業種別開業ガイド

芸能事務所

2021年 4月 9日

トレンド

(1)芸能事務所の市場規模

芸能事務所の市場規模に関する公の資料はない。参考情報として、総務省情報通信総合研究所が公表している「メディア・ソフトの制作及び流通の実態に関する調査報告書」によると、2018年の我が国のコンテンツ市場規模は11兆8,558億円となっており、前年比0.4%増となっている。

(2)SNS等インターネットメディアの台頭

従来の芸能事務所はテレビが主要な市場であったが、近年はインターネットメディアの成長が著しい。電通の調査によると、2019年には「テレビメディア広告費」を「インターネット広告費」が上回っている。人気のテレビタレントがYouTube等にチャンネルを開くケースも増えてきており、今後、業界の構造は大きく変わっていく可能性がある。

また、インターネットメディアと一口でいっても、YouTubeやInstagram等さまざまな種類がある。今後はこうした各メディアの特色に合わせたマネジメント能力が重要になってくるだろう。現在もYouTuber専属事務所などの新興事務所は複数生まれている。

(3)音楽ライブ等への感染予防対策の影響(2020年コロナ禍の影響 等)

2020年、新型コロナウイルスの流行により、さまざまな業種に影響が生じた。特に芸能関係については、音楽ライブやイベント、映画館、映像撮影などの各分野において大きな影響がみられた。

新型コロナウイルスの流行を受け、官公庁等では、各業種に向けた感染予防対策のガイドラインが作成された。しかし、ガイドラインを守ると経営が困難となるケースもあり得るだろう。

こうした感染症対策が中長期的にどのように定着するかはわからないが、今後も新たな感染症が発生する可能性はゼロではない。感染症対策を実施した上でも成り立つようなビジネスモデルを考えていくことが重要となる。

ビジネスの特徴

基本的な業務は、芸能活動を行うタレントのマネジメント業務である。具体的には、タレントの発掘・育成・スケジュール管理や、テレビやラジオの放送局・制作会社・広告会社等への営業活動などが挙げられる。

タレントの活動場所は東京をはじめとした大都市が多いことから、必然的に大都市集中型の業種となっている。地方での開業は特別な計画がなければ困難となる可能性が高い。

開業タイプ

芸能事務所業界には、大小無数の事業所が存在する。小規模な事務所だとしても、有力なタレントが所属している、あるいは、業界にコネがあるなどの強みがあれば生き残っていくことは可能である。

ただし、個人で開業する場合は、大型プロダクションのように多角的な事業展開を行うことは現実的ではない。開業タイプとしては、基本的には自身の得意分野に絞った個人事務所の運営が主となるだろう。大手プロダクション等で、経験を積んだりコネをつくったりした上で開業するという方法も有力である。

そこで以下では、個人事務所の開業を前提とし、テレビタレント系、音楽系等の主要な芸能事務所のタイプを挙げていく。

(1)(テレビ)タレント・俳優系

「(テレビ)タレント・俳優」とまとめると非常に幅広い分野にまたがるが、株式会社オスカープロモーションや株式会社ホリプロ等の大手から、有限会社フラームや株式会社バーニングプロダクション等、所属タレント10組ほどの小規模な事務所も存在する。

小規模な事務所の中には、所属タレントの出演機会をつくるために、インディーズ映画の配給にかかわるなどの施策を行っているケースがある。初めは小規模な作品でも、話題作になればテレビドラマや大作映画等へ出演するチャンスにつながることもあり得る。そのため、小規模な事務所であっても戦略次第で発展していける可能性はある。

(2)音楽系

音楽系の芸能事務所では、株式会社アミューズやエイベックス・マネジメント株式会社などが大手として知られる。

アーティストのマネジメント業務として、音源・映像の制作やコンサート等のライブイベントの企画・運営、メディアへのプロモーション等を行う。また、ファンクラブ事業として、アーティストグッズの販売や会報誌の発行などを行うケースもある。

(3)お笑い系

吉本興業ホールディングス株式会社や株式会社太田プロダクションなどが大手として知られる業界。大手であれば、所属タレントが公演を行う劇場など、興行施設を運営している場合も少なくない。

営業先としては、テレビやラジオのほか、学園祭等のイベントなどの出演も主となる。

(4)声優系

大手として、株式会社青二プロダクションや株式会社81プロデュースなどが知られる業界。所属タレントの活動範囲は、アニメやゲームへの声の出演、洋画の吹き替え、ナレーションなどがある。

(5)YouTuber系

国内トップクラスのYouTuberが多数所属するUUUM株式会社など、近年ではYouTuber専門の所属事務所も増えてきている。また、「バーチャルYouTuber」と呼ばれる、キャラクターのアバターを用いて動画配信を行うタレントも登場しており、バーチャルYouTuber専門の事務所も現れている。

