業種別開業ガイド

イラストレーター

2023年 7月 19日

トレンド

時代ごとのメディアの変遷と共に、流行や風俗・技術的背景を的確にとらえてビジュアライズするイラストレーションが人気を集めてきた。IT化そしてDXが急速に進展する時代に、イラストレーターという業種を取り巻く環境はどのように変わりつつあるのだろうか。

イラストレーターのイメージ01
制作環境の多様化

スマートフォンやタブレット端末の普及とともに、情報の閲覧者だけでなくその作り手側も、特定の職場やスタジオを持たずにどこからでも情報にアクセスし制作を行う事ができるようになった。スマートフォンだけでイラストレーションを作成し、そのまま共有サイトに発表し、ECサイトで販売するといったスタイルが話題になっている。イラストレーターという肩書きで作品を発表して、人気を集める努力さえすれば、それだけで一定の収益が得られる環境は既に整っている。

AI(人工知能)による制作の実用化

2022年には、AI(人工知能)が作成したアート作品がコンテストで受賞し、クリエイターの脅威となった、とまことしやかにつぶやかれた。また実際に、商業誌の表紙でAIによって作成されたイラストレーションが採用され、少なくとも表現の一手法としては無視できない状況となっている。このようなケースでは、イラストレーターは自ら絵筆をとることはなく、特定のキーワードや表現手法をAIに与えて、あとはイメージが自動生成されるのを待つだけだ。しかしあくまで、明確なコンセプトに基づいて作業を指示するのはイラストレーターであり、生産された膨大なイメージの中から最適な一点を選び出すのも、またイラストレーターの仕事なのだ。

NFT技術を応用した作品の売買

NFT(Non-Fungible Token)とは「代替不可能なトークン」という意味で、デジタル・アート作品の価値を保証する仕組みとして注目されている。デジタル環境での偽造や改ざんを防ぐことができるため、ゲーム業界・エンターテインメント業界などがいち早く関連事業に乗り出している。クリエイター向けには「NFTマーケットプレイス」という場が提供されており、個人ユーザーの作品が高額取引され話題となった。これまでデジタル・アートが複製・販売されても作者に売上が還元されることはなかったが、そうした履歴も管理出来る仕組みとして、画期的な技術が登場したと言えよう。

広告表現における意識改革の浸透

「男女雇用機会均等法」や「パワーハラスメント防止措置」などの法施行は、商業広告を手掛けるイラストレーターにとっても、十分に配慮すべき重要課題と言えよう。何気ないファミリーのライフスタイルや、職場でのコミュニケーションの様子を切り取ったイラストレーションが、ハラスメントの要素を指摘されSNS上で拡散されたことで、掲載取りやめや謝罪にまで発展することは、いまや珍しいことではない。時代のトレンドや空気感までも敏感につかみ取ってビジュアライズすることが求められるイラストレーターは、そのことで生ずる責任・倫理観も問われていることを、強く意識して活動すべきだろう。

イラストレーターの仕事

コンテンツのイメージを膨らませる

古くから小説や詩歌のイメージを膨らませるためのビジュアルとしてイラストレーションは言葉に添えられ、それらの作品の売れ行きを左右するほどまでに影響力を持つものまで現れた。かつては音楽のパッケージングの要素としてイラストレーションが使われたが、いまでは動画配信サービスの活況とともに、最初から音楽とイラストレーション動画はセットとして配信され、アーティストのキャラクター設定も含めてその世界観を作り上げてファンに提供されている。感性やオリジナリティーがもっとも問われる、イラストレーターの仕事の中でも特に人気のある分野だ。

仕組みや使い方を視覚化する

機械の構造や使い方を図解するイラストレーションは、ビジュアル・コミュニケーションの歴史と共に使われ続けており、IT化の進んだ現在でも操作マニュアルや取扱説明書の要素としてその需要はなくならないばかりか、ますます重要度を増している。情報化が進むにつれて、サービスフローやシステム構造は直感的に把握しにくいものとなり、それをビジュアライズして提供する必要性はさらに高まっているのだ。抽象的な概念や社会システムなどを図解する「インフォグラフィックス」も、公共空間や企業活動の様々な場面で必要とされている。

「キャラ化」することで理解を促す

元来はアニメやコミックの登場人物を、それぞれの個性を際立たせて理解しやすくするために「キャラクター」の設定を行っていた。昨今では学校や職場でのコミュニケーションにおいても、各人を「キャラ化」して理解しようとする。あなたは・わたしはそういう「キャラ」だから、という理解の仕方である。それが、オンラインであればイラストレーションのアイコンやスタンプで表現され、地域振興のコンセプトが「ゆるキャラ」として実体化され、一人歩きするのである。イラストレーターの仕事が目に見えないもの・ことのビジュアライゼーションだとすると、その中でもイラストレーションによる「キャラ化」はもっとも現代的な仕事と言えるかもしれない。

