起業マニュアル
雇用契約書の作成
労働条件通知書と雇用契約書
これまで「社内規定の整備」というタイトルで、就業規則や付属規定について説明をしてきました。今回は個々の従業員に対して、個別の労働(雇用)契約を結ぶ際のポイントや注意点について述べていきます。就業規則が、基本的に会社が全従業員を対象に定める規定であるのに対して、労働条件通知書や雇用契約書は、就業規則では定めきれない個々の給与額や従事する業務などといった内容を、会社が従業員一人一人に提示するために作成するものです。
・労働条件通知書と雇用契約書の違い
労働基準法では、労働契約締結時に、後述の労働条件を明示した書面を交付することを義務付けており、この書面を一般的に「労働条件通知書」と呼んでいます。労働条件通知書は、あくまでも労働条件の明示が目的であるため、法律上は従業員に署名を求める必要はないと解されています。
一方、雇用契約書の作成については、法律上の明確な規定は存在しません。関連する条文としては、労働契約法第4条第2項で、「労働契約の内容について、できる限り書面により確認するものとする」と規定されている程度です。とはいえ、労使双方にとって誤解のないようにしておくため、労働契約においては契約書を作成し、労働者および使用者の合意によって成立したとわかるよう、両者の署名や捺印をしておくと、後々のトラブルをある程度予防できます。また、労働契約締結後において労働条件が大きく変わる場面においては、新たな労働契約の内容を定めた契約書を交付するなど、相互に誤解のないよう努めることも重要です。
・労働条件通知書 兼 雇用契約書
「労働条件通知書」と「雇用契約書」をそれぞれ作成するのが面倒な場合には、「労働条件通知書 兼 雇用契約書」の作成がお勧めです。作成の手順は、法律で定められた労働条件通知書の記載項目に、自社オリジナルの項目を加えて、双方の署名等を交わした後、一通ずつ保管します。
労働条件通知書に記載する項目とポイント
労働条件通知書には、以下の事項(労働条件)を記載しておくよう定められています(労働基準法第15条)。雇用契約書と兼用とする場合には、この項目が網羅されているかを確認しましょう。
・絶対的明示事項(必ず明示しなければならない事項)
(1)労働契約の期間に関する事項
(2)就業の場所および従事すべき業務に関する事項
(3)始業および終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇。
労働者を2組以上に分けて交替で就業させる場合は、就業時転換に関する事項
(4)賃金(退職手当、臨時に支払われる賃金、賞与および賞与に準ずる賃金を除く)の決定、計算および支払いの方法、賃金の締め切りおよび支払いの時期、昇給に関する事項
(5)退職に関する事項(解雇の事由を含む)
・相対的明示事項(定めのある場合は、明示しなければならない事項)
(1)退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算および支払いの方法、退職手当の支払いの時期に関する事項
(2)臨時に支払われる賃金(退職手当を除く)、賞与および賞与に準ずる賃金、最低賃金額に関する事項
(3)労働者に負担させる食費、作業用品その他に関する事項
(4)安全および衛生に関する事項
(5)職業訓練に関する事項
(6)災害補償および業務外の傷病扶助に関する事項
(7)表彰、および制裁の種類・程度に関する事項
(8)休職に関する事項
労働条件の明示は、原則として口頭または書面で行うものとされていますが、絶対的明示事項は、書面により明示することとされています(絶対的明示事項(4)の昇給に関する事項を除く)。なお、労働条件通知書のひな型は、厚生労働省のホームページなどでも確認できます。
また、明示しなければならない事項の多くは就業規則に記載されているため、通達によりその従業員に適用する部分を明確にして、就業規則を労働契約締結の際に交付することとしても差支えない、とされています(平11.1.29基発45号)。なお、パートタイム労働者に対しては、上記の他に、「昇給」、「退職手当」、「賞与」の有無についても書面による明示が必要とされています。
現代社会をとりまく労働環境
インターネットの普及等により、この数十年の間で労働問題は飛躍的に複雑化してきています。例えば、「10年前は会社の電話で私的な会話ばかりしていた従業員が多かったが、最近の従業員はおとなしくパソコンのキーボードをたたいて仕事をしているなぁ」と思っても、実は私的なメールのやり取りや、業務と関係の無いサイトの閲覧ばかりしているかもしれません。
そのため、現代の労働環境を反映した就業規則を作成することはもちろんですが、特に遵守してもらいたい内容や、退職後も引き続き記憶にとどめてもらいたい事項についても、雇用契約書に再度記載したり、別途作成した誓約書を交わす会社もあるようです。
ただし、あまりにも会社に有利な内容であったり、従業員の権利を阻害していると判断される場合には、憲法第22条で規定する「職業選択の自由」や、民法第90条「公序良俗(公の秩序や善良の風俗)」に反すると判断され、いくら契約を交わしていても裁判等で無効となる場合もありますので注意が必要です。
・現代の労働環境に対応した項目例(巻末資料参照)
労働契約法を読んでみましょう
就業形態の多様化により、個別労働紛争が増加しているため、2008年に「労働契約法」が施行されました。労働契約法では、これまで明文化されていなかった裁判例などから導き出された法理も凝縮されており、労働契約についての基本的なルールが規定されています。全部読んでも数十条ほどの短い法律なので、労働契約を締結する際には、一度目を通しておくと良いでしょう。
・ご参考 厚生労働省 労働契約法について
(巻末資料)
【現代の労働環境に対応した項目例】
1.パソコンの私的利用に関する項目
「インターネットの閲覧、および電子メールは、職務以外の目的で使用しません。なお、貴社が電子メールの使用状況を確認するため、送受信の内容を閲覧する場合があることについて了承します。」
※告知なく送受信の内容を閲覧することは、プライバシーに関わることなので、了承をもらっている場合であっても、慎重に進める必要があります。
2.守秘義務に関する項目
「業務上知りえた貴社や取引先等の機密、顧客名簿、個人情報その他一切の機密の持ち出し、漏洩、業務外使用は、在職中はもとより退職後もしません。」
3.信用失墜行為、背任行為に関する項目
「会社の内外を問わず、貴社の名誉信用を傷つけるような行為はしません。」
※インターネットを利用して、プライベートな時間に従業員自身のブログ等にて、自社の商品を批判したり、社名を推測できる内容で社員を誹謗中傷するなどの行為も発生しています。企業イメージの失墜はもちろん、就職活動中の人の目にとまれば、良い人材の獲得が困難になる可能性もあります。
4.競業避止義務に関する項目
「在職中はもとより退職後○年を経過する日までは、貴社が経営する店舗(会社)から半径○km圏内にて同一業務、および類似業務を営むことはしません。」
※「職業選択の自由」を害すると判断されないよう、禁止する期間や就業場所(距離など)を限定しておくことが望ましいと言えます。
5.就業規則遵守に関する項目
「就業規則その他諸規程、命令を遵守し、誠実に勤務します。」
※就業規則は周知することにより効力が発生します。労働契約を交わす際に、自社では就業規則の周知が徹底しているか、もう一度確認してみましょう。
(執筆・監修:特定社会保険労務士 岩野 麻子)
最終内容確認 2013年10月
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