2026年 10月 23日
蚕の繭から生み出される天然素材・シルク(絹)。なめらかな肌触りと美しい光沢が魅力の高級繊維だ。松山市にあるユナイテッドシルク株式会社はシルクに含まれる成分に着目し、独自の技術で微細な粉末に加工したシルク原料を製造・販売する事業を展開している。化粧品や食品分野への原料供給を広げるとともに、医療分野への応用に向けた研究開発にも取り組み、日本のシルク産業に新たな道を切り開いている。ユナイテッドシルクが描く「未来航路」とは—。
化粧品や食品などに用途拡大 パウダーや水溶液を精製
「養蚕復活に取り組む中で、シルクのパウダーを原料として供給するビジネスに大きな可能性を見出した。衰退産業と言われたシルクを新しい形で産業化して立て直す。新しい産業を創出できれば、それは未来につながり、夢や勇気につながる。そう思い、事業に取り組んでいる」。代表取締役社長の河合崇氏はこう語った。
日本の養蚕業の飼育管理技術やノウハウを機械化した「スマート養蚕システム」を活用し、生産効率を向上させた養蚕に取り組む一方、シルクの主成分であるフィブロインと呼ばれるたんぱく質を繭から抽出し、「シルク水溶液」「シルクパウダー」を精製する独自の技術を確立。年間約25トンのシルクパウダーを生産できる施設「せとうちシルクパウダーファクトリー」を2025年10月に新たに開設し、2026年2月に本格稼働させた。
フィブロインはグリシン、アラニン、セリンなどのアミノ酸から構成される、シルクの主成分となるたんぱく質。繊維としての利用に加え、化粧品や食品の原料、医療分野の研究材料などとして活用が進んでいる。自社で製造した水溶液やパウダーを使った化粧品ブランドなどを立ち上げるとともに、フィブロインを活用した商品を展開する事業者向けにパウダーを供給。バイオ素材としてのシルク活用の道を広げている。
松山への憧れと起業への思いが事業の原点に
河合氏はもともと大阪府の出身。京都大学で当初、精密工学を専攻していたが、経済学部に転部し、経営学を学んだ。「研究者になりたいのか、商売をしたいのか自分の将来を考え、商売を選んだ」。1997年に卒業し、大手商社に入社。繊維原料を扱う部署を担当していた。まだスタートアップという言葉が一般的ではなかった1990年代の大学在学中から、ぼんやりとではあるが、起業への思いを抱いていた。そんな河合氏は20歳のころに松山を旅行。そのとき、コンパクトにまとまった街の姿に感銘を受け、「いつかこの街に永住したい」と考えるようになったそうだ。
商社マンとして活躍する中、愛媛出身の妻と出会い結婚。その後、義父が経営する今治市の繊維商社に転職し、生活の拠点を愛媛に移した。義父の会社では後継者として経営に携わったが、やがて、その中で学生時代に抱いた起業への思いがふつふつと湧き上がり、実行に移す。
「愛媛で何をすべきか。『地方創生』『地域共創』というテーマを考えた。そのためには新しい産業を生み出さないといけない。新しい研究と技術が新しい産業を生み、社会に変化を起こす。地域の外で培った経験を生かし、従来の発想にとらわれずに地域の可能性を見つめ直せる。それが自分の強みだと考えた。そんなことを深掘りすると、自分が地域に貢献すること、何か人に貢献することだ、という結論に行き着いた」
思案を重ねる中、商社勤務時代に繊維原料を扱ってきた経験を生かし、愛媛県の伝統産業であるシルクをベースにしたビジネスに取り組むことを決断。2016年にユナイテッドシルクの前身となる会社を東京に設立した。そして、伝統のシルク産業に新たな技術を組み合わせてイノベーションを起こし、新たな産業の創出を目指した「愛媛シルクプロジェクト」を立ち上げた。
養蚕業復活にチャレンジ コストの壁に直面

愛媛県はシルク産業が今も盛んな地域だ。西予市で生産される「伊予生糸(いよいと)」は、国のGI(地理的表示)保護制度に登録され、伊勢神宮や皇室で使用する御料糸として採用されている。海外の評価も高く、1953年の英エリザベス女王の戴冠式のドレスにも使用された。蚕種製造から養蚕、製糸までの全工程の施設を有する数少ない県でもある。
愛媛伝統のシルク産業復活を目指したプロジェクトを、地元銀行が開催したビジネスプランコンテストに提案すると、最優秀賞を獲得した。「自分の妄想・構想は賞を取れるくらいのものなのだと自信を持った。これをやろうと、かちっと固まった」と河合氏は振り返る。まずは「きびそ」という蚕が最初に吐き出す糸を使用して、今治タオルなどを商品化した。生糸として繰り出しにくい「きびそ」に着目し、その活用の幅を広げた。さらにフィブロインを配合したヘアケア、ボディケア商品を開発。「SILMORE(シルモア)」というブランドを立ち上げた。

