2026年 9月 11日
「日本の出汁文化を世界に広げたい」。そんな壮大なビジョンを描き、挑戦を続けている企業がある。めんつゆの陰の主役として日本人の食卓を支えてきた天然調味料メーカー、Dashi Corporation株式会社だ。同社はこの5年間で売り上げを約2.5倍に伸ばしており、その原動力となったのは、2020年4月に代表取締役社長に就いた水野勉氏が手掛けた数々の改革だった。水野氏は「出汁を世界共通語にする」という目標を掲げ、2024年10月に社名をイズミ食品から現社名に変更。創業以来培ってきた出汁抽出技術を守りつつ、10年後の売り上げ100億円の実現を目指している。
飲む出汁「だしどり」を開発、キッチンカーで販売へ

口の中に鰹(かつお)の風味がほんのりと広がる。ホッとする味わいだ。同社が2025年11月に発売した飲む出汁「だしどり」。作り方はコーヒーのように出汁をドリップして飲むドリップバッグ方式で、カフェインや塩分は含まれない。原料は鹿児島県枕崎市の委託工場が製造した鰹節のみを使用しており、家庭用商品の第一弾となる。体を冷やさないように適切な体温を保って健康維持を目指す「温活」で白湯を飲むのが流行っているが、その白湯に比べて味があり、飲みやすいと評判だ。自動販売機で白湯が売られている時代だが、その白湯市場に挑む商品である。
「出汁は調味料という位置づけですが、日本発の調味料で世界に名だたるものと言えば、醤油です。でも残念ながら、世界ではソイソースって言われてしまうんです。でも、抹茶や酒はそのままの名称で世界でも通用します。そこで行き着いたのが出汁を嗜好品として飲んでもらうということです。新しいドリンクです」。水野氏が描いているのは、この「だしどり」を核に世界に進出し、出汁を世界語にすることだ。
同社はその布石を着々と打っている。「だしどり」を商標登録したほか、カフェ事業への進出を計画している。年内にキッチンカー形式の「だしカフェ」を始める予定で、鰹出汁エスプレッソや鰹出汁アメリカン、鰹出汁ラテ、蜂蜜のハニー鰹出汁オーレなどコーヒー文化を意識した構想を立てている。3年以内に本社のある東京・五反田に実店舗を出し、5年以内に5店舗規模に広げたい考えだ。
水野氏は「海外に行くためには日本で文化になっていないと無理。まずは国内で文化を作って、そこから海外に這い上がっていく。だからイベントなどで、無料で(だしどりを)配っています。出汁を飲むということをしたことがない人がほとんどでしょうから、とにかく飲んでもらうことが重要です」と話す。
同社のだしどりを飲んだ多くの利用者がインターネットに「ホッとする」と書き込んでいる。しかし、水野氏は「エビデンスがない」と指摘する。水野氏は宮城大学の客員教授も務めており、「出汁を飲んだら本当に幸せなのか」「ホッとするのか」を研究し、論文として発表することを検討しているという。
主力は鰹節エキス「風味源」、創業以来の技術を守り続ける

