2026年 10月 21日

従業員15名の金属加工業の会社を経営しています。子どもが3人おり、長男・次男は別の会社で働いていて、後継の意思はありません。長女の夫(娘婿)が10年前から当社に入り、現在は工場長として経営の中核を担っているため、娘婿への承継を考えています。

自社株式や事業用資産が財産の大半を占め、ほかに自宅・預貯金・有価証券などがあります。後継者に株式を集中させると、長男・次男への配分が限られるため、公平な配慮の仕方が気がかりです。子どもたちの仲は良好で、争いを起こさず公平に承継したいと考えています。複数の子どもがいる中で公平な承継を進める方法と、娘婿への承継ならではの注意点を教えてください。

回答

まず、自社株式や事業用資産、個人資産の状況を把握し、家族で承継方針を共有することから始めます。事業承継における「公平」は、財産を同じ割合で分ける「平等」とは異なります。経営の安定を考えると、後継者へ自社株式や事業用資産を集中させる必要がある一方で、後継者以外の子には、生前贈与、生命保険、個人資産の配分などにより、別の形で配慮する方法を検討します。

また、娘婿への承継には、法定相続権がないこと、離婚・死別時の株式流出、実子との感情面の調整など、特有の注意点があります。公正証書遺言の作成、養子縁組、定款や株主間契約の整備などを検討する場合は、税理士や弁護士などの専門家に相談しながら進めることが重要です。家族との対話を起点に、5年から10年程度の中長期で準備を進めることが、円満な承継につながります。

1.事業承継における「公平」と「平等」の違い

事業承継において最初に押さえたいのは、「公平」と「平等」は異なるという考え方です。「平等」が財産を均等に分けることを指すのに対し、「公平」とは、後継者と後継者以外の子の立場や役割を踏まえ、家族全員が長期的に納得しやすい形で配分することを指します。

中小企業、特に小規模な企業では、自社株式や個人名義の事業用資産(工場の土地、店舗など)が、経営者個人の財産の大部分を占めるケースが少なくありません。中小企業庁の「事業承継ガイドライン」でも、事業の継続のためには、後継者へ自社株式を集中させることが重要とされています。

対策を進めるにあたっては、まず自社株式の評価額や財産構成を把握し、家族との対話を通じて、後継者(今回のケースでは娘婿)やその配偶者(同、長女)の意向、後継者以外の子(同、長男・次男)の考えを丁寧に確認することが大切です。

基本的な考え方としては、自社株式や事業用資産は後継者へ、それ以外の個人資産(不動産・預貯金・有価証券など)は後継者以外の子へ配分する方法が考えられます。ただし、自社株式や事業用資産が財産の大半を占め、個人資産だけでは十分な配慮が難しい場合には、生命保険などを活用して金銭面で補う方法も検討します。何より重要なのは、子どもたち全員の納得感であり、総合的な公平の視点が欠かせません。

2.後継者以外の子への配慮と承継対策

後継者以外の子への対応には、大きく分けて、自社株式以外の財産を配分する「配慮策」と、後継者の経営権を守るための「承継対策」があります。

(1)後継者以外の子への配慮策

第一に、遺言の活用です。経営者の死亡時に、自社株式以外の財産(不動産・預貯金・有価証券など)を後継者以外の子に配分する旨を遺言で示しておく方法です。特に不動産は分割が難しいため、誰にどの財産を渡すかを明確にしておくことが重要です。遺言を作成する場合は、形式不備や紛失のリスクを避けるため、公正証書遺言の作成を検討するとよいでしょう。なお、自筆証書遺言を選ぶ場合は、法務局による「自筆証書遺言書保管制度」を利用することで、紛失や改ざんのリスクを軽減できます。

第二に、生前贈与です。経営者の生前に、後継者以外の子へ預貯金や有価証券などを段階的に贈与する方法です。贈与税の計算方法には、暦年課税や相続時精算課税があります。制度ごとに、基礎控除、相続時の加算、贈与後の変更可否などが異なるため、税理士に相談しながら早めに設計することが重要です。

第三に、生命保険の活用です。経営者を被保険者とし、後継者以外の子を保険金受取人にすることで、金銭面での配慮をしやすくなります。ただし、契約者・被保険者・受取人の組み合わせによって税務上の取扱いが異なります。また、保険金額が著しく多い場合などは、特別受益として遺留分算定に含まれる可能性もあるため、個別に確認が必要です。

