2026年 9月 18日
慢性的な人材不足、離職率の高さ、複雑な制度対応。医療・介護業界は大きな課題に直面している。特に直接家庭に出向いて医療的ケアを行う訪問看護業界では、利用者の増加に対して担い手が不足し、現場の負担は年々増している。福岡県北九州市で訪問看護ステーションを経営するプーラビダ株式会社は、そんな課題に真正面から取り組み、DX(デジタルトランスフォーメーション)を活用した組織改革と業績向上を両立させた。一連の取り組みが評価され、経済産業省の「DXセレクション2026」で最高賞となるグランプリを受賞した。その評価の中心となったのが、「人が輝くDX」という考え方だった。働く人や看護を受ける利用者など、多くの人を笑顔にした取り組みは、若くして同社を創業した浦濱広太朗社長の熱い思いから始まった。
「やりたい看護」目指し起業も苦闘の日々

プーラビダの浦濱社長は、看護師として病院に勤務していたころから、ある思いを抱いていた。「自宅に帰りたいのに帰れない患者を支えたい」。病院勤務時代、治療は終わっていても在宅生活への移行が難しく、本人が望む暮らしを実現できない患者を数多く見てきた。病院勤務のかたわら、大学で訪問看護に関する論文執筆に取り組み最上位の評価を獲得するなど実績を重ねていった。そして、もっと生活に寄り添った看護を実践したいとの思いから、地元北九州市へ戻りプーラビダを設立、2014年に訪問看護ステーションを開設した。

創業当初は決して順風満帆ではなかった。そもそも、訪問看護ステーションは、病院や医療法人が運営するケースが多く、株式会社の形態で一から起業する事業者はまれだった。「周囲からも絶対にうまくいかないと言われた」と浦濱社長は振り返る。日本政策金融公庫に創業融資の相談に行っても、最初は断られた。しかし、改めて訪問して論文を見せたところ、「本気でやろうとしている」と再認識され、融資が実行された。浦濱社長は医療機関やケアマネージャーの元に毎日営業活動を行い、一ヵ月に一人か二人ずつ担当する患者を増やしていった。
事業拡大で組織問題に直面
その後、プーラビダは事業を拡大し、複数の拠点運営やフランチャイズ展開にも取り組むようになった。しかし、組織が大きくなるにつれ新たな課題が浮上する。社員数が40人規模になり、浦濱社長の下に管理職と実際に訪問看護を担うスタッフがいる階層構造になったことで、コミュニケーションに齟齬が生じるようになった。浦濱社長がインドネシアから介護・看護人材を日本に誘致するビジネスに関わるようになるなど多忙を極め、本業への目配りも十分ではなかった。「みんながやりたい放題の状態になり、せっかく新規の依頼が来ても、私が知らない間にその依頼を断ったりするようなことも起こっていた」。目指すべき方向が定まらないままに、収益も悪化していった。さらにコロナ禍を経て職員の疲弊が進み、退職者が相次いだ。離職率は83.3%に達し、会社存続の危機とも言える状況となった。浦濱社長は「アルバイトをして生活を支えなければならないのではないかと考えるほど追い詰められていた」と言う。
人を守るためのDX

転機は北九州市のDX支援機関への相談だった。当初は業務効率化ツールの導入を検討していたが、専門家との対話を重ねる中で考え方が大きく変わった。「何のためにDXを行うのか」という原点に立ち返った結果、たどり着いた答えが「人を守るためのDX」だった。DXの目的を、コスト削減ではなく、働き甲斐を生み出し、経営理念を実現させることに置いた。まず、専門家から紹介された、Googleが提供する企業・組織向けのクラウド型グループウェアGoogle Workspaceの導入を決めた。社内にIT人材は皆無だったため、浦濱社長が独学で使い方を覚え、それを社内の事務担当の社員に伝えていった。
満を持して、全社員に「来年から本格的に切り替える」と宣言した時には、大きな反発があった。同社はそれまでも別のグループウェアを採用していた。「今までのやり方で何がダメなのか」、「社長が一人で突っ走っているだけでしょ」。ここでも、社長の思いは共感されなかった。当初は二人の社員だけが使うのみという散々なスタートだった。「こんなに便利なのに、どうしてわかってもらえないのか」。浦濱社長はとにかく使ってもらうことから始めた。アプリを使って冷蔵庫の中の食材から夕飯のメニューを考えてもらうといった生活に密着したことから始め、利用への抵抗をなくしていった。そして最も社員の心に響く使い方を見出した。訪問看護の仕事は、月末に報告書を作成する。その作成作業には、利用者一人当たり1時間以上の時間がかかっていた。Google Workspaceの機能の一つである生成AI「Gemini(ジェミニ)」を使うと、90%もの時間短縮ができた。
誰一人取り残さないを合言葉で全員に浸透

