業種別開業ガイド

特別養護老人ホーム

2023年 9月 8日

トレンド

特別養護老人ホームのイメージ01

高齢化の進行によって年々需要が拡大する介護ビジネスは、安定した利益が期待できるほか、倒産リスクも低いことから、新規開業数は増加傾向だ。特別養護老人ホーム(特養)は公的施設のため、民間企業が運営する有料老人ホームより費用が安く、入所希望者も多い人気の介護施設となっている。

特養への入所は、原則として年齢65歳以上で「要介護3」以上の認定を受けた者に限られる。ただし、特定疾病のある要介護3以上の方であれば、年齢40~64歳でも入所可能だ。

特別養護老人ホームには、「広域型」「地域密着型」「地域サポート型」という3つのタイプがある。どのタイプを選ぶかによって、業態は全く違ったものになるため、開業を検討する際はあらかじめ方針を定める必要がある。

1. 広域型

広域型特別養護老人ホームは、最も一般的な特養の形態だ。定員は30名以上で、入所条件に居住地の縛りがない。そのため、施設の所在地にこだわらない入所待機者を募りやすいという特徴がある。他の特養タイプと同様に、医師や看護師、機能訓練指導員、介護支援専門員などの人員配置基準が法令で定められている。

2. 地域密着型

地域密着型特別養護老人ホームは、定員29名以下の少人数制の施設である。原則として、施設がある地域に居住している要介護3以上の認定を受けた者のみに利用が限定されている。地域密着型には「サテライト型」と「単独型」の2つの業態が存在しており、「サテライト型」は広域型特養などの本体施設を持ち、通常の特養で定められている人員配置基準や設備基準などが緩和されていることが特徴だ。一方で「独立型」は本体施設を持たない単独型で、より地域に根ざしたアットホームな施設になっている。

3. 地域サポート型

地域サポート型特別養護老人ホームは、在宅介護生活を送る65歳以上の地域高齢者に対して、生活援助や見守りサービスを行う特養だ。日中に生活援助員が利用者宅を巡回訪問し、夜間は看護師が待機するなど、24時間・年中無休で対応できるよう整備されている。都道府県が認定した事業所がサービスを提供できる。

近年の特別養護老人ホーム事情

厚生労働省が発表する「令和3年度_福祉行政報告例」によると、令和3年度末での老人ホーム施設数は1万3,744施設(前年比140増)、定員数は80万9,435人(前年比1万1,260人増)となっており、施設数・定員数ともに増加傾向だ。

特別養護老人ホームに限定すると、施設数は1万469施設(前年比133増)、定員数65万1,848人(前年比1万1,476人増)と、こちらも年々増えていることがわかる。

老人ホームの施設数・定員の年次推移

また、特別養護老人ホームを含む介護施設を運営する社会福祉法人数は、前年度末から36法⼈増の2万1,021法⼈となっており、介護ビジネスが拡大傾向であることが数字からも裏付けられている。

社会福祉法人数の年次推移

今後は日本の総人口が減少に転じていく中、高齢者の占める割合は増加していくことが想定されている。特に、75歳以上高齢者の全人口に占める割合は増加していき、2055年には25%を超える見込みだ。

特別養護老人ホームのイメージ02

厚生労働省の介護保険事業状況報告によると、要介護(要支援)の認定者数は、平成12年4月では218万人だったが、平成31年4月には659万人に達し、19年間で約3.0倍に増加した。

下図のように、要介護認定率は年齢が上がるにつれ上昇する。特に85歳以上で上昇するため、介護サービスの需要は今後も高まることが予想される。

年齢階級別の要介護認定率

一方で、介護業界は慢性的な人手不足の状態にあり、施設によってはハード面(部屋数)は足りているが、ソフト面(人材)が足りず、利用者を受け入れられないケースが発生している。

そのため、人手不足が深刻化する介護業界で安定した経営を行うためには、業務効率改善を図るDX、一定数の入居者をユニット単位で管理するユニットケアの導入などが重要になるだろう。

特別養護老人ホームの仕事

特別養護老人ホームの仕事は「食事介護」「入浴介助」「排泄介助」「リハビリ」「看取り」「レクリエーション」など多岐にわたる。

  • 食事介護:利用者の状態に合わせて、きざみ食やミキサー食などの食事を用意し介助する
  • 入浴介助:利用者の体調に合わせて、入浴や機械浴、清拭などの介助を行う
  • 排泄介助:利用者が立ち上がれる場合はトイレ、難しい場合はベッドで排泄介助を行う
  • リハビリ:腕や足の機能を維持・回復させることを目的としたリハビリをサポートする
  • 看取り:最期の時間を安らかに過ごせるよう医師や看護師、職員が連携して看取りケアを行う
  • レクリエーション:夏祭りやクリスマス会などの季節の行事、誕生日会などのイベントを行う
特別養護老人ホームのイメージ03

特別養護老人ホームの人気理由と課題

人気理由

1. 長期的な安定収益が期待できる

  • 介護業界の市場規模は拡大しており、長期間に安定した収益を見込める

2. 社会貢献できて将来性にも期待できる

  • 地元地域に貢献できるほか、利用者を安定的に確保できれば大きな成功も見込める

3. 補助金を活用して初期費用を抑えられる

  • 施設整備費補助、定期借地権の一時金に対する補助などを活用して開業資金を抑えられる

課題

  1. 異業種からの参入も多く、利用者確保の競争が激化している
  2. 介護職員の確保が難しい

開業のステップ

特別養護老人ホームは公益事業のため、国や自治体などの公的機関でない場合は、社会福祉法人を設立する必要がある。地域や法的要件によって手続きや手順が異なるため、まずは施設整備予定の自治体へ相談し、具体的なケースに応じて適切な情報を入手することが重要だ。