2020年8月に松山市に本社を移し、同年9月に現在の社名に変更した。2022年には、技術革新による養蚕業の復活を目指し、最初の生産施設となる「せとうちシルクファクトリー」を開設した。効率的に蚕を飼育し、原料を生産する「スマート養蚕システム」を導入。温度や湿度を管理した飼育装置の中で蚕を飼育するシステムだ。さらに独自に開発した繭からシルクパウダーや水溶液を生産する設備を整えた。

「スマート養蚕システム」は、蚕を衛生的に飼育できる構造になっているほか、観覧車のように飼育棚が回転し、作業者が定位置で作業できる仕組みになっている。従来の養蚕に比べ、面積当たりの繭の収量を12倍に増やし、繭1キロ当たりの労働時間を3分の1に削減できる。このシステムの導入で年間1トンの繭の生産が可能になったが、実際に稼働してみると、さまざまな課題に突き当たった。
経営の軸足をシルク原料に 世界に市場が広がる

「実際に自分の力で養蚕をすると、通常の養蚕農家の約5倍のコストがかかり、養蚕をビジネス化することの厳しさを痛感した。」ましてや海外からは安価なシルクが大量に入ってくるという現実がある。当初描いていた理想と現実とのギャップに直面する中、経営の軸足をシルク原料の製造・供給に切り替えることを決断した。
「商社時代からの経験を生かして、シルク原料をメーカーに供給する。それぞれのメーカーに得意分野を生かしてシルクを使った製品を作ってもらう。ぼくらのシルク原料があるから化粧品もできるし、食品もできる。『シルクのプラットフォーム』をビジネスにすべきだと感じた」
2025年に「せとうちシルクパウダーファクトリー」を開設したことで、シルク原料を安定的に供給する基盤を整えた。化粧品や食品への活用に取り組む事業者にシルク原料を供給するとともに、医療分野での応用に向けた研究開発にも取り組んでいる。地元の地域産品としてもシルク原料が注目され、パンやビール、菓子などが商品化されている。
そんな「着てよし、食べてよし、塗ってよし」のマーケットに加え、さらにもう一つのビジネスチャンスが生まれつつある。シルク原料から作り出されるバイオマテリアルだ。シルクは強度や弾力性が高い繊維だが、その特性はフィブロインの構造が関係しているという。シルクをバイオマテリアルとして活用するための研究開発が進み、石油由来のプラスチックに代わる素材として大きな注目を集めている。シルクを活用したバイオマテリアルの研究開発を通じ、石油由来原料への依存低減や環境負荷の低減を目指している。
それだけに河合氏が海外の展示会に出展すると、環境意識の高い欧州市場をにらんでシルク原料の活用を模索する企業から多くのアプローチを受けるそうだ。「シルクは長い歴史の中で、高級素材としての価値を受け継いできた。シルクを活用した高付加価値なバイオマテリアルは環境意識の高い富裕層向けのニーズを取り込める」と河合氏はみている。
広がるネットワーク 新たな化学反応に注目

河合氏が2016年にスタートしたプロジェクトは、多くの人々を巻き込み、支えられながら成長してきた。
スタート時には、中小企業庁の「ふるさとプロデューサー育成支援事業」を活用。事業の立ち上げには地域プロデューサーを目指す研修生らが多く参加した。また、2019年には河合氏の声掛けに地元の自治体や研究機関、産業界が賛同。伝統のシルク産業の復活に向けて「愛媛シルク協議会」が設立された。さらに「スマート養蚕システム」を開発したメーカーとユナイテッドシルクに出資する繊維商社との連携が進み、蚕の飼育・繭の供給や商品企画・販売などの役割を分担できるようになった。1社では厳しかった技術革新を通じた養蚕復活のプロジェクトが新たなステップを踏み出している。
一方、2025年の大阪・関西万博で中小機構などが主催した展示会「未来航路」への出展をきっかけに万博に参加した大阪、横浜、愛知の企業とのつながりが生まれ、新たな連携がスタートしている。漆や木粉からバイオマス樹脂を開発している会社や二酸化炭素の吸収剤を開発する会社、バイオ素材からシリカ材を開発する会社で、いずれも環境系の事業にチャレンジしている。
「それぞれの会社が取り組んでいる方向性は同じで、似たような会社がつながった。似たような業界をターゲットにしているので、1社ではなく、みんなで組んで世界を攻めていく」と河合氏は意気込む。シルクを軸にした河合氏のネットワークが、どのような化学反応を起こし、シルク産業や地域経済、ひいては日本経済を活性化させるのか目が離せない。
企業データ
- 企業名
- ユナイテッドシルク株式会社
- Webサイト
- 設立
- 2016年4月
- 従業員数
- 13人(2026年9月末現在)
- 代表者
- 河合崇 氏
- 所在地
- 愛媛県松山市大街道3-2-8
- 事業内容
- シルクを活用した原料の製造・販売、および食品・化粧品・医療等の分野への応用に向けた開発








