業種別開業ガイド
移動販売
2026年 1月 30日
トレンド
この記事では、キッチンカーやフードトラックのように “その場で調理を行う” 形式ではなく、調理済みまたは簡単に盛り付け可能な食品を、保温・保冷設備付きの移動販売車や台車で販売する「食品販売型移動販売店」を対象とする。例えば、カレーの温め・盛り付けと販売や、調理済みの惣菜やスイーツ、パンなどの販売を行う形態である。こうした業態は、テイクアウト消費の普及を受けて拡大傾向にある。固定店舗と比べて初期投資・固定費を抑えられ、出店場所を柔軟に選べる点も注目されている。
移動販売だけをまとめた統計は見られないため、参考までにテイクアウト市場規模の推移を以下に示す。市場規模はコロナ前の2019年より拡大しており、近年は成長率こそ鈍化が見られるが、依然成長が続いている。
移動販売の業態には、以下のようなトレンドがある。
(1)「盛り付け型」のカレーや丼の常設化
最近では、温かい状態で保温してあるカレーや丼ものなどを、その場でごはんに盛り付けて販売する「簡易提供型」が定着してきた。特にイベントや住宅街でのランチタイム出店で多く見られ、保温ジャーと保冷ケースを組み合わせるだけの簡易設備で提供できる点から、新規参入者にも人気が高い。最近では「カレー専門の移動販売」や「丼メニューを日替わりで展開する弁当販売」など、商品特化型の展開が進んでいる。
(2)「冷蔵スイーツ・ベーカリー」のブランド化と定期出店
スイーツやパンなどを冷蔵または常温で販売するスタイルも急増している。パッケージのかわいさや素材へのこだわりが重視され、「冷蔵カップスイーツ専門」「グルテンフリーパン特化」など、商品の世界観を大事にしたブランドが目立つようになった。特に都心部の駅前や大学キャンパス前などで、週1回の定期出店として地域に根付く動きもあり、「水曜日はこの販売車が来る」といった習慣的なファンを作る事例も増えている。
(3)「冷凍食品・加工品」のポップアップ販売の常態化
冷凍餃子、冷凍ハンバーグ、冷凍スープ、瓶詰調味料、焼き菓子などの加工済み食品を移動販売するケースも定着してきた。特に地方の人気商品やふるさと納税で注目された食品ブランドが、都市部で試験販売を行う手段として利用されている。商業施設前や駅前販売、イベント併設のフードエリアなどで見かける機会が増えており、「その場で試せる冷凍商品・加工品」として訴求するスタイルが定番化しつつある。
(4)「オフィス街限定」ランチ販売の定期ルート化
都市部では、法人オフィス向けに「曜日ごとに違う弁当の販売車が来る」形式が定番になっている。特にその場で調理せず、あらかじめ盛り付け済みの弁当・おかずセットを販売するスタイルが中心で、衛生管理や搬入・搬出の簡便さが支持されている。この形式では「月曜日は和惣菜、火曜日はインドカレー、水曜日はガパオライス」といった日替わり提供が可能で、毎日利用する固定客を飽きさせることなく確保しやすい。オフィス管理会社やビル側との連携によって、出店ルートがルーティン化している点が特徴である。
(5)「地方マルシェ」や「駅ナカ催事」との融合型出店
最近は、駅構内の改札内外スペースや、地方自治体が運営するマルシェでの食品販売に、移動販売車や台車が組み込まれるケースが増加している。これはいわゆる「日替わり出店の常設化」で、短期集中型の商業エリアに曜日替わりで移動販売業者がローテーション出店するモデルである。パン、プリン、燻製惣菜など、製造地は地方でありながら都心で販売するという「地元発ブランド」が流通しやすくなるため、地域生産者と都市部消費者をつなぐ役割としても注目されている。
近年の移動販売事情
新規参入しやすい事業モデル
食品販売型移動販売店は、従来の路上販売や露店と異なり、「設備投資が小さく済む」「固定費がかからない」「短期間でも出店が可能」といった点から、近年、スモールスタート型の飲食ビジネスとして再評価されている。特に、飲食店開業における初期費用の高騰や、都市部の店舗賃料の上昇が続く中で、「実店舗を持たない飲食事業モデル」として注目を集めている。