特別養護老人ホーム開業の基本的な流れは、以下のとおり。

開業のステップ

特別養護老人ホームに役立つ資格

特別養護老人ホームでは、サービス提供責任者の配置が義務付けられている。

サービス提供責任者になるには、以下のいずれかの要件を満たす必要がある。

  • 介護福祉士
  • 実務者研修修了者
  • (旧課程)ホームヘルパー1級課程修了者

開業にあたり有資格者が自分ひとりだと、怪我などにより働けなくなった場合に事業継続できなくなる可能性があるため、あらかじめ複数人の有資格者を採用すると良いだろう。

また、管理栄養士や調理師の資格があれば、提供する料理の質の向上や利用者の健康面を食事から支えることが可能になる。

開業資金と運転資金の例

特別養護老人ホームは自治体ごとに人員配置基準や設備基準を定めており、それに従った事業運営をしなければならない。また、補助金や助成金の制度も地域ごとに異なるため、確認しながら進めることが重要だ。

特別養護老人ホームのイメージ04

開業にあたって必要になる費用の例としては、以下のようなものがある。

  • 土地購入費:土地代、仲介手数料、登記費、測量費、印紙代など
  • 建設費:居室、静養室、食堂、浴室、トイレ、医務室、調理室、職員室、訓練室など
  • 什器備品費:車両、生活用品、医療機器、食事備品など(施設の規模により異なる)
  • 広告宣伝費:ホームページ制作費、広告チラシ制作費、印刷費など
  • 法人設立費:法人登記手続き費など
  • 求人費:求人媒体の利用費、人材紹介費、採用ツールの利用費など

特別養護老人ホームを含む介護業は、タイプ別に必要となる開業資金と運用資金が異なる。地域サポート型特養のような訪問型であれば、施設を必要としないため相対的に少額の資金から開業できる。国や自治体の運営基準をクリアした人員・設備でスタートし、段階を踏んで事業拡大していく方法もあるだろう。

開業資金と運用資金の例として、タイプ別に表にまとめた(参考)。

開業資金例
運用資金例

開業には相応の費用が掛かるため、国・自治体の補助制度や金融機関を活用したい。金融機関には銀行のほか、開業支援を積極的に行っている政府系金融機関の日本政策金融公庫、福祉活動に対する助成金と融資を行う独立行政法人福祉医療機構(WAM)などがある。また、国や自治体から建設費の補助金を受けている場合は、固定資産税の軽減措置が受けられるケースもあるので確認すると良い。

売上計画と損益イメージ

特別養護老人ホームを経営する際の売上と損益イメージは、以下のとおり。

特別養護老人ホームを含む老人福祉・介護事業と訪問介護事業の黒字企業を集計したデータ

特別養護老人ホームの差別化のポイント

公的施設である特養は、安い費用で手厚いサービスを受けられるため入所希望者が多く、待機者も多い状況だ。厚生労働省の「特別養護老人ホームの入所申込者の状況(令和4年度)」では、2022年4月時点における特養の待機者数は、全国で27万5,000人いると発表されている。

「特別養護老人ホームの入所申込者の実態把握に関する調査研究」では、待機者を減らす対策として「入所施設を増やす」が 61.9%で最も多かった。また、国は「介護報酬改定の概要」で地域包括ケアシステムの推進などを掲げ、取り組みの強化を表明している。小規模の施設でも参入は歓迎される状況だ。

特別養護老人ホームを開業し安定した経営を維持するためには、他社との差別化を図り、自社ならではの魅力的なサービスを提供する必要がある。また、作業の生産性を上げて手厚いケアを実現させることも重要だ。

同時に、利用者にその特色や良さを広く周知しアピールする必要がある。施設の特徴を伝えるためには、「自社サイトの活用」「オウンドメディアの運営」「介護施設ポータルサイトへの掲載」などが考えられる。

1. 自社サイトの活用

施設の良さを伝えるためには、自社サイトに「24時間スタッフ常駐」「充実したレクリエーション」「末期癌対応」など他社にはない強みを記載し、「当施設が選ばれる理由」を明確に伝えることが重要だ。加えて、「施設へのこだわり」「入居までの流れ」「料金プラン」などの入居を検討しているユーザーが気になる情報も掲載し、不安を払拭させることで集客につなげることができる。

2. オウンドメディアの運営

特別養護老人ホームへの入居を検討しているユーザー、あるいはその家族が気になっている情報を取り扱うオウンドメディアを運営することで、広く施設をアピールすることが可能だ。例えば、自社が末期癌か難病を抱える人をメインに受け入れる施設の場合、家族が行える緩和ケアの方法や介護に役立つグッズ紹介など、公式サイトでは表現しきれないテーマを中心に掘り下げることで、興味関心を集めて集客につなげられる。

3. 介護施設ポータルサイトへの掲載

特別養護老人ホームを含む、介護施設の情報を集めたポータルサイトに自社施設を掲載することで、ポータルサイトから自社の公式サイトへの流入や、集客につなげることができる。 ポータルサイトへ掲載することで、施設の認知度や信頼度を向上させることも可能なため積極的に掲載すると良いだろう。

特別養護老人ホームのイメージ05

※開業資金、売上計画、損益イメージなどの数値は、開業状況等により異なります。

(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)

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