(2)後継者の経営権を守る対策

第一に、経営承継円滑化法の民法特例を活用する方法です。後継者へ株式を集中させると、他の相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があります。一定の要件を満たし、推定相続人全員と後継者の合意、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可を得ることで、贈与株式を遺留分算定の対象から外す「除外合意」や、評価額を固定する「固定合意」を行える場合があります。手続きが複雑なため、弁護士や税理士などの専門家に相談しながら検討することが必要です。

第二に、種類株式の活用です。たとえば、後継者に議決権のある普通株式を、他の子に議決権制限のある配当優先株式を承継させることで、経営権の集中と経済的配慮を両立できる場合があります。ただし、種類株式の発行には定款変更が必要であり、株式評価や税務面の検討も必要です。会社の状況に応じて、専門家と慎重に設計することが重要です。

3.事業承継計画書で家族・株式・財産の対策を整理する

ここまで紹介した配慮策や承継対策を進めるには、「事業承継計画書」の策定が有効です。事業承継は一般に5年から10年程度の中長期で取り組むものです。経営者と後継者が認識を合わせ、家族全員で共有するためにも、計画書を作成しておくと進めやすくなります。

計画書には、経営理念、後継者育成の方針、株式・財産の承継時期、家族への配慮策などを盛り込みます。中小企業庁の「事業承継ガイドライン」には、策定手順や記載項目が示されているため、これを参考にしながら、税理士、中小企業診断士、弁護士などの専門家とともに作成するとよいでしょう。

計画策定の過程で自社株式の評価額が高いと分かった場合は、役員退職金の支給や資産構成の見直しなど、株価対策を検討することもあります。株価が下がれば、贈与税・相続税の負担や遺留分への影響を抑えられる可能性があります。ただし、役員退職金の額や支給時期は、会社の手元資金、運転資金、税務上の妥当性などを踏まえて判断する必要があります。

また、後継者の相続財産が自社株式中心となるケースでは、「事業承継税制」の活用も選択肢となります。一定の要件を満たす場合、自社株式に係る相続税・贈与税の納税猶予等を受けられる制度です。税負担の平準化や資金繰りの面で有効な選択肢となる場合がありますが、適用要件や継続要件が複雑なため、活用の可否は事前に専門家へ相談してください。制度改正が行われることもあるため、適用期限などの最新情報も確認する必要があります。

計画書の作成には、配慮策の比較表と、承継準備の確認リストを活用すると整理しやすくなります。

表1:後継者以外の子への対応と承継対策の比較(5手法)

手法

主な内容

メリット

留意点

遺言

経営者の死亡時に自社株式以外の財産(不動産・預貯金・有価証券など)を後継者以外の子に配分する旨を明示

・分割が難しい不動産も明確に配分できる

・遺産分割協議での争いを抑えやすい

・遺留分への配慮が必要

・公正証書遺言の作成を検討

生前贈与

経営者の生前に後継者以外の子へ個人資産を段階的に贈与(暦年課税・相続時精算課税など)

・手続きが簡便

・経営者の意思を直接伝えられる

・段階的に進められる

・制度の選択や金額により贈与税の申告が必要

生命保険の活用

後継者以外の子が保険金を受け取れるよう設計し金銭面で配慮

・後継者以外の子へ金銭を用意しやすい

・原則として遺産分割協議の対象外

・契約形態により税務上の取扱いが異なる

・保険金額が著しく多いなど特別受益に該当する場合は遺留分算定に含まれる可能性

経営承継円滑化法の民法特例

推定相続人全員と後継者の合意、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可で除外合意・固定合意が可能

・一定の手続きにより、贈与株式を遺留分算定の対象から除外できる場合がある

・一定の手続きにより、評価額を固定できる場合がある

・推定相続人全員の合意+大臣確認+家裁許可が必要

種類株式の活用

後継者に普通株式を、他の子に議決権制限の配当優先株式を承継

・経営権集中と経済的配慮を両立しやすい場合がある

・定款変更が必要

・評価が複雑で税務上の検討が必要

表2:事業承継準備のチェックリスト(4段階) ※自社の状況に応じて該当項目を確認

段階

確認事項

主な相談先

1.現状把握

□ 自社株式の評価額を算出したか
□ 事業用資産の一覧を作成したか
□ 個人資産(不動産・預貯金・有価証券など)の一覧を作成したか

税理士

2.家族会議

□ 後継者・配偶者の意向を確認したか
□ 子どもたちに承継方針を説明したか
□ 家族全員の理解を得たか

中小企業診断士・税理士・弁護士

3.対策設計

□ 株式評価額が高い場合は株価対策を検討したか
□ 事業承継税制の適用要件を確認したか
□ 遺言・生前贈与(暦年課税・相続時精算課税)の活用方針を決めたか
□ 生命保険の必要保障額を試算したか
□ 民法特例の活用可否を検討したか
□ 種類株式の要否を検討したか
□ 娘婿を後継者とする場合は、養子縁組の要否を検討したか