同社のルーツは東京農業大学名誉教授・小泉武夫氏のアイデアにさかのぼる。創業者の箕面嵜淳一氏は日本酒に係る家系で、その縁で紹介された小泉氏が鰹節をアルコールに漬け込むことで香り成分を抽出する技術を考案。製法は東京農大でほぼ完成し、自社工場はなかったため、箕面嵜氏はそれを実現してくれる工場を探し歩いた結果、鹿児島枕崎市の会社に行き着いた。時は1971年。1974年にイズミ食品株式会社と名付けて法人化し、ここから53年の歴史が始まった。「イズミ」は小泉氏の名前にちなんでつけたものだった。
現在の主力商品となっているのが、この独自技術をベースにした鰹節エキス「風味源」シリーズだ。その技術は企業秘密であり、工場見学も受け入れず、製造の核心部分は公開しないことで競争力を維持してきた。
「風味源は同業他社が真似できない商品です。他社もアルコール抽出技術を採用していますが、似たようなものはなかなかできない。香りが圧倒的に強く、経時変化にも強い。添加効果も高く、業界では少量でもものすごく効く、その割に安いと言われています」(水野氏)
風味源は同社の売り上げの約3割を占めており、アルコール抽出技術を採用しためんつゆ市場の多くを占めるのが同社の風味源とみられる。同社のアルコール抽出技術が他社の追随を許さない証しであり、水野氏は「この会社が53年間続いたのは、この商品があったからだと思います」と胸を張る。
「この会社を業界1位に」と宣言も従業員はしらけムード
水野氏がイズミ食品に入社したのは2016年。前職の名古屋市に本社を置く総合食品メーカー勤務時代に、偶然にも同姓の水野喜法前社長にスカウトされて取締役営業部長としてイズミ食品に転職した。水野氏は就任あいさつで従業員7人を前に「この会社を業界1位にするために来ました」とぶち上げた。しかし、しらけた雰囲気が広がったという。
「誰も話してもらえないような雰囲気だったので、とにかく実績を出そうと思いました。当時、朝は誰よりも早く来て、全員の机を拭いて、トイレ掃除をして、仕事をして誰よりも遅く帰っていました。1年目は営業に専念して、結構な数の新規売り上げを達成し、入社3カ月目ぐらいから次第に(従業員と)打ち解け始めました」(水野氏)
水野氏は2年目から組織改革に取り組んでいく。品質保証部を作り、自社商品以外の他社商品の整理統合に踏み切った。品質保証部を作ったのは、従業員に委託先の商品といえども、あくまでも自社商品であることを認識してもらうためだった。水野氏は「お客様用の規格書をちゃんと書こうとか、抜き打ちでサンプルを取って自分たちで検査分析センターに出して検査しようとか、そういうところから始めて、自社の商品なんだよ、という意識づけをしました」と振り返る。
当時は他社商品が全体の6割を占めており、これが同社の業績の足を引っ張っていた。「問屋みたいな商売でした。お客さんに『この商品ない?』と言われたら探すといった感じです。せっかく自社商品があるのに、何でもやるみたいな感じで、全然利益が取れない状態でした」(水野氏)。他社商品の整理には5年かかり、整理がようやく完了したのは水野氏の社長就任後だったという。
埼玉県本庄市に自社工場、出汁の常識覆す「チルド出汁」誕生

水野氏の「第二の創業」というべき改革が本格化するのは2020年4月の社長就任後だ。創業以来、同社の商品の大部分は鹿児島県枕崎市の工場に委託して生産していたが、需要増加に追い付かず、自前工場の設置を計画。2021年4月に埼玉県本庄市の中古工場を取得した。
「関東のマーケットを狙っていたんですが、鹿児島県枕崎市で作っているので、欠品を起こすことが増えてきたんです。私は3回ほど取引先から『どうしても明日持ってきてほしい』と言われて、飛行機で鹿児島に飛んで、帰路はレンタカーで夜通し20数時間走って納品したことがあります。それでは限界があるし、取引先も大手が増えてきて供給責任もあるので、関東に工場を持つことにしました」(水野氏)
しかし、資金調達には苦労したという。銀行からは「急拡大し過ぎで、工場を作ったりすることは身の丈に合っていない」と融資を断られ、前社長時代のメインバンクからも見放された。そこで水野氏が考えたのが、毎月、銀行担当者へ経営状況を詳細にまとめた長文のメールを送ることだった。
「どんな得意先のどういう商品を使うことが決まりましたとか、この従業員が体調不良で休んでいますとか、新規受注や月次決算の生の数字も含め、社内のことが全部わかるように書いています。社長就任以来、毎月欠かしたことはありません」(水野氏)。社内の状況を包み隠さず共有し、銀行との信頼関係を築いた結果、今では同社側から融資を依頼しなくても、逆に銀行側から資金需要を尋ねられるまでになったという。

こうした水野氏の地道な行動が実り、新工場が稼働したのが2022年5月。コロナ禍からの飲食業界回復とインバウンド需要増加を見据え、2024年にスタートさせたのが外食向けのプロジェクト「チルド出汁」だ。実は水野氏がこの出汁の常識を覆すチルド出汁の開発を思い付いたきっかけは、TBS番組「がっちりマンデー‼」だった。旅館や飲食店の人手不足をカバーするために仕込み作業を代行する企業が紹介されているのを見て、「出汁も同じ課題があるのではないか」と考えたのだ。
その後、水野氏は何時間も立ち食いそば屋を観察し、どのくらい出汁を取っているか現地調査を続けた。「ある店で昼食時に出汁がなくなり、店長と思われる男性がパートの女性に『出汁取れ、出汁がねえぞ』と言ったんです。女性は『暑いし、嫌だ。面倒くさい』と反抗していたんです。こうしたことは常態化していて、すごく需要があるんじゃないかと思いました」
出汁を取るには一般的に2~3時間はかかる。店で出汁を取るのではなく、工場で最高の状態まで仕上げ、温めるだけで提供できる品質なら、人手不足の解決につながる。こうして誕生したチルド出汁は枕崎製造の鰹節を使用し、冷蔵で3カ月保存が可能だ。現時点で飲食チェーンを中心に約30社に導入されており、水野氏は「ゼロからスタートしているので勢いはすごいですけど、母数はまだまだ。今は会社全体の売り上げの1%未満ですが、これからだと思います」と期待を込める。
社長就任6年で売上高2.5倍、米国進出に意欲