加えて、飲食業界全体における人手不足、調理人材の確保難、衛生管理の高度化といった課題が、調理を伴わない移動販売への関心を高める要因となっている。この業態では、調理技術を持つスタッフを常駐させる必要がなく、仕込みは別拠点(工場・厨房・提携店など)で行い、現場では販売・盛り付けに特化するため、オペレーションがシンプルである。これにより、非飲食出身の事業者や副業としての参入者にも門戸が広がっている。
実店舗を持たない場合は工夫が必要
ただし、この業態はパン屋やカフェなどの実店舗を持つ企業が、事業の拡大を進めるために新しい販売手段として取り組むケースが多い。移動販売のみを単独で成立させることは難しく、実店舗を持たない場合は、仕込み作業を行う調理場を家賃の安い場所で確保する、移動販売先を複数持つことで売り上げを伸ばすといった工夫が必要になる。
出店ルートやイベント出店などの工夫
経営の現場に目を向けると、売上の安定化には「出店場所の確保」と「出店スケジュールの設計」が最重要課題となる。たとえ立地の良い場所であっても、曜日や時間帯によって人通りは大きく変動し、常に一定の来客を見込めるわけではない。そのため、多くの事業者は、曜日ごとの出店ルートを組み合わせたり、イベント出店と定期出店を並行したりして、売上の平準化を図っている。
飲食業としてのルールの遵守
一方で、販売商品の保存温度・表示ラベル・消費期限・原材料表示などのルールを厳格に守る必要がある。特に冷凍/冷蔵/加温が必要な食品では、温度管理を可視化し、トラブル時の対応マニュアルを整備しておくことが、クレーム防止および信頼維持につながる。
移動販売プラスアルファの収益構造の構築
収益面では「移動コスト」と「出店料」が経営を圧迫する要素になりやすい。自前の車両で複数地点を移動する場合、燃料費・駐車費・保険料などが想像以上に積み重なるほか、商業施設やイベントでの出店には、1日数千~数万円の出店料が発生するケースもある。売上が不安定な中でこれらの固定費が積み重なると、黒字化のハードルは高くなる。
そのため、最近の事業者は「移動販売だけで完結させない」収益構造を構築することが多い。たとえば、販売しているスイーツやパンをECサイトで販売したり、卸販売したりすることで、実店舗のないブランドとしての多面展開を図っている。また、SNSの公式アカウントで出店予定を告知し、常連客をファン化していく仕組みづくりも、安定経営には欠かせない。
このように、移動販売業態は初期投資が少なくスモールスタートが可能である一方、経営を安定させるには、「商品力・販路設計・衛生体制・情報発信力」の複合的なマネジメントが求められる業態である。飲食の“固定店舗依存”から脱却した新しい事業モデルとして、今後も選択肢のひとつとして成長が見込まれる。
開業のステップ
STEP 1:販売する商品と業態(惣菜、カレー、スイーツなど)を明確にする
STEP 2:出店場所と販売スタイル(車両型・台車型など)を決定
STEP 3:保健所で必要な営業許可の種別と条件を確認・取得
STEP 4:保温・保冷設備、陳列什器などを準備
STEP 5:仕込み・搬送体制(製造場所・物流手段)を設計
STEP 6:販売価格と収支モデルを試算し、開業資金を確保
STEP 7:出店先との契約・搬入動線・時間帯を調整
STEP 8:SNSなどで出店告知・ファンづくりを開始
STEP 9:プレオープンや試験販売を実施
STEP 10:本格営業開始
必要なスキル
調理を伴わないとはいえ、一般の飲食店と同様に食品衛生や商品管理に対する知識と実務スキルが求められる。特に現場では簡単な盛り付けや保温・保冷の管理、食品表示、接客販売を短時間でこなす必要があるため、以下のスキルが重要である。
