業種別開業ガイド

食品サンプル製造

2025年 12月 5日

食品サンプル製造のイメージ01

トレンド

食品サンプルは、大正時代の終わりから昭和初期に「料理模型」として発祥したといわれている。視覚的に料理を伝えるためのツールとして誕生し、販売促進を目的に発展した日本独自の文化である。高度な職人技術により本物そっくりに作られ、外国人も驚く芸術性を持つのが特徴だ。日本の食文化を支える独特の技術として、長らく外食産業の陰の主役を担ってきた。

食品サンプルの市場規模は、現在確認できるものでは2009年に約80億円という民間の調査結果(日本マーケティングクリエーション)があるが、それ以降はまとまった統計が見られない。市場規模の推移は定かではないものの、近年はその役割が大きく広がり、新たな潮流が生まれている。

まずは、SNSの普及による人気拡大である。コロナ禍に老舗メーカーがX(旧Twitter)で発信したユニークな作品は、瞬く間に話題となり大きな反響を呼んだ。InstagramやTikTokではリアルな食品サンプルを撮影し、「#フェイクフード」「#サンプルアート」などのハッシュタグを付けて発信する投稿が多く見られるようになっている。食品サンプルは、飲食店がメニューを訴求するための機能的な価値だけではなく、食品サンプルそのものを楽しむ文化的価値が定着し始めている。また、映像・撮影業界では、食品サンプルが小道具として活用されるケースも増加しており、従来の飲食店向け需要に加え、新たな販路が拡大している。

他にも、医療や農業分野への技術応用、アクセサリーやグッズ市場への展開など、食品サンプル技術の活用領域は大幅に広がっている。近年はEC(電子商取引)を通じて海外販売を行う事例も増加しており、各社が越境ECに対応し、海外ユーザーが購入しやすい仕組みを整えている。eBayなどのプラットフォームでも、小物商品(マグネット、キーホルダーなど)がギフト用途として販売される事例が報告されている。こうした動きは、食品サンプルが「日本発のクラフト・アート」として、グローバル市場に広がりつつあることを示している。

また、インバウンド需要の回復も市場の追い風になっていると見ていいだろう。観光庁の「インバウンド消費動向調査」によると、2024年の訪日外国人消費額は、過去最高の8兆1,395億円(2023年比53.4%増、2019年比69.1%増)を記録した。この消費額の上昇は、訪日外国人数の増加に加え、1人あたりの旅行支出の増加が要因とされている。

訪日外国人消費額

出典:地域で成果を出すための訪日インバウンド入門講座、5つの最新トレンドと5つの実践ステップ|日本政府観光局(JNTO)

さらに、2025年4-6月期は、前年同期と比べて「娯楽等サービス費」が増加している。これは、体験価値を重視する「コト消費」や、限定的時間・場所に価値を置く「トキ消費」といった、体験消費が高まっていることの表れだろう。日本でしか味わえない文化体験として、「食品サンプル製作体験」が観光情報サイトでも取り上げられており、訪れる人の心をつかむ人気アクティビティになっている。

そして、食品サンプルの輸出も活発化している。数年前まで食品サンプルは海外市場で流通していなかったが、2017年に老舗メーカーが「新輸出大国コンソーシアム」を活用し、ジェトロ(日本貿易振興機構)の専門家の支援を受けながら展覧会に出展。これを機に海外展開をスタートさせた。最近ではイギリスやアメリカで本格的な食品サンプル展が開催されるなど、その芸術性と技術力が世界的に高く評価されている。食品サンプルは、アイデア次第で新しいビジネスチャンスにつながる可能性を秘めている。

近年の食品サンプル製造事情

近年の食品サンプル製造業の経営形態は、大きく2つに分けられる。ひとつは従来の製造会社の形態で、もうひとつが個人事業主やフリーランスという形態である。

これまでは老舗企業が市場をけん引し、多くの職人がその技術を継承してきた。精巧な技術で飲食店の信頼を獲得し、業界のクオリティを支えている。一方で、SNSやオンラインショップの普及により、個人が活躍できる場が広がった。これにより、食品サンプルを製造するだけでなく、ワークショップの開催やハンドメイドマーケットでの販売など、多様な形態が可能になった。

さらに、職人養成スクールの存在も、個人事業主として独立を目指す人々を後押ししている。日本食品サンプル普及協会などが運営するスクールでは、単に技術を教えるだけでなく、デザイン、販売手法、経営ノウハウまでを体系的に学べるカリキュラムが用意されている。こうした内容は、食品サンプル職人が自ら事業を立ち上げ、継続的に運営していくことを前提とした教育方針の表れだろう。