同社の2026年3月期の売り上げは31.2億円。社長就任1年目の2021年3月期は12.7億円で、社長就任6年間で売り上げは約2.5倍に伸びた。水野氏は「10年後には100億円の売り上げを達成したい」と力説する。軸となるのは海外展開だ。
水野氏は「ターゲットにしているのは米国とイスラムマーケットです。マレーシアかインドネシアがいいと考えています。米国とイスラムマーケットは人口が多く、経済圏としても大きい」と話す。
なかでも最も力を入れたいのは米国で、いきなり工場を設立することを視野に入れている。そこには中国事業の立ち上げを一人で担当し、中国・上海に5年間駐在した前職の総合食品メーカー時代の経験が生きている。「(現地生産を重視するのは)中国駐在時代の教訓です。『Made in China、Made by Japan』が一番売れたんです。中国製だが日本のスペックだということです」。つまり、米国の工場で日本品質の出汁の生産を目指すということだ。製造拠点はいきなり大工場を構えるのではなく、レンタル工場を活用した「スモールスタート」を志向しているという。
商品ラインアップの拡充も成長を支える重要な戦略だ。その柱となるのが約20年前に前社長が立ち上げた「天然香味だし」シリーズで培った「技術の横展開」だ。
風味源が濃縮めんつゆ市場に特化しているのに対し、天然香味だしは幅広い食品・調味料市場で展開している。天然香味だしは、もともと「鰹と昆布」の2種類だけだったが、水野氏が商品開発を主導していた時代に、その時々の流行を捉え、ウルメ煮干しや焼きアゴ、サバなど新しいフレーバーを次々と開発した。この成功体験はさらなる商品開発に繋がり、めんつゆ市場以外への進出が本格化。また、新たな取り組みとして、同社が持つ「焼く」といった技術を、エビや鯛、カニ、貝といった素材に応用した「ロティソース」シリーズはスパゲティやチャーハンなどの料理に少量添加するだけで「炒めた・炙った風味」の再現が可能だ。
水野氏は「今持っている技術を鰹以外のフレーバーに横展開することによって、市場を広げていきたい」と力を込める。メーカー向け、外食向け、家庭向けの3つの柱を確立し、それぞれの出汁の新たな可能性を模索し続けているのだ。
65歳で社長退任を公言、「奥さん孝行」に邁進へ
水野氏は現在48歳。17年後の65歳で社長を退任すると公言している。「社長を退任したら、一番やりたいことは奥さん孝行です。世界一周旅行に連れて行きたいですね。名古屋に建てたマイホームは転職で手放したし、イズミ食品の全株を買い取ったときも融資の連帯保証人になってもらったりして、ずっと迷惑をかけてきたので」
水野氏は同社に入社以来、従業員7人の会社を改革し、工場を建て、品質を高め、新商品を次々と投入して市場を広げた。福利厚生にも力を入れ、毎日の昼食時に炊き立ての温かいご飯を従業員に無償提供する「おなかま制度」を導入し、その結果、従業員同士のコミュニケーションが活発化し、一体感の醸成に役立っている。従業員は45人に増え、7年前に新卒採用を始めてから採用した従業員は誰も辞めていないという。この「内なる仲間」という固い結束は世界という「外の市場」への挑戦の原動力になっていくに違いない。日本人が当たり前に使ってきた出汁を、「Dashi」として世界へ届ける同社の挑戦は始まったばかりだ。
企業データ
- 企業名
- Dashi Corporation株式会社
- Webサイト
- 設立
- 1974年(創業は1971年)
- 資本金
- 1000万円
- 従業員数
- 45人(2026年9月1日現在)
- 代表者
- 水野勉 氏
- 所在地
- 東京都品川区西五反田2丁目10ー8 ドルミ五反田ドゥメゾン206号
- 事業内容
- だし・エキスを中心とした調味料の企画・販売








