2026年 11月 6日

左から原洋介氏、大澤真氏

群馬県館林市の西側に日本遺産「里沼SATO-NUMA」を構成する「多々良沼」がある。その周辺では8世紀から10世紀にかけて「たたら製鉄(木炭と砂鉄を原料にした日本古来の製鉄法)」が行われていたとされ、「多々良沼」の地名はその「たたら」に由来するという。そんなものづくりの歴史を持つ地域にある館林商工会議所は、経営指導員らの支援力向上を目指し、2024年度に関東経済産業局と中小機構が実施した「課題設定型支援実践研修」に取り組んだ。支援対象は、地元の金属加工業、株式会社誠和製作所。多田征訓代表取締役社長や従業員との対話を重ね、役員候補の育成、職務ローテーション、新規取引先の獲得という3つの課題を提示し、多田社長と二人三脚で作り上げた従業員の技能を可視化する「スキルマップ」は、地域の中小企業にも広がりつつある。

10月14日に初の「スキルマップ説明会」、参加者も関心

10月14日、館林金属工業団地協同組合事務所で開催した「スキルマップ説明会」

「私の困りごとを商工会議所さんが助けてくれる」。館林商工会議所が10月14日、館林金属工業団地協同組合事務所で開催した「スキルマップ活用に関する説明会」の冒頭挨拶で、多田社長はこう感謝の言葉を述べた。多田社長の「困りごと」の解決を支援し、この日登壇したのは、同商工会議所の当時は経営支援員で、現在は経営指導員の原洋介氏と、経営指導員の大澤真氏。研修で多田社長とともに作成した社員一人ひとりの技能を可視化する「スキルマップ」と、仕事への姿勢や行動を評価する「人事考課表」を地域の中小企業に広めていきたいとの思いから開催に踏み切った。

説明会を開くのはこの日が初めてで、同協同組合の会員企業など7社8人が参加。スキルマップは、従業員一人ひとりがどの業務をどの程度できるかを一覧にしたもので、仕事に必要な技能や習熟度を可視化し、教育訓練や人員配置に役立てるのが狙いだ。原氏は「ノギス(測定器)検査ができる人が一人だけだと、その人が休んだときに検査が止まってしまうかもしれません」と指摘し、必要人数を2人と設定すれば、もう一人育てるという目標が明確になる、と具体的に説明。一方、人事考課表は、成果・行動・姿勢の3つの視点から仕事ぶりを振り返るもので、原氏は評価に当たっては、社員本人と上司の認識をすり合わせることの重要性を指摘した。そのうえで、「表を完成することがゴールではありません。現場の仕事が回りやすくなり、社員が成長するために使うものです」と単なる評価資料ではなく、人材育成のツールとして活用するよう強調した。

続いて大澤氏がエクセルで作成したスキルマップを実演。習熟度を数字で入力すると、その欄の色が変わり、合計点や達成率も自動計算される。会社として必要な人数と実際に技能を持つ社員数を比較し、育成が必要な作業を把握できる仕組みだ。希望企業にはエクセルのデータを提供し、評価項目づくりなども支援する。大澤氏は「個社ごとに評価項目は変わってくる。何かお手伝いができれば」と呼びかけた。多田社長も、経営資源の乏しい中小企業こそ、商工会議所などの支援機関を積極的に活用すべきだと訴えた。

参加者からは「アレンジして使うことは可能なのか」「専門家はすぐに派遣してもらえるのか」といった質問が相次ぐなど、関心の高さをうかがわせた。館林商工会議所の研修での成果を「横展開」するというこの試みは始まったばかりだが、今後は製造業以外にも広げていくことを視野に入れている。

従来の支援方法に限界、経営者の「自走」を支援

関東経済産業局と中小機構の担当者と誠和製作所の工場を見学

館林市は正田醤油や日清製粉グループの工場といった食品関連をはじめ、機械、金属加工、部品製造などの製造業が集積する地域。館林商工会議所では、経営指導員5人と経営支援員2人の計7人体制で資金繰りや融資、補助金申請、販路開拓、事業計画の策定など幅広い経営相談に対応しているが、従来の支援には課題もあった。相談に対して改善策を提案しても、事業者が実行に踏み切れないことが少なくなかったのだ。大澤氏は「こちらから『こういうふうにしたらどうですか』と提案しても、専門用語が難しく受け取られたり、事業者が本業で忙しかったりして、なかなか一歩を踏み出してもらえなかった」と振り返る。原氏も相談内容が多様化する中で、表面的な対応だけでは本当の経営課題の解決につながらないと感じていた。原氏は「事業者との対話を重ねながら課題を明確にし、継続的に支援する力をつける必要があると思った」と、研修に参加した理由を説明する。

