業種別開業ガイド
登山用品店
2025年 5月 30日

トレンド
登山用品店とは、低山散策やハイキングを含む「登山」に必要な装備を販売している業態を指す。ここでは、キャンプ道具などを取り扱う「アウトドア用品店」ではなく、「ハイキングや登山の装備を販売する店舗」を登山用品店と称し、その近年の動向について解説する。
近年の登山用品市場は、山歩きを気軽に楽しむライト層を中心にマーケットが拡大傾向にある。ライト層の多くは登山用品を山だけで着用するのではなく、普段遣いやタウンユース(街中で使える)アイテムとして捉えており「アーバンアウトドア」という意識が高い。そうした背景から、ファッションブランドとコラボレーションしたアイテムや、オリジナリティを重視した小規模なガレージブランドなどが人気を集めている。小規模なブランドは店舗を持たないオンライン特化型も多く、また顧客との距離感が近いのも特徴のひとつである。
近年の登山用品市場の動向を、総務省統計局が実施した「令和3年社会生活基本調査」のデータをもとに分析してみると、「登山・ハイキング」の行動者率(ある特定の活動を行った人の割合)は全23種のスポーツの中で約9.0%と比較的人気が高い。関心の男女差がほぼないことも大きな特徴だ。

年齢別の傾向を見ると、登山は幅広い年齢層で親しまれ、特に40代以上の行動者率が高い。収入が安定し、健康志向が高まることから、充実した余暇の過ごし方を求めていることが伺える。また、登山・ハイキングは運動強度が高いスポーツのひとつだが、シニア層からの支持は非常に高い。

近年の登山用品店事情
近年の登山用品店は、レンタルサービスや登山ツアーの企画を行う店舗が増え、単なる販売店というよりも、登山者のサポートを総合的に提供する業態へと進化している。以下に主な潮流を挙げる。
コロナ禍を経て人気が拡大
登山用品店の市場は、コロナ禍において密を避けられるレジャーとして需要が高まった。
シニア層の登山人気
前項「トレンド」の統計でも分かるように、登山・ハイキングの行動者率は60代以上でも高い。健康維持やリタイア後の余暇活動として親しまれている。
若年層の登山参加とファッション性の向上
「山ガール」ブームなど、若年層の流入も堅調である。ファッション性に優れた登山ウェアの人気が高いため、各社がデザイン性を重視した商品を展開している。
軽量で高品質な製品が人気
どの年齢層にも人気なのが、軽量で機能性に優れたウェアやアイテム。「高品質」がトレンドになっている。
登山スタイルの多様化
従来の本格的な登山だけではなく、ライトハイキングやソロ登山の人気が高い。初心者向けの装備セットや高品質なギア(道具全般)の需要が拡大している。
ショップの個性を重視
個人店や小規模事業者は、大手スポーツ用品店とは違い、登山スタイルに特化した商品展開やおすすめ商品を取り揃えたセレクトショップの形態が人気を集めている。スタッフの個性を活かした登山イベントの開催など、独自の価値を提供している。
ネット販売の拡大と店舗の役割の変化
オンラインショップの利用が急増する中、専門店では試着やスタッフによるアドバイスが強みになり、「体験型販売」の価値が高まっている。
登山用品店の仕事
登山用品店の仕事は、豊富な商品知識が不可欠だ。その上、季節商品を扱うため在庫管理が難しい。また、登山者のニーズが多様化したことで、登山者の安全を支え、快適な登山体験を提供する役割も担っている。以下に主な仕事の種類とその内容を記す。
接客・販売
店舗運営の中心となる業務であり、顧客に登山経験を提供する役割を担う。初心者には基本装備を丁寧に説明し、経験者には最新の技術を取り入れたアイテムを紹介するなど、目的やレベルに合わせたきめ細やかな商品の提案が必要になる。
商品仕入れと在庫管理
登山用品は季節や流行に左右されやすいため、適切な仕入れと在庫管理が欠かせない。また、人気商品の確保や新商品の導入には、メーカーや卸業者との密な関係構築が重要になる。
店舗レイアウトとディスプレイ
商品の魅力を最大限に引き出すため、見やすく手に取りやすい店舗レイアウトを考えることも大切な仕事のひとつ。店舗のコンセプトや季節に合った内装やディスプレイは、多くのファンを獲得するためにも必要不可欠だ。
宣伝・マーケティング
店舗の認知度を高めるために、SNSやウェブサイトを活用した情報発信は欠かせない。道具の使い方や登山レポートなどを共有することで、顧客の関心を引くことができる。また、定期的なセールやポイントキャンペーンを実施し、顧客のリピート率を高める。
イベント企画とコミュニティ形成
顧客との関係性を深めるために登山イベントや講習会を開催することで、特別な価値を提供できる。特に初心者は装備の使い方や選び方の情報を求めており、各種講座や登山ツアーの企画と親和性が高い。
安全情報の提供
登山は低山でも危険を伴う活動のため、店舗にはレベルに合った装備の提案や安全情報の提供が求められている。また、地域内の山については詳細な情報を持っていることで信頼を獲得できる。
バックオフィス業務
総務、経理、採用など、店舗を経営するために必要な事務作業の負担は大きい。この業務を全て人が行うのか、システム等を導入して簡略化するのかは、事業規模や運営形態により判断が分かれる。
登山用品店の人気理由と課題
登山用品店は、近年、大きく市場拡大した業態のひとつ。激化する競争を勝ち抜くためには、強い個性を持つか、市場の変化に対応できる柔軟性が必要だ。
人気の理由
- アウトドア・登山ブームの継続
- 健康志向の高まり
- ファッション性の向上
- 初心者向けのサービスの充実
- 専門的な知識の提供
課題
- 大手量販店やネット販売との競争激化
- シーズン(年度・季節)による売上の変動
- 実店舗の維持コスト
- 同業他社との差別化
- 初心者層の取り込み
- コミュニティの構築と運営の難しさ

