業種別開業ガイド
出張エステ
2025年 3月 19日

トレンド
出張エステとは、利用者の自宅や指定場所へ出向いて施術を行うエステのことで、訪問エステとも呼ばれる。利用者が店舗へ行く必要がないため、仕事で忙しい人や移動が困難な人、子育てや介護で長時間家を離れられない人などにニーズの高いサービスだ。
厚生労働省の資料では、エステティック(esthetic)とは「一人ひとりの異なる肌、身体、心の特徴や状態を踏まえながら、手技、化粧品、栄養補助食品および、機器、用具、等を用いて、人の心に満足と心地よさと安らぎを与えるとともに、肌や身体を健康的で美しい状態に保持、保護する行為」としている。また総務省の「日本標準産業分類」では、ボディケア、ハンドケア、フットケア、アロマオイルトリートメント、ヘッドセラピー、タラソテラピー(海洋療法)などを事例として挙げている。
経済産業省の資料によると、エステを含む「ヘルスケア産業」の2020年の市場規模は約25兆円で、2050年には約77兆円になると推計されている。エステはヘルスケア産業の「癒」に属し、2020年で約1.1兆円の市場規模は、2050年には約2.6兆円になる推計で、今後も市場の伸長が見込まれている。

エステは、外見を美しくするとともに、利用者に幸福感をもたらす心理的作用がある。人の手で行う施術や心が通う会話により、脳から幸せホルモンと呼ばれるオキシトシンが分泌され、痛みやストレスを緩和する作用がある。エステは健康な人だけでなく、肉体や精神、社会的な困難を抱えている人にも癒しを与え、QOL(生活の質)の向上に寄与している。
フランスでは、医療や福祉の分野で重要な役割を担う「ソシオエステティック」が根付いており、近年日本にも浸透しつつある。「ソシオ」はフランス語で「社会」の意味で、病気や障害がある人たちの心身の負担を、資格を持ったソシオエステティシャンの手でほぐしていく。
さまざまな事情で店舗へ通うことが難しい人からのニーズに応えるため、実店舗を持っていても出張に対応するサロンもある。出張先は利用者の自宅のほかに、高齢者施設からの要望も増えている。
介護美容として、高齢者にフェイスケアやハンドケア、フットケアを行い、化粧やネイルを施す。美しくなった自分の顔や爪を見て、表情が一気に明るく変化する人も多いという。かかとのひび割れが原因でうまく歩けなかった人も、フットケアで歩行の改善につながるなど、目に見える効果で介護美容の需要は増大している。施術者は、介護と美容のスキルを併せ持つ「ケアビューティスト」と呼ばれ、新たな職種として近年注目を集めている。
一般社団法人日本認知症ケア学会では、介護美容の効果に関する実証研究を行い、要介護高齢者のリハビリ参加頻度の上昇や認知機能の維持が確認されたと発表した。また、化粧やネイルを施すことで脳が活性化され、身体機能や心の健康寿命を延ばす効果が期待できるとしている。
超高齢社会が進む中、厚生労働省では高齢者が可能な限り住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けられるよう「地域包括ケアシステム」の構築を推進している。介護、医療、住まい、生活支援、介護予防のサービスを地域で一体となって作り上げる施策に、出張エステが貢献できる可能性は高いだろう。
近年の出張エステ事情
民間の調査によると、コロナ禍の影響で縮小傾向だったエステサロンの市場規模は、2024年にはフェイシャルが1,524億円(前年比33.9%増)、ボディ/痩身が1,001億円(前年比28.4%増)と回復が見られる。以前のように対面で会う生活が戻ったことで、人々の美容意識が高まっていると言えるだろう。

エステへのニーズが高まる中、サロンに通いたくても通えない人に出張エステは貢献できる。自宅や宿泊先といったプライベートな空間で安心して施術を受けてもらえるよう、ホームページやSNS、チラシなどで施術者の人柄を伝えていくと良い。また、トラブルが起こらないよう同性へのサービスに限定したり、紹介制にしたりするなどの危機管理が必要だ。
近年では福利厚生に力を入れる企業が増えているため、顧客は個人だけでなく、企業へも対象を広げると良いだろう。先述の通り、エステはリラクゼーション効果が期待でき、メンタルヘルスケアになり得る。
経済産業省では、高齢になっても経済活動や社会活動に参画し、役割を持ち続けられる生涯現役社会の構築に向けた施策として「健康経営」を推進している。企業が従業員の健康づくりに取り組むことで、従業員の健康状態が改善するほかに、企業ブランドイメージの向上や、組織の活性化、人材の採用などに効果があることが経済産業省のアンケートで分かった。