支援先に選んだ誠和製作所の多田社長は、館林商工会議所の副会頭を務め、会議所の活動にも協力的だった。同社は「お客様いちばん」「ものづくりは人づくり」「より短納期」を掲げる。多田社長は事業への意欲が高く、会社の将来に向けて取り組みたいことも数多く抱えていたが、それをなかなか実践に移せないのが悩みだった。とくに日頃から難しさを感じていたのが人材育成だ。「中小企業は金もねえし、何もねえし、人もいねえし、その中で人を成長させ、育てるしかない」。人材不足に加え、社員の技能評価や将来の幹部育成も思うように進まないのが実情だ。

原、大澤両氏が研修で取り組んだ「経営力再構築伴走支援」は、商工会議所や商工会などの経営指導員や経営支援員が、経営者との「対話と傾聴」を通じて、経営者自身が真の経営課題に気づき、その課題の解決に向け自己変革・自走するのをサポートする支援手法だ。経営指導員や経営支援員が一方的に解決策を示すのではなく、経営者自身が課題を認識し、納得して行動に移すようになることを目指している。

従業員のヒアリングに工夫、社長への追加面談で「本気度」示す

多田社長には「本気」で向き合った

原、大澤両氏は初回の面談で、まず課題設定型支援の進め方を説明し、会社の現状について詳しく聞いた。2人は当初、取引先の拡大が最重要課題になると考えていた。しかし、多田社長の話を聞くうちに、人材育成や業務の属人化など、社内体制にも目を向ける必要があると感じるようになった。多田社長は一つの質問に十の話を返すほど熱心で、予定時間を超過したという。その中で印象的だったのは、「従業員の大切さ」を何度も説く多田社長の姿だ。これが後の新生スキルマップの作成につながっていった。

研修の重要テーマである「対話」と「傾聴」のバランスを念頭に置きつつ試行錯誤を続ける中、とくに工夫を凝らしたのは、従業員へのヒアリングだ。計6人から聞き取りを行ったが、事前に質問内容を知らせて、資料の文字を大きくしたり、専門用語を平易な表現に置き換えたりした。質問の仕方にも注意を払った。「会社の悪いところはありますか」と尋ねるのではなく、「どうしたら良くなるか」という前向きな問いかけを心がけた。それでも、社内ルールについて質問した際には、従業員が自分の理解度を試されているのではないかと疑心暗鬼に陥っていると感じたという。発言を個人が特定される形で社長に伝えないと説明しても、警戒心を完全に取り除くことは容易ではなかった。大澤氏は「社長も従業員も、それぞれの立場で話している。どちらかが間違っているということではなく、実態をしっかり把握する必要があった」と振り返る。

研修における誠和製作所側との面談は2024年11月から翌年2月までの4回の設定だったが、予定していたヒアリングとは別に、多田社長への追加面談も行った。既存のスキルマップは実際に使われているのか、経営を担える人材がどの程度育っているのかなど、踏み込んだ質問を重ねた。多田社長は2人が追加面談を求めてきたことで、「本気度」を感じたという。この「本気の対話」から浮かび上がったのが、社長の「メーカーになりたい」という思いだった。

大手企業から仕事を受注するだけでなく、自社から製品や技術を提案できる企業になりたい、誠和製作所としてのブランドを確立し、主体的に仕事を獲得したい、という思いである。大澤氏は「『メーカーになりたい』という言葉が非常に印象に残っている」と話す。これを同社の支援における「本質的な課題」と位置づけ、この思いを尊重した方向性を考えた。その思いを実現するためには何に取り組むべきか。2人が考えたのは、役員候補の育成、職務ローテーションの実施、新規取引先の獲得の3つだった。役員候補の育成は、経営判断や営業活動を社長だけに集中させず、会社全体を見渡せる人材を育てることが狙いだ。職務ローテーションでは、特定の従業員しか担当できない業務を減らし、複数の人が仕事を担える体制づくりを目指した。取引先の新規獲得については、商工会議所のビジネスマッチングサイト「ザ・ビジネスモール」の活用などを提案した。

一連の課題を整理して伝えた際、多田社長は納得した様子だったという。原氏は「社長自身も課題を分かっていたと思う。それを外部から言われたことで、『腹落ち』していただいたのではないかと思う」と話す。

