2026年 8月 24日
この記事では、在籍型出向を実際に進めるうえで押さえておきたい実務の要点を整理します。本人の同意の取り方、2種類の契約書の整備、賃金の負担割合と差額への対処、社会保険・労働保険の扱い、よくある課題と対処法、そして出向前の確認チェックリストと相談窓口をあわせて紹介します。
第1回・第2回では、在籍型出向の仕組みと多様な活用パターンを確認しました。「自社でも使えそうだ」と感じた経営者もいることでしょう。しかし、いざ動こうとしたときに「何から手をつければよいか」「どこに落とし穴があるか」がわからなければ、踏み出すのをためらってしまいます。
最終回となる今回は、そうした迷いや不安を解消できるよう、実務の具体的な進め方を一つひとつ確認していきます。何から着手すればよいか、どこに注意すべきかが分かれば、在籍型出向は決して手の届かない制度ではありません。ぜひ最後まで目を通し、自社での活用に向けた一歩を踏み出すきっかけにしていただければと思います。
1.本人の同意——すべての前提
在籍型出向を進めるうえで、まず欠かせないのが本人の同意です。就業規則や雇用契約書に「業務上の必要により出向を命じることがある」旨の規定があれば、個別の同意なく出向を命じることが一定の範囲で認められる場合があります。しかし、それだけで十分とはいえません。
出向は、社員にとって働く場所・業務内容・職場の人間関係が大きく変わる出来事です。労働契約法第14条は、出向命令が「必要性や対象者の選定などの事情に照らして権利を濫用したものと認められる場合」には無効となると定めています。出向の目的・期間・労働条件をきちんと説明し、本人が納得したうえで進めることが、トラブルを防ぐための基本です。
特に、出向先の業務内容や職場環境についての情報を事前に丁寧に伝えることが重要です。産業雇用安定センターでは、出向を検討する企業と労働者に対して、出向先企業の職場見学や説明会を提案するサービスも行っています。こうした機会を積極的に活用することが、ミスマッチの防止につながります。
2.契約書の整備——2種類の契約書を用意する
在籍型出向を実施する際には、原則として2種類の契約書を整備します。
(1)出向協定(基本契約)
出向元企業と出向先企業との間で締結する基本的な取り決めです。出向の目的、出向期間の上限、賃金の負担割合、社会保険の扱い、出向者の復帰条件など、制度の骨格となる事項を定めます。出向期間は一般的に数か月から3年程度が目安とされており、長期にわたる場合は転籍との境界が問われることがあるため、期間の設定は慎重に行うことが重要です。
(2)個別出向契約
特定の社員を出向させる際に、個々のケースに応じて締結する契約です。出向者の氏名、業務内容、勤務場所、出向期間、労働条件の詳細などを明記します。
厚生労働省の「在籍型出向『基本がわかる』ハンドブック」には、就業規則(出向規程)の参考例と出向契約書の参考例が収録されています。はじめて在籍型出向に取り組む企業は、まずこれらの雛形を参照しながら、自社の実情に合わせて内容を整えることをお勧めします。
3.賃金の支払いと負担割合
在籍型出向において、賃金の扱いは最も注意を要する実務事項のひとつです。
(1)誰が賃金を払うか
出向元・出向先のいずれが支払うかを出向契約で明確に定める必要があります。実務上は、出向元が引き続き賃金を支払い、出向先がその一部または全部を「出向負担金」として出向元に支払う形が一般的です。負担割合の決め方については法律上の定めはなく、出向先での業務の比重、出向者のスキルや役割、業界の慣行などを踏まえて、双方が納得できる割合を出向契約に明記します。
(2)賃金差額の問題
実務上よく生じる問題のひとつが、出向元と出向先の賃金水準の差異です。出向元での賃金が出向先の同等職種の相場より高い場合、その差額をどう扱うかが問題になります。一般的な対処としては、出向元が差額を補填する形で出向前の賃金水準を維持する方法が取られます。出向者の賃金が出向前より大幅に下がるような事態は、本人のモチベーション低下を招くだけでなく、労働契約法上の不利益変更として法的な問題になる可能性があります。