開業のステップ
登山用品店を新しく開業するには、計画的な準備に加えて、ターゲット層を取り込むための施策が必要になる。以下に、開業までの主なステップをまとめた。規模や地域、コンセプトによっては追加で作業が必要になることもある。
STEP1:コンセプトとターゲットの明確化
どのような登山用品店を目指すのか、ターゲットとテーマ(例:スポーツ/レジャー、初心者向け/経験者向け、特定ブランドを強くプッシュする、など)を決める。
STEP2:市場調査と競合分析
店舗の立地やターゲット層に関する調査を行う。エリア内の同業他社の品揃えや価格帯などを分析し、販売戦略を立案。差別化のポイントを明確にする。
STEP3:事業計画書と資金計画の作成
開業資金と運営資金の計画を立案。事業計画書には、収支計画、運営方針、マーケティング戦略を詳細に記載する。資金調達の方法は、自己資金や銀行ローン、補助金・助成金を検討する。
STEP4:物件の確保と改修
物件選びには、新築、既存物件の改修、賃貸のいずれにもモデルケースが存在する。ターゲット層に合わせた立地条件を選び、内外装工事を進める。
STEP5:商品の仕入れ
開業に向けた商品の選定と仕入れを行う。登山用品は季節によって需要が異なるため、年間を通した在庫計画を考えることが重要。メーカーや卸売業者との交渉も進める。
STEP6:人材の採用と研修
接客の質は、売上に直結する。そのため、山岳ガイドや登山ガイドなどの資格を持つ人材を一人は確保したい。サービスの品質を高めるための教育やマニュアルを整備する。
STEP7:マーケティングと集客計画
ホームページの制作に加えて、販売開始前からSNSや広告を活用したプロモーションを行う。開業時のキャンペーンもこの段階で準備。
STEP8:開業届などの手続きや条例の確認
開業に伴う法人設立や個人事業主の登録、各種許可申請も並行して行う。近隣県も含めた登山安全条例・遭難防止条例などの確認も行う。
STEP9:オープン
宣伝を強化し、本格的な営業を開始。定期的に運営状況を見直し、顧客満足度向上を図る。
登山用品店に役立つ資格
登山用品店の開業・運営にあたっては、法律や条例で定められた必須の資格はないが、コンセプトによっては取得しておくことが望ましい資格や検定がある。一部を紹介する。
登山ガイド(ステージ1、2、3)
日本山岳ガイド協会が認定している6種類の資格のひとつ。登山ガイドの資格には3つのステージが用意されており、それぞれのステージでガイドできる範囲が異なる。本格的な登山ガイドになりたければ最低でもステージ2以上が望ましいが、登山用品店として信頼を獲得することが目的ならばステージ1でも良いだろう。
山岳ガイド(ステージⅠ、ステージⅡ)
日本山岳ガイド協会が認定している6種類の資格のひとつ。ステージⅠでは通年の国内山岳と縦走路のある岩稜コースを対象とする。岩壁登攀(とうはん)、雪稜バリエーション、積雪期の岩稜バリエーション、フリークライミングなどのインストラクター行為も可能になるのが、ステージⅡになる。
国際山岳ガイド
国際山岳ガイド連盟(IFMGA/UIAGM/IVBV)の認定資格。各国の山岳ガイド協会の国際的な連盟組織で、日本国内においては日本山岳ガイド協会がライセンスの認定を行っている。取得すると世界の山をガイドできるようになるため、憧れの資格と言えるだろう。難易度は非常に高い。
山の知識検定(ブロンズ、シルバー、ゴールド)
登山や山のことをどれだけ知っているか、知識を総合的に証明できる検定。標高などの一般的な知識だけではなく、マナーや山の植物についての問題が出題されるなど、出題範囲は非常に広い。
開業資金と運転資金の例
登山用品店の開業資金や運転資金は、立地、規模、コンセプト、グレード、ECサイトの有無などの条件によって大きく変動する。ここでは一例として、以下の条件の登山用品店を開業する場合の開業資金と運転資金の目安を見積もる。
〈地方中規模都市、土地・建物は賃貸(駅前ビルテナントのケースと郊外の駐車場付き賃貸物件のケースを想定)、中級から高級グレード製品がメインのセレクトショップ、それに伴う内装とディスプレイ、販売および事務とSNS発信を担当する常駐スタッフ1名にアルバイト数名を雇用、ECサイトはなし〉


