起業マニュアル

労働条件の明示

労働者の待遇を決定する

労働者の待遇等に関しては、一般に、労使の上下関係のもとで会社が決定し、労働者に一方的に通知する、といったイメージがあるのではないでしょうか。しかしながら、実際は、労働者と使用者との間には自主的な交渉や話し合いがあるべきで、最終的に双方の合意した労働契約に則って、労働者の待遇等の労働条件が決定・変更される、というのが本来のあり方です。

中には「細かいことを決めると、かえってトラブルになりそうだ」、「細かいことばかり気にする労働者が増えたら困る」と考える使用者もいらっしゃいますが、労働者と使用者が細部まで納得できる労働条件が明確に決まっていれば、労使共に安心して業務に集中できるものです。

以下では、労使双方が納得できる内容で労働契約について合意するためにはどうしたらよいか、また、明確で合理的な労働条件を提示するためのポイントをお伝えします。

労働条件の基本ルール

労働基準法 第15条では、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と、労働条件の明示が義務づけられています。

また、労働条件は、労使間の自由意思に基づいて個別に決定・変更することができますが、労働者保護の観点から、労働基準法で一定の制限が加えられています。具体的には「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による(労働基準法 第13条)」とあり、仮に労使間で合意した労働条件であっても、労働基準法に反する場合は、同法で定める基準にまで条件が引き上げられます。

たとえば、フルタイムで働く正社員が、「入社日から起算して6カ月間継続勤務し、8割以上の出勤率であれば、年次有給休暇を3日付与する」という労働条件に合意していた場合であっても、労働基準法で定める年次有給休暇の付与日数が10日であれば、この部分についての労働条件は無効となり、「10日間の年次有給休暇の付与」に引き上げられます。

これらの基本ルールを守ることが、労使双方が納得して労働契約について合意するための第一歩となります。

労働条件の明示

労働条件は「労働条件通知書」等を交付することにより明示するのが一般的です。

労働条件通知書への記載事項(労働条件)とポイントに関しましては、起業ABC(マニュアル)「社内規定の整備:雇用契約書の作成」をご参照下さい。

パートタイム労働者(短時間労働者)についての注意点

パートタイム労働者に対しては、一般に、労働条件の明示が不十分であったり、通常の労働者と比較して、待遇が働きや貢献度に見合わず低くなりがちです。このため、「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム労働法)」では、雇用管理の改善が定められています。以下で、その一部をご説明します。

・差別的取扱いの禁止

「職務内容」「人材活用の仕組みや運用」などが通常の労働者と同じであり、「契約期間が無期」である場合、パートタイム労働者であることを理由に、通常の労働者と比較して差別的取扱いをすることは禁止されています。また、「パートタイム労働者から求めがあったときは、その待遇を決定するにあたって考慮した事項を説明しなければならない(パートタイム労働法 第13条)」と会社側には、待遇に関する説明義務が課されていますので、注意が必要です。

・書面による明示事項

パートタイム労働者に対しては、労働基準法 第15条で定められている必ず書面で明示しなければならない事項(※)の他に、以下の事項についても書面による明示が必要とされています。

(1)昇給の有無
(2)退職手当の有無
(3)賞与の有無

  • 必ず書面で明示しなければならない事項

(1)労働契約の期間に関する事項
(2)就業の場所および従事すべき業務に関する事項
(3)始業および終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇

労働者を2組以上に分けて交替で就業させる場合は、就業時転換に関する事項

(4)賃金(退職手当、臨時に支払われる賃金、賞与および賞与に準ずる賃金を除く)の決定、計算および支払いの方法、賃金の締め切りおよび支払いの時期
(5)退職に関する事項(解雇の事由を含む)

・福利厚生施設の利用

賃金以外にも、通常の労働者が使用する福利厚生施設(給食施設、休憩室、更衣室)については、パートタイム労働者に対しても利用の機会を与えるよう配慮しなければなりません。このため、福利厚生施設についても通常の労働者同様の告知をしなければなりません。

労働条件を明確にすることの重要性

近年、就業形態の多様化に伴い、労働条件の決定・変更に伴う労使間の個別労働関係紛争が増加しています。また、労働者の権利意識の高まりと、インターネットの活用等により、労働者も自身に関わる労働関係の諸法令に関する知識を有していることから、積極的に労働条件の改善を申し出るケースも見られるようになりました。

労働条件は、労働者と使用者にとって最も基本的な事項であり、労使間の信頼関係を構築していくのに不可欠な部分です。労働条件が明確で、労働者が納得していれば、彼らも会社に対する忠誠心を持てるようになり、また、安心して仕事に専念できることで業務効率も上がります。言い方を変えれば、労働条件が不明確では、不安感が募り業務に集中できず、腰を据えて頑張ろうという気にはなれないものです。

また、労務トラブルが生じると、社内の組織風土が悪くなったり、事業主や人事担当者が追加の採用活動や労使間のトラブル対応といったいわば不必要な業務に時間と労力を費やさざるをえなくなったりもします。

優秀な人材ほど、労働条件について真摯な対応をしてくれている会社なのか、ということをよく見ています。「きつい業種だから」「零細企業だから」というだけで、良い人が集まらない訳ではありません。労働条件が明確で、労働者を大切にし、信頼関係を築こうとする会社には、良い人材が集まるものです。是非そのような会社を実現して欲しいものです。

【関連リンク】

(執筆・監修:特定社会保険労務士 岩野 麻子)
最終内容確認 2013年10月

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