なお、賃金の負担割合を設定する際には、次のふたつの点に注意が必要です。
第一に、出向元が出向先への請求に手数料(利益)を上乗せすることは、営利目的とみなされ無許可の労働者供給事業として職業安定法上の問題になる可能性があります。
第二に、出向先が賃金を一切負担しない場合、出向元から出向先への「寄付」とみなされ、税務上のリスクが生じることがあります。負担割合の設定には、専門家への確認を怠らないようにしましょう。
4.社会保険・労働保険の扱い
健康保険・厚生年金については、原則として賃金を直接支払っている企業(多くの場合は出向元)が適用事業所となり、保険料を負担します。ただし、出向先が賃金を支払う場合は出向先が適用事業所となります。
労災保険については、出向者が実際に業務を行っている出向先の保険が適用されます。出向先の現場で指揮命令を受けて働いている以上、労働災害が発生した場合の責任は出向先が負うという考え方です。
雇用保険については、出向元・出向先のうち生計を維持するに必要な主たる賃金を多く支払っている側で被保険者となります。そのため、どちらが主たる賃金支払者かを明確にしておくことが必要です。
これらの保険関係の取り扱いは、ケースによって異なる場合があります。実際に出向を進める際は、社会保険労務士や所轄の年金事務所・ハローワークに確認することをお勧めします。
5.よくある課題と対処法
在籍型出向を実施した企業からは、いくつかの共通した課題が報告されています。事前に把握しておくことで、適切な対処が可能になります。
(1)職場とのミスマッチ
出向者が出向先の職場環境や業務内容になじめないケースがあります。防止策としては、前述の職場見学や説明会の活用に加え、出向開始後も出向元・出向先・出向者の三者が定期的にコミュニケーションを取る体制を整えることが重要です。問題が生じた場合に「気づかなかった」という事態を避けるため、定期的な面談や報告の仕組みを出向契約に盛り込んでおくことをお勧めします。
(2)出向者のモチベーション管理
「なぜ自分が選ばれたのか」「元の会社に戻れるのか」という不安が、出向者のモチベーション低下を招くことがあります。出向の目的と期間を明確に伝え、復帰後のポジションについても可能な範囲で見通しを示すことが、出向者の安心感につながります。
(3)復帰時の処遇
出向から戻った社員のポジションや役割が不明確なまま復帰を迎えると、本人も組織も戸惑います。出向期間中に習得したスキルや経験をどう活かすか、復帰後の役割についてあらかじめ方針を持っておくことが大切です。また、産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)を活用する場合、復帰後6か月間の賃金を出向前(出向直前)と比べて5%以上上昇させることが支給要件のひとつとなっています。復帰後の処遇方針を検討する際には、この点も念頭に置いておきましょう。
6.チェックリスト——出向を始める前に確認すること
在籍型出向を進める際の確認事項を整理します。
7.相談窓口
在籍型出向の実務については、以下の機関に相談することができます。
産業雇用安定センター(全国47都道府県)
マッチング支援から契約・手続きの相談まで、無料で対応しています。はじめての企業でも気軽に相談できる窓口です。
社会保険労務士
賃金の負担割合、社会保険・労働保険の手続き、就業規則の整備など、実務的な書類作成・手続きのサポートを依頼できます。
都道府県労働局・ハローワーク
助成金(産業雇用安定助成金スキルアップ支援コース:出向元・出向先双方への支援)の活用を検討する場合の窓口です。
活用に向けて
3回にわたり、在籍型出向の概要・活用パターン・実務の要点を解説してきました。今回紹介した内容は、導入を検討する際に知っておきたい基本的な事項です。実際の運用は企業の状況や出向の目的によって異なりますので、産業雇用安定センターや社会保険労務士などの専門機関に相談しながら進めることをお勧めします。在籍型出向を、経営課題を解決するひとつの選択肢としてご検討ください。