報告書作成で便利さを体感したことで、社員の意識にも変化が起こった。同時にそれまでは社長と管理職で共有していた幹部チャットをやめ、経営情報を含めたかなりの情報を社員全員で共有するようにした。階層をフラットにし、意思疎通もスムーズに行えるようになった。「誰一人取り残さない」を合言葉にして、社員同士で教え合う仕組みと失敗を許容する風土とすることで、ITツールに拒否感を示していた社員にも無理なく浸透させることができた。
社員は、初めて訪問する利用者への対応に不安を持っていたが、事前にGeminiで適切なケアについての情報を収集することで、不安なく対応できるようになるなど、訪問看護につきまとう心理的安全性にも対処できるようになった。社員の看護レベルの差もかなりの部分を平準化させることができるようになった。浦濱社長が目指した「人を守るためのDX」が、だんだんと社員にも実感されるようになった。
同社はさらに、Google Workspaceを活用した社内ポータルアプリ「ほぽたくん」を独自に構築し、社内のさまざまな業務ツールを集約するとともに、経営管理システムとしても役立てている。訪問看護事業は、看護で実施した処置ごとに保険点数があり、さらに国民健康保険や後期高齢者保険など利用者の加入する健康保険制度によって複雑な計算が必要になる。開発したアプリを使うことで、瞬時に計算ができ、利益が出ているところは緑、赤字なら赤で表示するなど、直感的に収益の状況が把握できるようになった。
働き甲斐を高め、笑顔の職場に

DX導入で社員の報告書作成などの業務負担が軽減され、職場でも笑顔が戻ってきた。浦濱社長は、余裕ができた時間を使って、看護師のスキル獲得につながる研修を始めた。例えばWOCナース(ウォックナース)という資格制度がある。正式名称は「皮膚・排泄ケア認定看護師」で、創傷(きず)、ストーマ(人工肛門・人工膀胱)、失禁ケアのスペシャリストのことだ。同社は講師を会社に招いて、この資格取得のための研修会を開催している。資格認定を受けると、保険点数の高いケアが可能になり、看護師の所得向上にも直結する。「看護師は勉強するのが好きな人が多い。そのための機会を提供し、やりがいを感じてもらいたい」と考えている。
DX導入をきっかけとした働き方改革により、離職率は83.3%から7.7%へ大幅に改善した。この1年間は退職者ゼロも達成した。生産性は約1.5倍に向上し、利益率は10%を超えた。2年連続で臨時賞与を支給できるまで経営体質も改善した。しかし、浦濱社長が最も誇りに思うのは数字ではない。かつては職員同士の不満や愚痴が飛び交っていた職場が、今では自然と事務所へ集まり、笑顔で会話を交わす職場へ変わったことだ。リハビリ担当の専門家が同社を見て「こんなに良い職場は他で見たことはありませんよ」と言ってくれた。「自分の進めてきた改革は間違っていなかった」と確信したという。
医療・介護業界に知見を普及

「当社の取り組みを、ぜひ周りの同業者にも伝えたい」。これは社員から出てきた言葉だ。
同社は現在、地域のクリニックや介護事業者向けにGoogle Workspaceや生成AIの活用講座を開催している。さらにDX支援事業やコンサルティング事業を展開し、AIを活用したシフト作成アプリやコーチング支援システムの開発も進めている。目指しているのは、自社だけが成功することではない。医療・介護業界全体の働き方を変えることだ。浦濱社長は「DXの成果を独占するつもりはない」と語る。現場で培ったノウハウをオープンに共有し、地域全体の課題解決につなげる考えだ。
DXセレクション2026グランプリ受賞後は、全国から講演依頼や相談が寄せられるようになった。社員のモチベーションもさらに高まっている。今後はDXのノウハウを、病院や介護施設などに販売するとともに、訪問看護ステーション事業のフランチャイズチェーン展開も考えている。
人を中心に据えたDX

社名の「プーラビダ」はスペイン語で「素晴らしい人生」「豊かな生き方」を意味する言葉だ。医療・介護・福祉に携わる人々が物心両面で幸福になり、地域社会へ貢献できる組織をつくりたいという理念が込められている。
浦濱社長は「DXを始めたのも、社員を楽しませたい、幸せにしたいということが最初だった。利益より働きやすさを考えていた」という。社員の働き甲斐を生み出したことが、結果として利益を生み出し、社員の所得向上にもつながった。ただ、「最初の一歩を踏み出す時には経営トップが強い思いを持ち、社員に訴えていかなければ始まらない」とも言う。DXに取り組もうと考えるすべての中小企業経営者が心に留めるべきことだろう。
企業データ
- 企業名
- プーラビダ株式会社
- 設立
- 2013年10月
- 資本金
- 500,000円
- 従業員数
- 30人(パート含む、2026年8月現在)
- 代表者
- 浦濱広太朗 氏
- 所在地
- 福岡県北九州市八幡西区光明二丁目7番25号
- 事業内容
- 訪問看護ステーションの経営、コンサルティング業