株式会社CA Young Lab(現:株式会社Cyber Now)が2017年に実施した調査によると、国内YouTuberの市場規模は、2017年の推計で219億円に上る。また、当時の予測値によると、2022年には579億円に成長すると見込まれている。

開業ステップ

(1)開業のステップ

開業に向けてのステップは、主として以下のとおり。

開業ステップの図

(2)必要な手続き

芸能事務所を開業する際に、公的機関等への許認可は特に必要ない。

芸能事務所特有の事業リスク——所属タレントのコンプライアンス

芸能事務所はタレントの人気が重要な商売である。そのため、タレントが問題を起こして人気が落ちること、あるいは、活動休止に追い込まれることは、大きな事業リスクとなる。

近年では、2019年に起きた、吉本興業ホールディングス株式会社の所属タレントによる「闇営業」問題が大きな話題となった。この事案では、同社の所属タレントが反社会的勢力主催のイベントに出演し、金銭を受領したことが問題となった。結果として、多数のタレントが活動休止に追い込まれている。

所属タレントが活動できなければ、芸能事務所の売上は当然減少する。さらに、所属タレントがCM等に出演している場合は、契約内容によっては罰則が発生する可能性もある。

上述のような「闇営業」だけでなく、違法行為や公序良俗に反する行動などにも注意が必要である。所属タレントの日々の生活すべてを管理することは現実的ではないが、うかつな行動がタレントの人気を落とし、事業に悪影響を及ぼす可能性があることを留意しておくべきだろう。

必要なスキル

・タレント発掘・育成

芸能事務所を成功させるためには、有力なタレントが所属していることが重要である。そのため、継続的に有望なタレントを発掘できる、あるいは、有望なタレントを育成できる能力や仕組みが必要となる。

・企画力

所属タレントを活かす企画力も重要である。特に近年はメディアの多様化によりタレントの活躍の場は広がっている。各種メディアに合わせ、所属タレントが活躍できる企画を立てることができればチャンスが広がるだろう。

・マネジメント力

一般的に、各タレントにはマネージャーがつき、スケジュール管理やタレントの売り込みなどのさまざまな業務を担当する。業務範囲が広く、また、タレントと密に関わることが多いことから、事務所において重要な役割を果たす業務である。

開業資金と損益モデル

ここではテレビタレントが所属する芸能事務所を想定し、開業資金と損益モデルを掲載する。芸能事務所が大都市集中型の業種であることに鑑み、オフィスはテレビ局の多い港区に構える想定としている。

また、まったくコネがない状態での開業ではなく、他の芸能事務所で修業を積み、一部のタレントとともに独立したようなイメージの開業モデルとした。基本的には所属タレントもコネもない状態では、非常に事業計画が立てづらい業界であるためである。コンスタントにテレビ出演しているタレントが所属していることを想定し、必要な営業活動の目安になるよう構成した。

(1)開業資金

賃貸で開業することを前提として、必要な資金例を記載する。

【参考】都内(港区)15坪のオフィスを賃貸にて開業する場合の必要な資金例

必要資金例の表

(2)損益モデル

a.売上計画

売上については、テレビの出演料が定期的に発生し、断続的にイベント出演料が入る想定とした。また、これらに加えて、所属タレントがCM、ドラマ、映画等に出演することが決まれば、大きな臨時売上となる。(ただし、これらの売上は定期的な売上とは異なり、あくまでも臨時の売上と想定されるため、下記の表には含めていない)

売上計画の表

b.損益イメージ(参考イメージ)

損益イメージの表

※社員は社長含め3名の想定。
※標準財務比率は「劇団」に分類される企業の財務データの平均値を掲載。
出典は、東京商工リサーチ「TSR中小企業経営指標」。

c.収益化の視点

芸能事務所の収益化において最も重要なのは、やはり「タレント」の質である。仮に所属タレントが1名しかいないとしても、そのタレントが継続的に売上を立てていれば問題なく営業は続けられる。

そのため、新規に開業する場合は、有力な所属タレントが確保できていることが望ましい。一度どこかの芸能事務所で勤務した後、独立して開業するようなかたちが現実的だろう。

上述の損益モデルを見ればわかるように、社員3名の事務所を経営する場合でも、テレビ出演のレギュラーをもつタレントが複数人所属していなければ収益化は難しい。もし、業界にコネがなく、より小規模で開業せざるを得ない場合には、オフィスを小規模にする、人件費をおさえるなどの対策が必要となる。

また、自身がタレントとして活動しつつ、芸能事務所としての業務も兼業して自ら行う、というケースもある。その場合はより小規模な開業が可能となるが、過重労働となる懸念もある。

以上はテレビタレントの所属する芸能事務所の想定だが、音楽アーティストや声優、YouTuber等においても、基本的なポイントは変わらない。いずれの業界でも人気タレントが所属していることや業界にコネがあることが重要である。

※開業資金、売上計画、損益イメージの数値は、開業状況等により異なります。
(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元に作成した一般的な内容のものであるため、開業を検討する際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)