している。

二九氏が周囲を驚かせる決断を下したのは20年ほど前。半導体製造金型事業から製薬業界向けの錠剤製造用金型事業へと全面的に転換したのである。当時は半導体関連事業がコモディティ化して価格競争が激化していた。「もう半導体はあかんやろ、と思っていたら、なんぼでも金型の新用途を紹介してくれる、という人が出てきましてね。人とのネットワークがあったからこそ、次の道が見えてきたんです。約2億5000万円あった売り上げを全部捨てました」と二九氏は振り返る。しかし、二九氏には勝算があった。他社には真似できない圧倒的な技術力があったからだ。

技術開発のブレークスルー、難題続々解決

同社の革新はTOP処理だけにとどまらない。「素材そのもの」の改革にも踏み込んだのである。錠剤を製造する際、杵には1トンもの強い力が加わる。そのため金属内の不純物が起点となって、杵が欠けたり、割れたりするトラブルが絶えなかった。これは錠剤の品質低下や異物混入につながる。同社は金属材料メーカーと協力し、「エレクトロスラグ再溶解法」という特殊溶解技法を採用。その結果、強度が飛躍的に向上し、高い圧力がかかっても、欠けや割れが生じない高強度の金型用鋼材「ESR」が誕生した。

さらに、高硬度でありながら錆びにくい特殊ステンレス鋼「SRS-UP」を共同開発し、これらは医療現場を支える抗がん剤や感染症治療薬の製造ラインの事実上の世界標準となっている。 「がんの薬は人間が吸ったら毒になるので、打錠しながら中で洗浄しますが、他社の杵は錆びてしまう。うちの錆びない杵は、がん系の薬やコロナの治療薬『アビガン』など全世界の製造ラインで使われています」(二九氏)

二九氏の素材へのこだわりは、もう一つの大発明に結び付く。「使い切った杵の先端部分を交換できないか」。大手製薬メーカーからそんな相談を持ち掛けられたのが2013年。そして誕生したのが、杵の先端部分だけを交換する分離式杵「DMC」だ。杵は一体で先端が摩耗すれば、高価な杵全体を廃棄せざるを得なかった。二九氏は異種金属を圧入(部品同士を高い圧力で押し込み、摩擦力や変形を利用して固定する接合技術)と呼ばれる手法で接合し、先端部分だけ抜き差しできるシステムを考案したのである。

二九氏は「もともと父親が金型加工で先端と本体を摩擦溶接でつけることをやっていました。その発想で抜き差しできるようになったら、杵の価格はもっと安くなるなと。先端に高価な素材を入れて、本体は別の素材を入れれば、コストは4割安くなります」と話す。製薬業界にとっては、杵のコスト削減につながる画期的な発明だった。

先端交換式の杵。異種金属接合「DMC」は杵の先端部が破損しても、軸頭部が使える画期的な技術だ

さらに、同社は杵の洗浄工程においても、従来の油性研磨剤の代わりにクルミの殻など自然素材を使った乾式洗浄機「ECOミラー」を開発し、産業廃棄物の大幅な削減を実現した。まさにSDGsの先駆けである。二九氏は「うちは技術を全部オープンしている。しかし、他はどこも真似できない。オンリーワンの技術ばかりが集まっています」と胸を張る。

クルミ殻など自然素材を使った乾式洗浄機「ECOミラー」

同社はICT(情報通信技術)を活用した取り組みも進めている。QRコードで錠剤製造用金型を管理する「TNJ杵・臼クラウド管理サービス」を無償で提供中だ。QRコードで杵1本・臼1個ごとに識別し、稼働状況を個別に管理。杵・臼の出荷時の記録から、交換時期や打錠障害に対する診断まで記録するサービスで、京都中小企業優秀技術賞を受賞した。現在は同社のホームページを単なる情報発信の場としてではなく、ICT技術とQRコードの活用を通じて、受注から生産管理までを一気通貫してWeb上で完結させるデジタルシステムの構築も進めている。

成長戦略の中核「園部工場」、ロボットで自動化を実現

園部第一工場では自動ロボットが杵・臼を生産

現在、同社の成長戦略の中核を担っているのは、2021年に稼働した園部工場(京都府南丹市)だ。二九氏は「設備投資は景気の悪い時にせよ」という父親の教えを胸に、新型コロナウイルスのパンデミックが始まるとすぐに建設に踏み切り、それまで協力工場で生産していた杵・臼を内製化した。この逆張りの発想が二九氏の真骨頂でもある。

