ビジネスQ&A

退職した従業員によって社内の人材が引き抜かれるなどのリスクに対して、会社はどのように対策しておけばよいでしょうか。

2025年 12月 12日

経営者仲間から、「会社を辞めた従業員に、有能な社員を引き抜かれた」という話を聞きました。わが社も他人事ではありません。こうしたリスクを減らすには、会社はどのような対策を取っておけばよいでしょうか。

回答

従業員の職業選択の自由や営業の自由などの権利にも配慮しつつ、退職後の競業避止義務や引き抜き行為の禁止、秘密保持義務などに関する取り決めをしておくことが大切です。また、会社にとって重要な情報が、不正競争防止法の営業秘密として保護されるように、必要な条件をあらかじめ整えておくといった対策も有用です。

1.引き抜きなどのリスクについて

一般的に、従業員の引き抜きは以下の流れに整理できます。

  1. 引き抜き行為を受ける
  2. 勧誘された従業員が会社を退職する
  3. 引き抜きを行った会社に就業する
  4. 再就業先で具体的な業務を行う

社内の人材が引き抜かれると、労働力の喪失だけでなく、ノウハウの流出や顧客離れによる取引機会の喪失といった不利益が生じます。特に競業先に引き抜かれた場合には、これらの不利益が直接的な競争力の低下につながるため、その影響は一層大きくなります。

このような不利益を回避するため、会社は可能な限り事前に対策を取りたいところです。しかし、従業員の職業選択の自由など、対立する利益にも配慮した対策を取らないと、せっかく実施した対策の全部または一部が無効になる可能性があります。そこで、先ほどの1から4の流れに沿って、場面ごとにどのような対策が考えられるのかを見ていきましょう。

2.具体的な対策

(1)引き抜き行為への対策

引き抜き行為は、それが通常の勧誘行為にとどまる限りは適法です。そのため、元従業員による引き抜きを防止するには、在職中または退職後の引き抜き行為を禁止する誓約書をあらかじめ徴収しておくことや、在職中の就業規則にその禁止を定めておくことが有効です。

誓約書の徴収は、入社時と退職時の2回行うことが望ましいです。入社時に徴収しておくのは、引き抜きを画策している従業員は、退職時に誓約書の提出を拒否する可能性が高いためです。また、退職時に再度徴収することで、改めて誓約内容を認識させる効果が期待できます。

もっとも、元従業員による引き抜き行為は、元従業員本人やその所属先の営業活動の一環として行われる側面があることや、引き抜きを受ける側の職業選択(転籍)の自由にも関係します。そのため、これらの権利や利益にも一定の配慮をしないと、引き抜き行為を禁止する誓約書や就業規則の、全部または一部が無効と判断されるリスクがあります。

そこで、このような引き抜き行為を禁止するルールを設ける場合は、その内容が過度に広くならないよう十分な配慮が必要です。特に、引き抜き禁止や競業避止義務を“無期限”で課すと無効と判断される可能性が高いため、期間や対象範囲をしっかり決めておくことが大切です。たとえば、退職者に対する勧誘・採用行為の禁止期間を「最長1年」とする、または禁止対象を「同一事業所の従業員に限定する」など、期間や対象範囲を適切に限定することが求められます。

ただし、どこまでの限定が合理的かは企業の業種や状況によって異なり、個別の事情を踏まえて判断されます。最終的には、弁護士など専門家に確認することをお勧めします。

また、引き抜きのリスクが取引先にある場合には、取引期間中や取引終了後の一定期間、引き抜き行為を禁止する旨を取引先と合意しておくことも有効な対策となります(もちろん、独占禁止法などに抵触しない範囲での運用が前提です)。

(2)従業員の退職への対策

結論から言うと、従業員の退職そのものを完全に防ぐことは難しいです。

当事者が雇用の期間を定めなかったときは、雇用は解約の申し入れ日から2週間を経過することによって終了するとされています(民法第627条第1項)。従業員には職業選択の自由があり、労働者の意思に反して労働を強制することはできないこと(労働基準法第5条)などから、この解約(退職)の申し入れ期間を、当事者の合意によって制限することはできないと考えられています。

なお、雇用の期間を定めた従業員については、やむを得ない事由がなければ、契約期間中の退職を制限できると定められています(民法第628条)。ただし、労働基準法の附則第137条における暫定的措置として、労働基準法14条1項各号に定める専門的知識などを持つ労働者(医師や弁護士など)を除いては、契約期間が定められていても、労働契約の開始日から1年を経過した日以降であれば、従業員はいつでも退職できるとされています。

引き抜きのリスクが高い従業員は、雇用期間を定めていない場合が多いと考えられる上、雇用期間を定めている場合でも、通常は数年単位で雇用されることが多いため、退職そのものを制限して防ぐのは、一般的には難しいといえます。

