業種別開業ガイド

翻訳業

2020年 8月 7日

トレンド

(1)翻訳・通訳の国内市場は堅調

日本企業の国際化、製造業の海外移転、知的財産保護のための国際特許出願件数の増大、コンテンツのボーダレス化など様々な要因により翻訳業務の需要は拡大。AI技術を駆使した機械翻訳の精度は高まっているものの、現状ではその翻訳結果の編集、確認需要を取り込むに至っており、全体としてネガティブな要因とはなっていない。翻訳に通訳も加えた国内の市場規模は2018年度で3,000億円、前期比104.0%(矢野経済研究所調べ)と底堅い推移を辿っている。

(2)中~小規模企業を中心に構成

業界における上場企業は(株)翻訳センター(大阪市中央区)のみである。年商10億円に満たない中~小規模企業が過半であり、クラウドソーシングサイトなどに登録するフリーランスの翻訳者も多い。このように、主要企業との契約を業界大手が独占的に確保しているような状況ではない。むしろ、人的ネットワークに依存した受発注が多い業界特性がみられる。そのため、人脈に加え高い翻訳技術を備えていればフリ—ランスでも単価の高い案件を顧客より直接得ることが可能である。

(3)競争を生き抜く専門性、独自性

日本国内のみならず、海外業者をも含めた競争となっており、その中を生き残るには高い専門性、独自性が求められる。具体的には、翻訳言語として過半を占める英語、中国語、ドイツ語ではない言語を扱うほか、産業技術、医療、法律・契約、学術、文芸などの特定領域を専門にするなどといった特色がほしい。

ビジネスの特徴

翻訳業とは、ある言語で表現された文書を他の言語になおす業務であり、英語などで記述された契約書、説明書などを日本語以外の他言語に訳して文書として納品するようなビジネスを指す。ちなみに通訳とは同様に「会話」を他言語になおすことである。

分野としては、主にビジネスシーンで活用される「産業翻訳」、映画など映像コンテンツを扱う「映像翻訳」、洋書の和訳などを担う「出版翻訳」に大別され、とりわけ「産業翻訳」のニーズが高い。

料金価格体系は「訳文」ないし「原文」の文字量を基準とした出来高となる。相場目安としては、日本語から英語への翻訳は和文原稿一文字あたり20~30円といった水準となる。

開業タイプ

(1)新規開業型

大学にて外国語を学び、一定の翻訳能力を備えた人物がそのまま開業するケース。顧客基盤がないため、当初は登録先企業やクラウドソーシング経由の案件をこなし習熟度をあげつつ、人脈や得意分野の構築に努める。

(2)社内翻訳スタッフからの独立型

社内翻訳スタッフとして経験を積んだのちに独立するケース。社内で携わった分野を専門とし、独立元企業はもちろん外注先であった他の翻訳者とも人的ネットワークを有している点が有利。

翻訳業のイメージ写真

開業ステップ

(1)開業のステップ

開業のステップの図

(2)必要な手続き

翻訳業を開業するにあたって法的には資格、手続きなどは必要としない。

一般的な開業手続きとして、必要に応じ、健康保険・厚生年金関連は社会保険事務所、雇用保険関連は公共職業安定所、労災関連は労働基準監督署、税金に関するものは所轄税務署や税務事務所にて手続きを行うこと。

メニュー、商品の品揃えなど

翻訳業としては、英語、中国語、ドイツ語、フランス語、韓国語など扱う言語を掲げたうえで、産業技術、医療、法律・契約、学術、文芸などのうち得意とする領域を提示することが差別化の観点から好ましい。そのためにも他翻訳者との人的ネットワーク構築に努め、連携できる体制を整えることで受注できる案件の幅が広がり、単価の低い案件から脱却することが可能になろう。

一方、AI技術を駆使した翻訳支援ツールなども積極的に活用し、より効率的に翻訳作業を行うことも今後は必要になってくる。

必要なスキル

翻訳者としての技能を図るものとして、英検、TOEICなどの他、一般社団法人日本翻訳協会が主催する「JTA公認翻訳専門職資格試験」、一般社団法人日本翻訳連盟が主催する「JTFほんやく検定」、厚生労働省認定の「翻訳技能審査」などがある。対外的に翻訳能力をアピールするためにも取得しておいて損はない。

一方、相当数の翻訳スタッフを抱える段階になれば、経営者としては翻訳技術と同時に営業力を求められるケースが増えてくる。その前提としてのコミュニケーション能力、工程管理などの管理能力などもスキルとして広く必要となってこよう。

翻訳業のイメージ写真

開業資金と損益モデル

(1)開業資金

【社内翻訳スタッフからの独立型、首都圏郊外に23平米ほどの事務所を構え、アシスタント1名を擁して開業する際の必要資金例】

必要資金例の表

(2)損益モデル

a.売上計画

売上計画例の表

b.損益イメージ

上記売上計画に記載の売上高に対する売上総利益および営業利益の割合(標準財務比率(※))を元に、損益のイメージ例を示す。

損益のイメージ例の表

※標準財務比率は、翻訳業に分類される企業の財務データの平均値を掲載(出典は東京商工リサーチ「TSR中小企業経営指標」)

c.収益化の視点

TSR中小企業経営指標に拠れば、翻訳業の粗利益率は42.9%であり、売上原価にてアシスタントへのパート代、社外スタッフへの外注費を吸収しつつ、販管費で経営者給与、家賃などを賄う仕組みとなっている。

労働集約型のビジネスであり、多数の登録スタッフを稼働させない限り、売上が急速に伸びることはない。収益改善には、請負単価を上昇させることで着実に利幅を稼ぐことが必要となるが、それには難易度が低く、競合相手の多さから単価の低い案件より脱却することが重要となってくる。幸いにして、他社にはできない翻訳さえできるならば単価の高い案件を直接得ることも可能である点は翻訳業界の特色であり、翻訳技術次第で存在感を示しながら生き残っていくことも可能といえよう。

※開業資金、売上計画、損益イメージの数値は、出店状況等により異なります

(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)