園部第二工場では熱処理工程を完全自動化

「3密」を避ける手立てとして、余裕のある広い作りになっている園部工場内には、京都市産業技術研究所(産技研)と共同開発した金型自動製造用ロボットがずらりと並ぶ。産技研と同社は以前から打錠障害の原因などについて、共同研究を行ってきた。産技研の西本清一理事長によると、金型自動製造用ロボットが完成するまで、二九氏ととことん話し合って試行錯誤を繰り返したという。西本氏は「伝統的な匠の技を科学の力で動く機械に移し込むためのキーは、二九氏と弊社研究員の対話でした。ものづくりの感性で鍛え上げたものをいかに機械化するかということが大事なんです」と話す。

園部工場で作業に関わっている従業員は現在18人。従来は手作業で行われていた工程は、ロボットによる自動化で徹底的に短縮されており、1日に最大500本の杵・臼の生産が可能だ。生産能力は従来の3倍以上という。2023年には、熱処理工程のボトルネック解消に向けた完全自動の第二工場も稼働を開始し、数年後には、工程を完全に自動化した第三工場を建設する予定だ。

京大桂ベンチャープラザが事業拡大の足がかりに

京大桂ベンチャープラザでは臼の研究も前進した

同社の一連の技術革新を支えた重要拠点の一つが、中小機構が運営する「京大桂ベンチャープラザ」だ。新規事業のために導入した機械の設置場所に困り、同プラザに入居。ここを拠点に園部工場の完全自動化につながるロボット応用や生産工程の抜本的な見直し、臼製造の新技術開発が前進した。

製薬業界は臼についても、臼の内部に十分なコーティングを施せず、錠剤と臼内壁の摩擦によって錠剤側面に傷が生じる「バインディング」という問題を抱えていた。だが、同社は臼の細い穴の内径の奥まで均一に処理できる特殊コーティング処理技術を確立し、この問題も克服した。これにより、杵と臼双方が抱える課題が解決し、製薬業界を取り巻く打錠障害の課題はほぼ解消されるに至ったのである。

同社は同プラザに二度にわたって入居した。最初の退去後に登録有形文化財の京町屋が立地する敷地内に研究開発拠点「智慧夢工房」を設け、二度目の退去後には園部工場を建設し、その都度、開発技術を移転するなど、同プラザは事業拡大の足がかりにもなった。同プラザは同社の技術開発と成長を支える一端を担ったのである。

技術で支える従業員の幸福「人間が人間らしく」

新光悦イノベーションセンター。春秋に学会「京都成形技術セミナー」を開催している

二九氏は自動化に力を注いでいるが、それは「人間が人間らしく生きられる環境を技術で支える」という信念からだ。従業員の有給休暇取得率はほぼ100%を達成し、週休3日制の実現も視野に入れている。社員寮やバーベキュー施設、春秋に学会を開催している「新光悦イノベーションセンター」もあり、社内外の交流を促進している。二九氏は「社員寮の家賃は光熱費込みで3万円。金を貯めて早く家を建てろ、と言っている」と話す。

ここには、従業員の幸福度向上に力を注ぐ二九氏の思いがある。その原点となったのは、半導体製造用金型を手掛けていた頃に訪れた米国カリフォルニア州のシリコンバレーの光景だ。家族を呼んで食事会をするような会社の在り方を見て、自社の工場内にも交流の場を設けようと考えたのだという。

日本の製造業の未来を切り拓くモデルケースに

地元の木材を使ったブレインストーミング室。従業員は自由に使える。

二九氏は再び常識破りの経営を考えている。売り上げは10億円規模を維持しながら、粗利益率を50%から80%へと高める目標を掲げているのだ。一般的に製造業全体の粗利益率は20~23%程度とされており、二九氏の目標がいかに桁外れか分かる。来年度からは年俸制も導入する予定で、利益率が上がれば、それだけ従業員の報酬にも跳ね返る。二九氏は「そうしたら全員が社長や。やれる人は(年俸が)ポーンと上がる」と話す。実際に同社では40代後半で、年収2000万円を超える従業員もいるという。

二九氏の経営哲学は、「できないと言われた難題に挑むこと」と「人とのつながり」を何よりも大切にすることだ。半導体から製薬への転換も、常識を覆すTOP処理も、世界標準となった新鋼材開発も、その原点は同じである。二九氏の飽くなき探求心と人間への深い信頼こそが、同社を突き動かす原動力になっているのだ。目標は世界の製薬メーカーが海外からこぞって同社の製品を買いに来るような会社になること。京都の「ものづくり精神」を受け継ぎながら、誰も思いつかなかった発想で新たな価値を生み出すツー・ナイン・ジャパンの挑戦は、日本の製造業の未来を切り開くモデルケースとなりそうだ。

企業データ

企業名
株式会社ツー・ナイン・ジャパン
設立
1989年11月
資本金
1000万円
従業員数
29人(2026年6月1日現在)
代表者
二九規長 氏
所在地
京都市南区唐橋高田町37番地
事業内容
錠剤製造用金型(杵・臼)の製造・販売、杵・臼のクラウド管理サービス、メンテナンスサービス