従業員向けスキルマップ作成に尽力、役員候補の育成にも意欲

完成したスキルマップと人事考課表

3つの方向性の中で具体的な取り組みにつながったのが、職務ローテーションに向けた新生スキルマップの作成だ。既存のスキルマップは分かりにくく、十分に活用されていなかったという。多田社長は新たなスキルマップの作成に強い関心を示し、2人に協力を求めた。研修終了後の2025年から作成に向けた話し合いを重ね、従業員の意見も取り入れながら、業務ごとの能力を細かく整理した。

多田社長は、新生スキルマップを将来的に人事評価にも結び付けたい考えで、従業員の技能を客観的に把握し、能力に応じた公平な評価や賃上げにつなげるとともに、このスキルマップを通じて従業員を育成し、多田社長の右腕となる役員や幹部に育てていくことを目指している。大澤氏は「研修だけで終わらず、その後の行動につながったことが非常に良かった」と話す。

一方、支援には反省点も残る。原氏は、通常業務と並行して面談の準備や資料作成を進めることに苦労した。「ほかの仕事が忙しい時期に重なると大変だった。先を見据えて、質問内容や時間配分をもう少しうまくできればよかったと思う」と話す。大澤氏にとって難しかったのは、経営に積極的な多田社長に対し、一緒に納得できる方向性を検討することだった。「すでにいろいろなことに取り組んでいる会社だったので、期待に沿った提案ができるかどうか不安だった」と語る。支援後もスキルマップの作成に重点を置いたため、ほかの事項について十分に進捗を確認できていない点も課題として挙げる。また、商工会議所内で支援ノウハウを共有するという課題もある。今回の取り組みについては会議などで報告し、資料も共有したが、職員それぞれの支援方法が異なることもあり、組織全体への定着は今後の取り組みとなるという。

経営支援に対する意識変化、経営者が自ら答えを生み出せる支援へ

10月14日の説明会終了後、多田社長(中央)を囲む原氏(左)と大澤氏

研修の最大の成果は、2人の経営支援に対する意識が変わったことだ。原氏は「以前は、こちらから提案して満足してしまうところがあった。今は『実際にどこまでできますか』『そのための時間はどれくらい取れますか』と尋ね、相手がどこで困っているのかを聞くようにしている」と話す。大澤氏も、経営者が納得することの重要性を学んだ。「以前は『こうしたほうがいいんじゃないですか』と答えを出して満足していたが、今はしっかりと相手の意見を取り入れて、その人が納得できる形にすることができるようになった」と語る。

今後の目標として、原氏は「目の前の相談だけでなく、その背景にある本質的な課題を把握し、課題解決まで継続的に寄り添って、事業者自身が前向きに行動できるような伴走支援を心がけたい」と意気込む。大澤氏は「『腹落ち』というキーワードが刺さりました。時間がかかっても対話を繰り返し、経営者が納得できる形を築いていきたい」と力を込める。研修は2人の意識を「答えを与える支援」から「答えを自ら生み出せる企業をつくる支援」へと大きく変えた。誠和製作所との取り組みで得た支援ノウハウは、地域の中小企業の心強い味方となり、地域経済の発展に貢献していくに違いない。

支援事例

館林商工会議所と二人三脚で人材育成へ、「本気度」を評価
株式会社誠和製作所 代表取締役社長 多田征訓氏

多田征訓代表取締役社長

「ものづくりは人づくり」。鉄道用ブレーキ部品などを製造する株式会社誠和製作所は、この理念を掲げ、人材育成を軸とした経営改革に取り組んでいる。館林商工会議所の経営指導員らによる課題設定型支援を活用し、従業員の技能や能力を可視化するスキルマップを充実させるとともに、将来の経営を担う幹部候補者の育成にも力を注いでいる。

同社の設立は1962年。長年にわたり曙ブレーキ工業との取引を通じて技術力を磨き、鉄道の重要な保安部品などを手掛けてきた。3代目の多田社長は大学卒業後、日産ディーゼル工業(現UDトラックス)に入社。製造、事務職、ディーラーでの営業、販売と幅広く経験した。同社に約10年間勤務し、家業に入ったのは32歳のころ。大企業と異なり、中小企業では従業員が夢ややりがいを持ちにくく、下請けとして厳しい状況に置かれている現実を目の当たりにし、「中小企業をよくしたい」「社員を育てたい」と強く思うようになった。「日産ディーゼル工業では、メーカーとしての存在意義や、トラックを通じて人々の幸せを作るという夢や希望にあふれていた。それが当たり前だと思っていたから、『なんじゃこれは』という状況だった」(多田社長)。こうした経験が、人材育成を重視する経営姿勢の原点となった。