このように食品サンプル製造業は、会社としてビジネスを展開する方法と、個人として活動を行う方法の、主に2つの選択肢から選べるようになっている。

食品サンプル製造の仕事

食品サンプル製造は、主に飲食店や食品メーカーから依頼を受けて、料理の模型(食品サンプル)をリアルかつ美しく製作することが中心業務である。ただし近年は、体験教室運営やワークショップ講師、ネット販売向けの製作など、食品サンプル職人としての仕事も多様化している。

個人事業主やフリーランスとして独立・開業する場合には、主に以下のような業務がある。

  • 製作:素材選びから仕上げまで高品質な食品サンプルを製作
  • 商品企画・開発:飲食店用、雑貨、体験用など多角的に商品を企画
  • 顧客対応:法人との打ち合わせや提案、実店舗やインターネット上での販売、発送など
  • 教室運営・指導:体験サービスの企画、材料の準備、生徒への指導など
  • 集客:展示会やイベントへの出展、ウェブサイト運営、SNS運用など
  • 経営管理:収支管理、顧客管理、店販品や消耗品の在庫管理など
  • 技術継承・人材育成:弟子やスタッフを育成し技術と事業を次世代へ継承
食品サンプル製造のイメージ02

食品サンプル製造の人気理由と課題

人気理由

  1. 創造性と職人技を生かせる仕事で、人々に喜びや驚きを提供できる
  2. 技術を習得すれば、ワークショップやネット販売など作家としての活動も可能
  3. 個人で開業する場合は、初期投資を抑えながら事業を立ち上げやすい

課題

  1. 高度な技術の習得に時間がかかる
  2. 景気や外食産業の動向に左右されやすく、安定受注の難しさがある
  3. 個人で開業する場合は、職人と経営者を兼務する必要がある

開業のステップ

前述のとおり、食品サンプル製造の経営形態は、企業もしくは個人の2つに大別される。ここでは、個人事業主としての開業ステップの例を紹介する。

開業のステップ

食品サンプル製造に役立つ資格や許可

食品サンプル製造を営む際に、国家資格や特別な免許は不要である。ただし、技術の高さを証明する資格や、開業時に役立つ資格はある。

例えば、「日本食品サンプル普及協会」や「日本食品サンプルアート協会」など業界団体による認定資格は、技術水準の証明として業界内での評価が高い。また「色彩検定」は、食品サンプルの製作時にリアルさを支える色彩表現に役立つ。さらに、訪日外国人向けに体験教室を運営する場合は、「観光英語検定」などで語学を習得しておくと強みになる。

その他の留意点として、独立・開業した場合はブランド名やデザインを守るため、必要に応じて商標登録を検討すると良い。また、体験教室を運営する場合には、来店客が体験中にけがをするリスクに備え、事業者賠償責任保険への加入も検討したい。

開業資金と運転資金の例

食品サンプル製造を開業する場合、かかる費用は事業の規模や形態によって大きく異なる。ここではスタッフは雇用せず、小規模工房兼実店舗(製作体験+小物販売)を開くケースを想定し、開業資金と運転資金の例を示す(参考)。

開業資金例
運転資金例

日本政策金融公庫では、創業を支援する「新規開業・スタートアップ支援資金」の貸付制度を用意している。新たに事業を始める人を対象に、通常より優遇された貸付条件が設定されているため、確認してみると良いだろう。また、小規模事業者を対象とした商工会議所の「小規模事業者持続化補助金」や、商工組合中央金庫など金融機関からの融資も利用可能だ。さらに、会計システムや受発注管理システム、POSシステムなどの導入に際しては「IT導入補助金」も活用できる。最新の情報や詳細な申請要件については、必ず各制度の公式WEBサイトを確認してほしい。

売上計画と損益イメージ

最後に、食品サンプル製造を開業した場合の1か月の収支をシミュレーションしてみよう。

まず、売上イメージを以下のように設定する(例)。

売上計画

売上見込みから支出見込み(前項、運転資金例)を引いた損益イメージは次のようになる。

損益イメージ

独立・開業には、資金計画や販路開拓といった経営面の準備が不可欠だ。また、SNSで他にはないオリジナルな世界観を発信し、新規顧客を開拓していきたい。海外需要も拡大しているため、多言語対応のオンラインショップや予約システムを整備すれば、集客力がさらに高まるだろう。

食品サンプル製造のイメージ03

※開業資金、売上計画、損益イメージなどの数値は、開業状況等により異なります。

(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)