イラストレーターのイメージ02

イラストレーターになるには

基礎技術・教養を学ぶ

イラストレーション科やアニメーション科がある専門学校でテクニカルな基礎技術を学ぶのが一般的だが、同時にできるだけ幅広い基礎教養を身に付けておくことを勧める。表面的なテクニックだけを身に付けるのではなく、解剖学や材料学・色彩学、古今東西の建築や服飾の歴史、文学や芸術の古典を学ぶことで、流行や人気に左右されない自分だけの「軸」を持つことができる。また、最初からデジタル環境で制作を開始するのではなく、古典的な静物画や人体画のデッサンを学んだ方が良い。それは、もののあり方を観察し表現するための訓練を積む事に必要だからだ。

実務経験を積む

広告代理店や制作会社で働くことで、さまざまなイラストレーションを手掛ける機会を得ることができる。実践的な制作環境を経験し、クライアントへの提案から進行管理、納品の方法まで、担当した数だけ経験が蓄積される。しかし一番重要なことは、クライアントが持っているアイデアやビジョンを理解して、多くの人びとの共感や理解を得られるようにかたちを与える能力を身につけることだ。専門職としてのイラストレーターに求められるのは、そのような理解力や課題を整理しビジュアル化する能力だ。

自分だけのフィールドを作る

個人事業として活動する場合も法人化する場合も、安定した仕事を獲得するには、自分自身の仕事のスタイルを確立する必要がある。オンラインでイラストレーションのサンプルを投稿するだけでなく、制作の過程までオープンにして共感を集めることもある。また、副業としてイラストレーションを手掛けて、本業の経験を材料にオリジナルな表現を開拓することもできる。イラストレーターとして独立する際には、売り込みから収益化まで、オンライン上でどの様に実現可能かを改めて検証することも必須だ。

仕事を広げる

クライアントへのアプローチ方法やビジネスモデルの構築次第でイラストレーターとしての仕事は拡大することができる。イラストレーションや写真を無料で提供するポータルサイトに作品を登録しておけば、それ自体は直接収益につながらなくとも、イラストレーションを探す人びとに向けてのポートフォリオと割り切って活用することができる。また、音楽やファッション、ダンスやスポーツなど、異業種とのコラボレーションで作品のファンを増やすことも考えられる。

ビジュアル・コミュニケーションの手段としてのイラストレーションは普遍的な技術であり、時代のニーズを的確にとらえて最適な表現を提供すれば、今後も活躍のフィールドはますます拡大することができるはずだ。

イラストレーターになるキャリアプラン
(「職業情報提供サイト(日本版O-NET)jobtag」 厚生労働省)
※出典の図版を本稿用に再構成した

開業資金

制作会社などで経験を積んだのちに独立する場合は、同等の制作環境を自身で揃える必要がある。イラストレ−ションの制作ツールは必須だが、他にも、オンラインミーティングの環境や、見積・請求・契約などに必要な事務系のアプリケーションも欠かせない。これらのアプリケーションは、販売方法や契約形態によっても価格が異なるため、導入時にそれぞれ確認されたい。

株式会社設立のためには、手続きに必要な費用・資本金も準備する必要がある。
開業当初、従業員を雇うまで個人で営業する場合は、自宅を事務所とするのが妥当だろう。

手書きのイラストレーションで特徴を出したり、専門的な内容を表現するために資料を集めたり、開業当初は想定外の出費が嵩むが、売上に応じて徐々に制作環境を整備していきたい。

開業資金の一例

収入

個人事業主の場合、完全出来高制の報酬であるため年収は安定しないが、スキルが高く人脈がある人ほど年収が高い。厚生労働省の「職業情報提供サイト Jobtag」によると、イラストレーターの約85%はフリーランスとして働いている。

個人事業主は、自分の裁量で仕事ができることと、複数の仕事ができることがメリットだ。自分の得意な表現があるとそれが強みになるが、クライアントの要望に沿ってさまざまなテイストのイラストレーションを描くことができれば、それだけたくさんの仕事が来るようになる。

厚生労働省が公表した「フリーランス白書2018」(一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会制作)によると、IT・クリエイティブ系フリーランス(イラストレーター、Web/グラフィックデザイナー、編集者など)の年収は、33%が500万円以上と回答、全体の36%が年収300万円未満と答えた。

イラストレーターを含むIT・クリエイティブ系フリーランスの年収
イラストレーターのイメージ03

※開業資金、売上計画、損益イメージなどの数値は、開業状況等により異なります。

(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)