誠和製作所の従業員は現在25人。設備投資によるロボット化や一貫生産体制の構築を進め、立体駐車場の関連部品などにも事業領域を広げている。同社は金属加工において、世界レベルの技術や独自技術を持つ。ベンダー機を使った1工程の曲げ作業で2.4ミリの高さを出せる「世界最短の曲げ加工」が可能な特殊曲金型を開発したほか、レーザーパンチ複合機と呼ばれる板金加工機械を導入し、本来なら4つの機械を使う加工工程を1台で完結させることで、低コスト・短納期を実現した。生産の進捗や請求書までを一元管理できる生産管理システムを導入するなどDX(デジタルトランスフォーメンション)化を進めており、今後はAI(人工知能)の本格活用も視野に入れている。人材面でもベトナム人を採用し、多様化を進めている。こうした取り組みが評価を受け、同社は経済産業省・中小企業庁による「2025年度はばたく中小企業・小規模事業者300社」(成長戦略・生産性向上部門)に選ばれている。

しかし、多田社長には、経営者と同じ立場で会社の将来を考え、組織を率いる幹部人材の育成ができていないという悩みがあった。以前から従業員が機械操作や製造技術を習得するためのスキルマップは整備していたものの、管理職や経営幹部に必要な能力を育成する仕組みは十分ではなかった。多田社長は「機械はお金を出せば買える。しかし、人を育てることは難しい」と語る。

  • 世界最短曲げ技術
  • 人材育成に向けた工場内の「ものづくり道場」

館林商工会議所による課題設定型支援で、多田社長が一丁目一番地の課題として挙げたのが人材育成だった。中心となったのが既存のスキルマップの見直しだ。新生スキルマップでは、従来の製造現場を対象とした技能評価に加え、営業や総務などの間接部門にも対象を拡大した。さらに、個人の技能を高める能力と、周囲を支え組織を動かす能力を分けて評価する考え方を取り入れた。館林商工会議所の原、大澤両氏は多田社長との対話だけでなく、従業員へのヒアリングにも力を注いだが、多田社長は「社長が一人で言っているのと、外部の力を借りて確認できたのとでは、従業員の受け止め方が違う。第一のハードルは超えられるわけで、それがものすごくありがたかった」と振り返る。第三者の視点によって課題が明確になり、改善に向けた取り組みを進めやすくなったというわけだ。

作成に当たっては、館林商工会議所の2人から評価項目の分類や表の構成などについて助言を受けた。2人は多田社長が長年の経験から感じていた課題を具体的な評価項目に落とし込んでいった。多田社長は「社長が作って終わりでは意味がない。上司が部下を評価し、一緒に考え、一緒に悩むことが大切だ」と話す。新生スキルマップでは現場の管理者が継続して使えることを重視し、パソコン操作が得意でない従業員でも評価に参加できるよう評価方法を工夫。2人の支援を受けながら、実際の職場で運用できる仕組みを目指した。多田社長は人事評価制度の本格的な運用に向けて、就業規則の見直しにも着手した。社内のルールを明確にし、従業員が自分の役割や将来の目標を理解できる環境を整えたいという。

今回の支援で多田社長が高く評価しているのは、支援事業の終了後も商工会議所との関係が続いていることだ。多田社長は「普通だったら『終わりました』で終わってしまう。それを『この後もやりましょうよ』と言ってくれた。それが素晴らしい」と話す。支援は一度の助言で完結するものではない。制度を現場に定着させるには、繰り返し対話し、改善を重ねる必要がある。多田社長は、従業員へのヒアリングや自身との追加面談に時間をかけた姿勢から、2人の本気度を感じたという。

経営面では新規取引先の開拓や収益力の改善など、解決すべき課題も残るが、多田社長が最も大切にするのは、次の世代へ会社を引き継ぐための人づくりだ。「上司の役割は部下を育てること。部下を育てれば、自分がいなくなっても組織は息づいていく」。目指すのは、従業員が仕事に誇りを持ち、必要とされ続ける企業だ。多田社長は館林商工会議所と二人三脚で、スキルマップの普及に力を注ぐ。そこにあるのは、人材育成を経営の仕組みとして地域の中小企業にも根付かせたいとの思いだ。