業種別開業ガイド
土地家屋調査士
2021年10月 8日
トレンド
(1)土地家屋調査士法人数は増加傾向
日本土地家屋調査士会連合会によれば、全国の土地家屋調査士人口は2021年4月時点で16,141人となっており、2002年の18,741人をピークに減少傾向となっている。一方、土地家屋調査士法人数は441法人で、2003年に法人化が認められて以来増加傾向となっている。
(2)土地相続登記の義務化によりニーズが増加
法務省の「登記統計」によれば、2020年の土地の表示に関する登記件数は約190万件で5年前に比べ約10%の減少、建物の表示も登記件数は114万件で同じく約3%の減少となっている。また、高齢化による空き家や所有者不明の土地の増加が社会問題化している。
これらの対策の1つとして、これまで任意であった土地相続の登記が2024年を目途に義務化されることとなった。違反した場合は10万円以下の過料が科されることもあり、登記に関するニーズは今後増えるものと見込まれる。
(3)空き家率は過去最高に
総務省が2018年に実施した「住宅・土地統計調査」によれば、全国の空家数は848万9千戸で前回調査(2013年)より29万3千戸(3.6%)増となり、空家率は13.6%と過去最高となった。空き家は景観を悪化させるだけでなく、防犯・防災や衛生面においても地域住民の生活環境に深刻な影響を及ぼすため、早急な対策が求められている。土地家屋調査士は土地や建物の調査・測量と表示登記を行う国家資格者であることから、空き家問題についても関わりが深く、その専門性を活かして問題解決に取り組むことが求められている。
(4)ドローン測量
近年、土地家屋調査士の測量業務においてドローンを活用し、人手不足の解消や作業効率化、精度の向上を図る事例が増えている。特に広大な土地や山林などの測量では、時間とコストを短縮できる上、ドローンで撮影した画像を加工して顧客にわかりやすい資料を作成することができる。各都道府県の土地家屋調査士会では会員向けにドローン測量の研修を行うなど、新技術の普及に取り組んでいる。
ビジネスの特徴
国家資格である土地家屋調査士の主な業務は、顧客から依頼された土地や建物などの調査・測量と、その「表示に関する登記」の申請代行である。「表示に関する登記」とは、土地や建物の物理的現況(所在、面積、用途、構造など)を、法務局にある不動産登記簿に記載することで、主なものは以下のとおりである。
①土地の変更に関する登記
(相続で1つの土地を分割したり、隣接する複数の土地を1つにまとめたり、農地を宅地に変更したりなど)
②建物の新築、増改築、取り壊しをした際の登記
また、上述の登記に関連して、土地の境界を確定させることも土地家屋調査士の重要な業務である。
さらに2006年の法改正によって、土地の境界をめぐるトラブルの早期解決のための「筆界特定手続代理業務」「民間紛争解決手続代理関係業務(ADR)」が、土地家屋調査士業務に新設された。
開業タイプ
測量やCAD作図など実務経験による習得が必要な業務もあり、資格取得後全くの未経験での開業は難しい。また、官公庁とのやり取りなど平日の日中に主要業務が集中するため、会社勤めの傍ら調査士業務を副業で行うことも難しい。そのため、資格取得後はまず土地家屋調査士法人に入社し、補助者として数年経験を積んだ後に独立開業というパターンが多い。
(1)個人事業主として開業
自宅を事務所として開業すれば、初期投資を削減できる。経営が軌道に乗れば、法人化も検討。2020年8月より、土地家屋調査士1名の一人法人の設立が可能となった。
(2)法人として開業
他の土地家屋調査士または司法書士や行政書士などの資格者と組んで、法人として開業する。
開業のステップ
(1)開業のステップ
開業に向けてのステップは、主として以下のとおり。
(2)必要な手続き
①「土地家屋調査士名簿」への登録
試験に合格し、土地家屋調査士として開業するには、開業する都道府県の土地家屋調査士会に入会し、調査士会を通して日本土地家屋調査士連合会の有する「土地家屋調査士名簿」に登録申請することが必須となる。
