中小企業の海外展開入門

「タッチパネル研究所」タッチパネル開発の先駆け

代表取締役社長の三谷雄二氏

株式会社タッチパネル研究所は、タッチパネルの黎明期からタッチパネルの開発を行ってきた企業である。創業者である三谷雄二氏は、元々、大企業の新規事業開発部門で1970年より「透明導電性フィルム」を開発し、世界初の事業化に成功させた。また、1985年よりそれを用いた抵抗膜式タッチパネルの開発に携わってきた。

当時のタッチパネルと言えば、銀行のATM、自動切符販売機や電子手帳などに使用されていた程度で、マーケットとしては未成熟な状態だった。しかし1995年、マイクロソフトからウインドウズ95が発売されたことを契機にパソコンが急激に普及。そのタイミングで、三谷社長は、「いよいよタッチパネルの時代が来る」と考え、1998年、タッチパネル専門の会社を立ち上げた。

株式会社タッチパネル研究所は、タッチパネルの黎明期からタッチパネルの開発を行ってきた企業である。創業者である三谷雄二氏は、元々、大企業の新規事業開発部門で1970年より「透明導電性フィルム」を開発し、世界初の事業化に成功させた。また、1985年よりそれを用いた抵抗膜式タッチパネルの開発に携わってきた。

当時のタッチパネルと言えば、銀行のATM、自動切符販売機や電子手帳などに使用されていた程度で、マーケットとしては未成熟な状態だった。しかし1995年、マイクロソフトからウインドウズ95が発売されたことを契機にパソコンが急激に普及。そのタイミングで、三谷社長は、「いよいよタッチパネルの時代が来る」と考え、1998年、タッチパネル専門の会社を立ち上げた。

現地の人材教育からの気付き

シンガポールの店舗の従業員はほとんどが現地採用である。現地での人材教育は難しいものであるが、その中で改めて気付くことも多いという。例えば詳細なマニュアル整備の必要性、動画のマニュアルの有用性、など。現地の人材教育で苦労した結果の気付きが、国内店舗の人材教育のレベルの向上にもつながっているのだと言える。

高い技術力を持つ「ビック・ママ」の修繕・保守サービス

海外企業への技術指導から商品の輸出・輸入まで

タッチパネル研究所の高い技術力は海外でも評価され、創業した翌年には韓国でタッチパネル用透明導電性フィルムの技術指導を行った。また、2000年には台湾の4社と契約し、抵抗膜式タッチパネルの生産技術指導を行った。技術指導では、タッチパネルの設計、必要な設備と人員、生産工程、品質管理、検査方法などタッチパネルの製造に関わるすべてを指導する。そうして工場の操業までを見届ける。

それまでタッチパネルの技術を持たなかった台湾は、2000年以降世界有数のタッチパネル生産国に発展していったが、その背景にはタッチパネル研究所の技術指導があったと言える。

タッチパネル研究所の海外展開はこのような技術指導というかたちで始まった。その後、海外展開事業の多角化を目指し、タッチパネル製造に使うさまざまな材料を輸出する材料事業部を立ち上げた。日本製の品質の高い材料は海外でも需要がある。まずは台湾のタッチパネルメーカーへの輸出を行い、今では中国本土のメーカーにもタッチパネル用の材料を輸出している。

また、さらなる事業展開として海外のタッチパネル製品を輸入して国内に販売するモニター事業部も立ち上げた。同事業部では主にアミューズメント関係の会社にタッチパネル製品を販売して成功している。

タッチパネル研究所本社

ニッチな市場における高い技術力で着実にシェアを伸ばす

タッチパネル研究所としての独立後、三谷社長は航空機用のタッチパネル開発も始めた。旅客機の客席後部に付いているタッチパネル・ディスプレイの開発である。非常にニッチな用途ではあったが、航空機に使用される部品の規格レベルは大変高く、開発にあたってはさまざまな厳しい要件を突き付けられた

しかし、タッチパネル研究所はそれらの基準をすべてクリアする製造技術を確立し、航空機搭載のタッチパネルという分野において着実にシェアを伸ばしていった。その背景には、ニッチ市場であるため大手メーカーの参入がなかったという事情もあるかもしれないが、自社の高い技術開発力あってこそのことだろう。技術指導に始まる海外展開と航空機搭載用タッチパネル開発で会社は成長し、社員数も8年前までは6名しかいなかったものが今では65名を超えるまでに至った。

新製品の開発、そして未知なるマーケットへ

ニッチな商品分野に特化する戦略で成長してきたタッチパネル研究所だが、スマートフォンやタブレット型端末のタッチパネル開発についてはどうなのだろうか、と三谷社長に尋ねてみた。三谷社長は次のように語る。

「スマートフォンやタブレット型端末のパネル市場では、すでにコモディティ化(製品の均質化)が進んでいるため、今から参入して差別化を図ることは難しいだろう。しかし、中小企業には中小企業に適した新分野開拓のやり方があるはずだ」

三谷社長が新たに狙う進出分野は、タッチパネルを埋め込んだテーブル型パソコンの開発だ。テーブル型パソコンという分野は世界的に見てもまだ新しく、市場の立ち上がりはこれからだ。テーブル型パソコンは文字通り、テーブル部分がタッチパネル・ディスプレイになっているものであり、そのサイズは25インチを超え、画面に新聞を表示すると本物と変わらないくらいの大きさで表示することできる。今後、図書館などさまざまな場所や場面での利用が期待できる。

タッチパネル研究所はすでにテーブル型パソコンの製造を行っている。今は年間200台程度の規模ではあるが、将来需要が増えた時には自社製造にこだわらず外部の製造工場とも提携して大量生産をしていく計画だ。

新たに開発したタッチパネル埋め込み式のテーブル型パソコン。
新聞をほぼ実物大で表示できる製品は、今後、図書館などさまざまな場所や場面での利用が期待できる

常に世の中の動きを先読みした製品を開発し続けるタッチパネル研究所。同社製のタッチパネル埋め込み式テーブル型パソコンが、世界各地に普及している日が来るのも遠い未来の話ではないだろう。

企業データ

企業名
株式会社タッチパネル研究所
Webサイト
代表者
代表取締役社長 三谷 雄二
所在地
東京都八王子市散田町5-27-19
事業内容
製造業(タッチパネル・センサの製造販売、輸入販売、技術指導等)