開業のための資金調達には、日本政策金融公庫の新規開業資金(限度額7,200万円)などが利用できる。銀行よりも有利な条件で借り入れができるため、まずは相談してみることをおすすめする。
また、各地方自治体が独自の融資制度を用意しているケースもあるため、都道府県庁や市区町村役場に確認してみるとよい。
- 日本政策金融公庫新規開業資金
- J-Net21支援情報ヘッドライン ※創業に役立つ支援情報がまとめて検索できます。
売上計画と損益イメージ
前項「開業資金と運転資金の例」で取り上げた登山用品店の、1か月あたりの売上計画と損益イメージの一例を挙げる。追加する想定条件は以下の通り。
※仕入率:60%

月間の売上見込みから支出見込み(上記運転資金例)を引いた損益は下記のようになる。

登山用品店の開業には資格が不要のため、独学で学び、「好き」を仕事にできるジャンルだ。店長のセンスや個性を活かし、セレクトショップとして開業するケースが多い。商品のセレクトはもちろん大切だが、「なぜ、その商品を選んだのか」という根拠を周知する工夫があればファンを増やしやすくなる。店員の解説、店内のポップ、ホームページやSNSを活用した発信など、見込み客にアプローチする手法はいくつもある。
最初のハードルは、仕入れ先の確保だろう。人気商品になるほどライバルが多く、新規参入者が好条件で仕入れることは困難だ。また、店舗を運営し始めて最初の数年は売れ行きの傾向が読めないため、最適な仕入れが難しい。できるだけ早く、自らの店舗の傾向を見抜く必要がある。
登山用品店は、リピート顧客を作りやすいことが大きな魅力。ファンとのつながりを深め、顧客の人生を豊かにできる職業のひとつと言えるだろう。

※開業資金、売上計画、損益イメージなどの数値は、開業状況等により異なります。
(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)