健康経営に取り組む企業は年々増えており、健康経営優良法人認定制度に申請する法人数は、2023年時点で約2万社にのぼっている。民間の調査では、コロナ禍を経て健康経営に取り組む企業は約3割から約8割に増加したというデータもある。
独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査によると、福利厚生制度を導入する目的で最も多いのが「従業員の仕事に対する意欲の向上(60.1%)」で、次いで「従業員の定着(58.8%)」、「人材の確保(52.6%)」となっている。また、充実させたい施策としては「健康管理」が上位に挙がっている。
出張エステは、このようなニーズに応えられるサービスである。企業内の空きスペースで施術するため、業務の合間に効率的に受けられる。仕事でたまった心身の疲れを癒すことで生産性が向上し、業務の効率化につながる。そして従業員の満足度が上がり、離職率も抑えられるだろう。他社との差別化も図れ、人材確保にも有用だ。出張エステのメリットを伝えながら企業へアプローチするサロンは多く、認知を広めている。
一般社団法人日本リラクゼーション業協会や特定非営利活動法人日本エステティック機構では、経済産業省の指針に基づきガイドラインを策定している。利用者や健康経営に取り組む企業が、安心してサービスを受けられる環境の整備が進んでいる。出張エステは企業に貢献できるサービスであることをさらに広め、業務獲得につなげていきたい。
出張エステの仕事
出張エステの仕事は「フロント」「移動・セッティング」「施術」「運営管理」「広告宣伝」に分けられる。それぞれの具体的な内容は以下の通り。
- フロント:予約受付・確認、会計、問い合わせ対応など
- 移動・セッティング(*1):利用者の指定場所でサロン空間を再現(ベッドや備品類のセッティング)
- 施術(*2):フェイシャルやボディのトリートメントなど
- 運営管理:売上や顧客管理、備品の管理・メンテナンス、各種書類作成など
- 広告宣伝(*3):SNS配信、ホームページ更新、企業や施設への営業活動など
(*1) 衛生管理に注意する
(*2) 国家資格が必要な施術は行わない
(*3) 医師法や薬機法などに抵触する用語は使用しない(ガイドラインでは「マッサージ」の表記も不可としている)
<参考>
- リラクゼーション業界におけるヘルスケアサービス品質向上に向けた自主ガイドライン 一般社団法人日本リラクゼーション業協会
- 認証基準 趣旨と解説 運用規程 特定非営利活動法人日本エステティック機構

出張エステの人気理由と課題
人気理由
- 実店舗が不要なため、少ない初期投資で開業できる
- エステは国家資格がなくても施術できる
- 個人だけでなく企業や施設からのニーズが増えている
課題
- 時間内に対応できる顧客数が限られている
- 新規顧客からの信頼を得づらい
- 実店舗がない場合、認知度アップやブランディングの難易度が上がる
開業のステップ
出張エステは、個人か法人での開業となる。ここでは、個人で開業する場合の例を紹介する。

出張エステに役立つ資格
国家資格は不要だが、エステに関する資格を保持していると競合他社との差別化を図れる。
フェイシャルエステやボディエステの資格には、日本エステティック協会が認定する「AJESTHE認定エステティシャン」、アロマトリートメントの資格にはアロマ環境協会が認定する「アロマセラピスト」が代表的なものとして挙げられる。
ヘッドスパは髪を濡らして行うものは美容師資格が必要だが、ドライタイプであれば不要だ。ドライヘッドスパの民間資格には、一般社団法人ドライヘッドスパ協会の「ヘッドマイスター」というものがある。
先述のように医療や福祉の分野で出張エステを行いたいなら、日本エステティック協会が認定する「AJESTHE認定ソシオエステティシャン」の資格取得を目指すと良い。
また、ケアビューティストとして高齢者への介護美容を行う場合、介護職員初任者研修など、介護職の基礎知識や技術を習得すると役に立つだろう。
開業資金と運転資金の例
開業するための必要な費用としては、以下のようなものが考えられる。
- 車両費:出張用車両代、保険料、ガソリン代など
- 備品・消耗品費:折り畳み施術ベッド、パソコン、電話、事務用品、エステ機器、美容商材消耗品など
- 広告宣伝費:ホームページ制作費、SNS広告掲載料、予約システム導入費、チラシ・リーフレット作成費など
以下、開業資金と運転資金の例をまとめた(参考)。


実店舗なしの出張エステは、新規顧客の獲得が鍵となる。SNSやGoogleなどweb媒体のみで広告展開するか、折込チラシといった紙媒体も用いてPRしていくか、顧客となるターゲットにあった広告を効率的に出すことが重要だ。車で移動している際も販促につながるように、カーラッピングで広告を打つのも良いだろう。
売上計画と損益イメージ
出張エステを開業した場合の1年間の収支をシミュレーションしてみよう。

年間の収入から支出(上記運転資金例)を引いた損益は下記のようになる。

実店舗を持たない出張エステは、開業資金や毎月の固定費を抑えられるため、リスクを少なく始められる。しかし実店舗がない分、いかに新規顧客を獲得していくかが課題となるだろう。
企業や施設との契約は、安定した売り上げにつながる可能性が高い。出張エステのメリットを積極的に伝えていき、利用者や企業、地域社会に貢献できる場を増やしていきたい。

※開業資金、売上計画、損益イメージなどの数値は、開業状況等により異なります。
(本シリーズのレポートは作成時点における情報を元にした一般的な内容のものであるため、開業を検討される際には別途、専門家にも相談されることをお勧めします。)