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楽器店

2023年 4月 5日

トレンド

令和2年から広がった新型コロナウイルス感染症の影響によって、音楽イベントが相次いで中止となり、音楽教室や楽器店などの休業が広がるなどの影響が出たものの、外出が控えられ自宅で過ごす時間が長くなったために、「巣ごもり需要」として楽器の売上が大幅に伸びたという現象がみられた。

コロナ禍の影響は楽器店にとっても決して小さなものではなかったが、逆にコロナ禍だからこそ販売数を伸ばした商品もあった。株式会社山野楽器と島村楽器株式会社では、コロナ禍にあって販売数量を大きく伸ばした楽器等のランキングを公表している。

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▼コロナ禍でよく売れた楽器等のランキング

(株式会社山野楽器 令和3年販売数量の伸び率ランキング)
(株式会社山野楽器 令和3年販売数量の伸び率ランキング)

※「カリンバ」は、令和元年に年間販売数が2台だったのが、令和3年には3,477台となっているため、極端な伸び率となっている。

(島村楽器株式会社 令和4年上半期 売上の伸び率ランキング)
(島村楽器株式会社 令和4年上半期 売上の伸び率ランキング)

防音室やアコースティックギター、電子ピアノなどは、コロナ禍以前から人気になっており定番的商品とも言えるが、注目すべきは「カリンバ」の人気だ(カリンバはアフリカ・ジンバブエで暮らすショナ族古来の民族楽器)。人気ゲームソフトで取り上げられたこともあって一気に知名度が高まった。山野楽器ではコロナ禍前の令和元年に年間販売数が2台だったのが、令和3年には3,477台になったという。普段楽器を手にしない初心者でも気軽に楽しめ、周囲に迷惑をかけない音量で、癒やされる音色ということで人気を集めたようだ。

コロナ禍で一気に注目を集めたアフリカの民族楽器「カリンバ」
コロナ禍で一気に注目を集めたアフリカの民族楽器「カリンバ」

山野楽器で第5位になった「ポータブルキーボード/その他鍵盤」で注目株は「オリピア」(TAHORNG)という折りたためる電子ピアノだ。グランドピアノと同等の88鍵あるが折りたたむと33cmになる(1.6kg)。スピーカーと充電式バッテリーを内蔵しており、どこにでも持ち運んで演奏できる。狭い部屋でも置き場所に困らない。もちろんヘッドフォン端子も付いて、値段は2万円を切る手ごろさだ。

島村楽器で第1位となった「防音室」(前年比159%)の売れ筋は、だいたい0.4畳から2畳程度の広さで、値段は新品で50万から120万円、中古だと30万〜60万円といったところだ。楽器演奏はもちろん、テレワークや動画配信、ゲームなど多岐にわたって使用されているという。

「歌声合成ソフト」は、ボーカリストがいなくてもボーカル楽曲を制作できる商品。「VOCALOID」(ヤマハ)が有名だが、「Synthesizer V」(ドリームニックス)や「Piapro Studio」(クリプトン・フューチャー・メディア)、「CeVIO AI」(CeVIOプロジェクト)なども人気がある。コロナ禍以降PCで音楽制作を行うDTM関連商品は好調だ。

巣ごもり需要で売れた楽器には、「手軽さ」「静かさ」「ニッチさ」「ネット販売」などのキーワードが見え隠れしている。

近年の楽器店事情

経済産業省の「生産動態統計年報」によると、我が国の楽器販売金額は平成26年の808億円をピークにして、近年は減少傾向が続いていたが、令和3年には「巣ごもり需要」を受けて前年比21.6%増の697億円となった。

▼楽器販売金額の推移

(「生産動態統計年報」経済産業省 令和3年)※出典の図をアレンジして使用
(「生産動態統計年報」経済産業省 令和3年)※出典の図をアレンジして使用

また、総務省の「社会生活基本調査」によると、平成28年には日本人の10.9%が何らかの楽器を演奏したが、令和3年には10.2%とややポイントを落としている。

1. ネット販売と店頭販売の両立

コロナ禍を通して私たちの生活様式は大きく変化した。一旦獲得された新しい生活様式は、"With コロナ"という状況下で、急に元に戻ってしまうことはないだろう。コロナ禍で高まったネット販売(通信販売)に対する需要は今後しばらく続くはずだ。

しかし一方では、1台1台楽器の個性が違うために、実店舗で試奏をした上で購入が決められる管楽器やアコースティックピアノなどは、ネット販売には向かないとされる。こうした楽器を売るためにはやはり実店舗での店頭販売が必要になる。