まず前提として、「食品衛生に関する基礎知識」は必須だ。食品衛生責任者の資格を取得し、保健所が定める設備条件(手洗い器の設置や温度管理機器の使用など)を満たした上で、取り扱う商品に応じた衛生管理体制を整える必要がある。特に、冷凍・冷蔵・加温が必要な商品では、「何度以下/以上を保たなければならないか」「持ち運び中の温度変化への対応」など、具体的な管理スキルが求められる。
さらに、「在庫・仕入れ管理スキル」も欠かせない。移動販売は販売機会が限られているため、売り切れや余剰在庫がダイレクトに損益に響く。出店予定日の気温や天候、人通り、時間帯を踏まえた仕込み量の調整や、過去の販売実績に基づいた予測力が問われる。また、賞味期限や表示義務に関連する商品ラベルの作成や管理も重要な実務のひとつとなる。
また、近年は「情報発信・ファン化のためのSNS運用スキル」も重視されている。移動販売店は場所が流動的なため、InstagramやX(旧Twitter)などを通じて出店情報をこまめに発信し、リピーターを育てることが安定収益の鍵となる。出店予定のカレンダー投稿や、販売商品を魅力的に見せる写真、ストーリー性を感じさせる紹介文など、デジタル上での販促スキルがそのまま経営力に直結する。
最後に「関係者との調整力・交渉力」も忘れてはならない。商業施設やオフィスビル、イベント主催者との出店交渉では、販売形態・什器サイズ・滞在時間など詳細な調整が必要となる。設置場所によっては電源の有無、搬入ルート、近隣テナントとの協調も求められるため、柔軟な対応力と段取り力が不可欠である。
必要な資格
食品販売型の移動販売店を開業するには、まず「食品衛生責任者」の資格が必要である。これは、調理の有無に関わらず、飲食物を扱う事業には必須とされており、各都道府県の保健所が実施する講習(1日)を受講することで取得できる。
また、移動販売車や台車を使用する場合でも、「飲食店営業許可」あるいは「喫茶店営業許可」「食品の販売業許可」など、販売する商品の内容に応じた営業許可を保健所に申請・取得する必要がある。販売エリアによっては、自治体ごとに追加の手続きが求められる場合があるため、事前確認が重要だ。調理は行わなくても、食品の保温・保冷設備を備える場合は、その管理体制についても基準を満たしている必要がある。
開業資金と運転資金の例
前述のように、移動販売はすでに実店舗を持つ企業が、事業拡大のために開業する場合が多い。そのためここでは、実店舗を持つパン屋がパン、サンドイッチ、コーヒーを販売する移動販売店を想定した場合の、開業資金および初期運転資金の一例を示す。実店舗を持たずに単独で移動販売を開始する場合は、さらに仕込み場所の物件取得費や調理設備費が必要になる。
(前提条件)
- すでに実店舗を持つパン屋が社用車を利用して移動販売を行うケースを想定
- 東京都内のオフィスビルの1階エントランスを定期使用(月額60,000円)
- 商品:パン、サンドイッチ、テイクアウトコーヒー
- 設備:保温・保冷機能付きの移動販売ワゴン、簡易なコーヒーマシン
- 商品はすでに製造済みであり、車両で運搬する。
売上計画と損益イメージ
前項の前提条件を基に、売上計画と損益イメージの一例を示す。
(追加条件)
- 営業時間:平日11:30〜14:30(3時間)
- 営業日数:月20日
- 専属の従業員1名が8時間の稼働
補助金・助成金
食品販売型の移動販売店は、小規模事業者向けの持続化補助金や、キャッシュレス決済や予約管理の導入に使えるIT導入補助金の対象となる。都内で開業する場合は、東京都創業助成事業の活用も可能で、設備費や広告費を広くカバーできる。また、区単位でも創業支援や家賃補助など独自制度を設けているケースがある。いずれも公募時期や要件が変わるため、開業前に自治体や商工会議所で最新情報を確認し、計画的に申請することが重要だ。
※開業資金、売上計画、損益イメージなどの数値は、開業状況等により異なります。
(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)