税理士・弁護士

4.実行

□ 贈与契約書を作成したか(必要に応じて贈与税申告)
□ 事業承継税制の申請手続きを行ったか
□ 保険契約を締結したか
□ 民法特例の合意書・申請書類を作成したか
□ 必要な定款変更を行ったか(種類株式・売渡請求など)
□ 公正証書遺言を作成したか

税理士・弁護士・司法書士

重要なのは、対策を決めてから家族に伝えるのではなく、早い段階で家族会議を行うことです。対策を先に進めると、子どもに「親が勝手に決めた」と受け止められる可能性があります。まず家族の意向を確認したうえで、必要な対策を設計することが、円満な承継につながります。

なお、事業承継の基本的な進め方は中小企業庁の「事業承継ガイドライン」、民法特例や事業承継税制などの制度は中小企業庁・国税庁の案内で最新情報を確認できます。具体的な相談先としては、各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センター、商工会・商工会議所、税理士、弁護士、中小企業診断士などを活用するとよいでしょう。

4.娘婿へ事業承継する場合の注意点

今回のケースのように、実子ではなく娘婿を後継者とする場合は、実子への承継とは異なる注意点があります。

第一に、子の配偶者には法定相続権がない点です。娘婿には法定相続権がないため、相続が発生しても、自社株式や個人名義の事業用資産を相続人として当然に取得することはできません。娘婿へ承継する場合は、生前贈与や売買、遺贈、養子縁組など、承継方法をあらかじめ検討しておく必要があります。公正証書遺言の作成を検討することも選択肢のひとつです。

ただし、遺贈は実子の遺留分侵害額請求の対象となる可能性があります。また、娘婿は一親等の血族ではないため、相続税の2割加算の対象となります。遺言の付言事項に「なぜ娘婿を後継者に選んだのか」を記しておくことで、実子の理解を得やすくなる場合もあります。いずれにしても、経営者の意思能力があるうちに早めに検討することが望まれます。

養子縁組も選択肢のひとつです。養子縁組により娘婿が法定相続人となれば、相続人としての権利が認められ、家族として正式に位置づけられます。税務面では、相続税の2割加算が回避され、相続税の基礎控除額・生命保険非課税枠が増加します。ただし、実子の相続分や遺留分、家族関係に大きく影響するため、税理士や弁護士に確認しながら慎重に判断する必要があります。

第二に、離婚や死別による経営権流出のリスクです。承継後に長女と娘婿が離婚した場合、後継者が会社経営から離れる可能性があります。また、娘婿が先に亡くなった場合、株式が意図しない相手へ移転する可能性もあります。

対策としては、株式譲渡制限規定、相続人に対する売渡請求、経営から離れる場合の株式買い戻し条項などを検討します。これらは定款や株主間契約の整備が関係するため、弁護士や司法書士などの専門家と確認しながら進めることが重要です。

第三に、実子との関係です。「家業が姻族に渡る」と受け止める実子もいるため、娘婿を後継者に選んだ経緯や、10年にわたる工場長としての実績を丁寧に説明することが大切です。実子が後継の意思を持たない場合でも、財産配分や経営権の移転について十分に説明し、理解を得る努力が必要です。

5.まとめ:家族の理解を得ながら計画的に進める

事業承継における「公平」とは、後継者への経営資源の集中と、後継者以外の子への別の形での配慮を両立させることです。本記事のケースでは、家族会議で方針を共有したうえで、自社株式などの経営資源を娘婿へどのように承継するかを検討するとともに、長男・次男・長女それぞれへの相続上の配慮も整理します。必要に応じて、遺言、生前贈与、民法特例、事業承継税制などを組み合わせることも考えられます。

娘婿への承継では、公正証書遺言、養子縁組、定款整備、株主間契約などの検討が必要になる場合があります。いずれも税務・法務・家族関係に影響するため、早い段階で税理士、弁護士、中小企業診断士、司法書士などに相談し、家族の理解を得ながら計画的に進めましょう。

回答者

税理士、中小企業診断士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士 大橋 弘明