店頭販売の良さは、楽器を実際に触って試奏ができるという点に加えて、顧客とコミュニケーションをとりながら販売できるという点にある。

また、ネット販売に店頭販売の良さを取り入れ、楽器の音や店員の説明をオンラインでも聞けるように、動画や音声ファイル、チャットやリモート営業の活用なども考えられる。

2. アパートでも楽しめるサイレント楽器

自宅の部屋で楽しむことを考えれば、ヘッドフォンを付けて演奏できるサイレント楽器や電子楽器などは、今後も一定の需要が見込まれそうだ。

ヤマハのサイレントシリーズにはアコースティックなサウンドの弦楽器・管楽器がある。電子ドラムや電子パーカッションも手軽に始められて人気が高い。

また、DJアプリに対応したDJコントローラーも人気がある。PCやスマートフォンと組み合わせて、自宅で手軽にDJプレイを楽しむことができる。

近隣に迷惑をかけず楽器を演奏できる空間をつくり出す「防音室」については、音楽以外にもまだまだ活用法がありそうだ。今後更に市場が広がる可能性もある。

3. ニッチなジャンルを狙う

一般によく知られた楽器だけでなく、最近では前述のカリンバのように、マイナーな民族楽器が人気になるケースもある。

他店では買えない楽器を厚く揃えることで特徴を出している楽器店もある。京都で2011年に創業した「ケルトの笛屋さん」は、その名の通り、ケルト音楽で使用される楽器を専門に販売する楽器店だ。笛(管楽器)以外にも弦楽器や打楽器、蛇腹楽器などを揃え、いまでは東京にも出店するまでになったという。

ヨーロッパ以外にも、サブサハラアフリカ(サハラ砂漠以南の地域)、中央アジア、西アジア・マグリブ(サハラ砂漠以北のアフリカ)、東南アジア、南アジア、チベット・モンゴル、東アジア(中国、朝鮮半島、日本)など、各地域に独自の民族音楽と民族楽器がある。

4. 楽器以外の商品

楽器以外の商品を取り扱う店舗も少なくない。楽器や音楽に関する商品・サービスを増やしていくことで、楽器が売れない場合でも一定の売上を確保することができる。楽器は嵩張るので、店内のデッドスペースの活用という面でもこうした試みは有効だ。

現状でよくみられるのは、楽器の教則本や音楽雑誌・書籍、楽譜、CD、DVD、音響製品、音楽ソフト・アプリ、アクセサリー、防音室などの商品だ。楽器や音楽の関連商品というのが基本だが、店の個性や方向性を打ち出す小道具的な役割を果たすこともできるので、音楽に合わせたセンスの良い商品を揃えたい。

また、楽器店経営の多角化としては、練習スタジオ、音楽教室、小ホールなどの運営、楽器メンテナンス、楽器レンタルなどのサービス、アウトレット楽器、中古楽器などの販売が人気だ。

音楽教室については、コロナ禍においてその多くが休業となったが、最近は感染症対策を施した上で、再開されつつある。楽器店の場合は大手楽器メーカーと契約して、メーカー側が用意したプログラムに沿ってレッスンを行うケースが多いが、独自のプログラムによって音楽教室を開催する楽器店もある。

近年では幼児や子どもだけでなく、大人向けやシニア向けなどの音楽教室もある。シニア向けは、比較的ゆっくりとしたペースで、好きな曲を教材に選ぶなど、楽しみながら学べるように工夫されており、出張レッスンを取り入れているところもある。

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楽器店開業の人気理由と課題

人気理由

  1. 巣ごもり需要で初級モデルの楽器を手にした初心者が、今後中級・上級モデルを購入する可能性がある(買換需要を狙える)。
  2. ニッチな分野を狙いやすい(特定の音楽ジャンルのための楽器等)。例えば民族楽器や和楽器。
  3. 音楽関連事業の多角化を展開しやすい。

課題

  1. 世に出回る楽器の種類が多く、それぞれ入門用からプロ用まで幅が広い。絞り込みが必要になる。どんな楽器を販売するのか。どんな顧客層を対象にするのかを考えて業務展開を図らなければならない。
  2. 専門的な知識を常に吸収して最新のものにしておかなければならない。とくに日進月歩の電子楽器の機能についてもリサーチは必要だ。また店頭に並べる商品知識だけでなく、いまどんな演奏家が人気で、どんな楽器を使用しているかも知っておく必要があり、仕入の判断にも影響する。

開業の7ステップ

開業の7ステップ

開業資金

店舗の立地や広さによっても違ってくるが、商品の楽器については、最もお金をかけたいところだ。

初期費用の例

損益イメージ

以下は、楽器小売業における黒字企業60社のデータである。複数店舗展開をしている事業者も多く、その全体の合計数値となっている。

(「令和4年版TKC経営指標」 TKC全国会 令和3年1月〜令和3年12月決算)
(「令和4年版TKC経営指標」 TKC全国会 令和3年1月〜令和3年12月決算)
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※開業資金、損益イメージの数値は、出店状況等により異なります。

(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)

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