(3)引き抜き先への就業に対する対策

従業員が退職後に引き抜き先に就業することを防ぐには、退職前に競業先への就業等を禁止する「競業避止義務に関する誓約書」を取り交わしておくことや、在職中の就業規則に競業先への就業等を制限する規定を設けておくことが有効です。

なお、在職中の従業員については特別の合意などがなくても、雇用契約上の義務として、原則として競業避止義務を負っていると考えられています。一方、退職後の従業員がどの会社に就職するか、または自ら独立して事業を行うかは、職業選択の自由や営業の自由の範疇(はんちゅう)といえます。特別な合意などがない限り、退職後の従業員が前職と競業する会社へ就職することは、これらの権利の行使として原則認められます。

そのため、前述の誓約書などによる対策が必要になりますが、退職後に引き抜き先への就業を制限する場合は、従業員の権利に十分配慮しなければ、その規定の全部または一部が無効と判断されるおそれがあります。したがって、権利への配慮を前提に、合理的な範囲で具体的なルールを定めることが求められます。

具体的な規定を設ける際には、少なくとも次の4点をできる限り限定することが重要です。

  1. 制限される期間
  2. 制限される地域
  3. 制限される業務や職種
  4. 対象となる従業員の範囲

それぞれの要点を補足すると、次のようになります。

  1. 期間については、一般に「1年を超える制限」は不相当と判断されるケースが多いといえます。
  2. 地域については、競業のおそれがある地域に範囲を絞ることで、無効とされるリスクを抑えられます。
  3. 業務内容や職種を具体的に限定することも、規定の有効性を高める要素になります。
  4. 対象となる部署や地位を限定せず、合理的な理由なく全従業員を対象とすることは避けるべきです。

さらに、会社側の正当な利益(営業秘密・ノウハウ・顧客関係の維持など)や、禁止への代償措置(割増退職金など)の有無といった個別事情も、合意や規定の有効性判断に影響します。

最終的には、個別案件ごとの状況を踏まえた総合判断が必要になるため、具体的な規定内容については弁護士などの専門家への相談をお勧めします。

(4)再就業先で具体的な業務を行う行為への対策

元従業員に再就職先で会社の重要な情報を利用された場合、特にそれが競業他社である場合には、会社が被る損害は大きなものになります。こうした情報を利用することを目的として、引き抜き行為が成されるケースも少なくありません。

そこで、仮に従業員を引き抜かれても、再就職先で重要な情報を利用することが困難になるような対策を取ることも重要です。具体的には、従業員が退職する前に秘密保持に関する誓約書を取り交わすことや、就業規則に秘密保持に関する規定を設けることが考えられます。

在職中の労働者は、労働契約に付随する義務として、使用者の営業上の秘密を保持する義務を負っていると考えられます。一方で、退職後の労働者が、明確な取り決め(約定)がない場合に、どこまで秘密保持義務を負うのかについては、議論のあるところです。

そのため、退職後の秘密保持を確実にするには、誓約書の締結や規程整備といった事前の対策が不可欠です。ただし、秘密保持義務は退職後の従業員の営業活動を制限する側面を持つため、内容が過度に広いと無効と判断される可能性があります。無効とされるリスクを避けるためには、次のような限定を設けることが望ましいとされています。

  • 対象となる秘密は、できる限り例示し、具体的に特定すること
  • 秘密に該当させる内容は、本当に秘密にする必要がある重要な情報に限ること

なお、不正競争防止法の営業秘密に該当する情報と認められれば、特別の合意や就業規則の定めの有無にかかわらず、その営業秘密の不正な侵害に対しては刑罰が科されるなど、より強力に保護されます。そのため会社にとって重要な情報については、この不正競争防止法の営業秘密として保護されるような体制を整えておくことが重要です。

不正競争防止法の「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法、その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう(不正競争防止法第2条第6項)とされており、秘密管理性、有用性、非公知性の3つの要件を満たす必要があります。

まずは現在の管理体制が、重要な情報が不正競争防止法の営業秘密として保護されるために十分な体制となっているかどうかを確認しましょう。不十分な場合は、改めて現状を把握した上で、必要な対策を検討してください。

3.対策の整理

以上の対策をまとめると、下表のように整理できます。具体的な条件の設定については、会社が置かれている状況によって変わる部分があります。必要に応じて、弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談しながら設定するとよいでしょう。

流れ

対策

ポイント

引き抜き行為

誓約書などにより引き抜きを禁止する。

禁止する期間や範囲を限定する。

退職

一般的には対策は困難。

期間の定めのない従業員の退職は制限できない。

競業先への就業

誓約書などにより競業行為を禁止する。

対象従業員、地理的範囲、禁止期間を限定する。

競業行為1

誓約書などにより守秘義務を課す。

対象となる秘密を具体的に特定し、秘密にする必要がある重要な情報に限定する。

競業行為2

営業秘密として保護される管理体制を取る。

秘密管理性、有用性、非公知性を満たしているか。

回答者

弁護士・中小企業診断士 江原 智

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