②開業手続き
個人事業主として開業する場合は、開業届と青色申告承認申請書等を税務署に、個人事業開始申告書を都道府県県税事務所に提出する。
法人として開業する場合は、法務局へ法人登記申請を行う。また必要に応じて、健康保険・厚生年金関連は社会保険事務所、雇用保険関連は公共職業安定所、労災保険関連は労働基準監督署、税金に関するものは所轄税務署や税務事務所にて手続きを行う。併せて、消防署への防火管理者の届出も行う。
他事務所との差別化
人口の多い地域は不動産取引が活発であり仕事が多く、また報酬額が高めであることから、地方よりも都市部での開業が望ましい。一方で競争相手が多くなるため、競争力強化のために他事務所との差別化を図ることが重要となる。
(1)IT化、新技術の導入
登記のオンライン申請のほか、ワンマン測量やドローン測量など測量業務のハイテク化によって省力化と効率化を図り、業務のスピードアップと人件費削減につなげることが可能である。特に個人事業主として開業する場合は、積極的に活用していきたい。
(2)他士業とのダブルライセンス
行政書士や宅地建物取引士など不動産と関連の深い資格を取得すれば、請け負う業務の幅を広げることができる。特に行政書士は、農地転用、相続、開発許可などの場面で土地家屋調査士の業務とつながりがあるため、これらの仕事をワンストップで行えるメリットがある。
また、測量士、測量士補、一級・二級建築士の資格を所有していれば、土地家屋調査士受験の際に試験の一部が免除される。
必要なスキル
土地家屋調査士は、登記申請のための書類を作成するだけでなく、現場での測量など肉体労働的な側面もあるため、それなりに体力が求められる。
境界確定測量の際には隣接地の住民に立会いをお願いするほか、不動産業者、金融機関、自治体の担当職員とのやりとりなど人と接する機会が多いため、一般的なマナーやコミュニケーションスキルが必要である。また、土地の境界を巡る争いを解決する場面では、根気強さや折衝力も求められる。
業務上現場に出向く必要があり、測量機材を運搬しなくてはならないため、普通自動車運転免許は必須である。
開業資金と損益モデル
(1)開業資金
【都市部の10坪程度の賃貸事業所において開業する場合の資金例】
(2)損益モデル
a.売上計画
土地家屋調査士の報酬は個々の案件ごとに依頼者との間で決められるため、一定ではない。また、現場の状況や登記の状況によっても報酬は様々である。いずれにしても、収入は年間取取扱件数及び収入高が重要となる。
ここでは、土地家屋調査士の専業で、補助者なし状況で開業するケースを想定して、以下のとおりの年間取扱件数及び平均収入高単価を以って売上高を算出した。
b.損益イメージ
標準財務比率(※)を元に、法人形態の場合の損益のイメージ例を示す。
※標準財務比率は、土地家屋調査士事務所に分類される企業の財務データの平均値を掲載
(出典は東京商工リサーチ「TSR中小企業経営指標」)
c.収益化の視点
土地家屋調査士の業務の委託先は、不動産仲介業、建設分譲者、マンション分譲者、ハウスメーカー、司法書士などが多く、取引開始にあたっては、これらの業者からの紹介が効果的である。したがって、これらの先への営業が安定した経営基盤を築く鍵となる。
また、自治体の土木・建設関連部署などへの営業活動に加え、交流会、セミナーなどに参加し人脈を広げることが重要となる。
さらに、調査士会の下部組織や青調会(若手や資格登録して間もない人対象の親睦・研鑚のための任意団体)、公共嘱託登記土地家屋調査士協会(官公庁発注の不動産登記業務の窓口となる法人)などへ加入し、同業者間のネットワークを広げることも有効である。
※開業資金、売上、損益イメージの数値は、出店状況等により異なります。
(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討する際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)