2026年 10月 14日
私は製造業を営む中小企業の経営者です。自身の年齢を考え、事業承継を検討する時期を迎えています。一方で、近年は人手不足や原材料価格の高騰、取引環境の変化などの影響で、売上や利益が伸び悩んでいます。業績が低迷していても事業承継はできるのでしょうか。事業承継に向けて取り組むべきことや注意点、公的支援制度や相談先について教えてください。
回答
業績が良くない企業であっても、事業承継を進められる可能性はあります。事業承継においては、損益計算書(P/L)上の利益だけでなく、長年培ってきた技術力、安定した顧客基盤、従業員のノウハウ、将来の成長可能性などの「知的資産(目に見えない経営資源)」も重要な要素になるためです。
ただし、業績不振の根本的な原因を分析し、経営改善計画を策定することが重要です。また、後継者の早期育成、自社株の評価や自社株の承継(贈与・譲渡など)の方法、金融機関との関係整理や経営者保証の取扱いの確認も進める必要があります。事業承継・引継ぎ支援センターや商工会議所などの支援機関を活用し、専門家の助言を受けながら計画的に準備を進めることが大切です。
1.業績不振でも事業承継を進められる可能性はある
事業承継とは、単なる数値の引き継ぎではなく、企業が持つ経営資源を次世代へ引き継ぐ取り組みです。中小企業庁の事業承継ガイドラインでは、承継すべき経営資源を「人(経営)」「資産」「知的資産」の3つに整理しています。具体的には、後継者への経営ノウハウや経営理念の承継、自社株や事業用資産の承継、技術力や顧客基盤、取引先との信頼関係などの承継が含まれます。一時的な赤字や売上減少があっても、これら企業の本質的な価値が失われたわけではありません。
むしろ、業績不振の時期だからこそのポジティブな側面もあります。第一に、利益や純資産が減少しているタイミングは「自社株の評価額(株価)」が通常より下がっている可能性が高い点です。業績低迷により自社株評価が下がる場合には、株式の贈与・譲渡を検討しやすくなることがあります。ただし、非上場株式の評価や税負担は会社の財務内容、株主構成、承継方法によって異なるため、税理士などの専門家に確認することが必要です。
第二に、事業承継は単なる経営権の引き継ぎではなく、後継者が新たな発想で経営革新や新規事業に取り組む契機となる点です。事業承継を企業の成長や変革の機会として捉えることで、新たな発展につながる可能性があります。
「業績が良くなってから承継する」のではなく、「事業承継をきっかけに会社を立て直す」という前向きな発想の転換が円滑なバトンタッチを生み出します。まずは自社の現状を正しく分析し、隠れた強みを再発見することが承継への第一歩となります。自社だけでは気づきにくい課題や強みもあるため、必要に応じて専門家の客観的な視点を活用することも有効です。
2.事業承継前に行うべき「見える化」と「磨き上げ」
業績が良くない企業が事業承継を成功させるためには、引き継ぐ前に自社の現状を客観的に把握する「見える化」と、企業価値を高める「磨き上げ」に取り組むことが重要です。
「見える化」では、財務状況や経営課題だけでなく、技術力や顧客基盤、取引先との信頼関係など、自社の強みや将来性も整理します。さらに「見える化」で把握した課題や強みを踏まえ、不採算事業の見直しや業務効率化、販路開拓などの「磨き上げ」を行うことで、事業承継後の成長可能性を高めることができます。後継者や金融機関に対して会社の将来像を示すことは、承継への理解と協力を得るうえでも欠かせません。
具体的な実務としては、次のような事項に取り組むとよいでしょう。
(1)業績不振の原因の分析
売上減少や利益低下の要因を明確にし、自社の課題を把握します。市場環境の変化、人手不足、価格転嫁の遅れなど、業績不振の原因を整理することが出発点となります。
(2)経営改善計画の策定
原因分析を踏まえ、不採算事業の見直し、原価管理の強化、価格転嫁の推進、販路開拓などの改善策を盛り込んだ中期事業計画を策定します。計画には売上高や利益目標だけでなく、具体的な行動計画や実施時期も明記し、定期的に進捗を確認することが重要です。経営改善の道筋が明確になることで、後継者や金融機関の理解も得やすくなります。
(3)金融機関との情報共有
借入金がある場合は、事業承継の方針や経営改善計画を金融機関に説明し、将来の返済見通しについてあらかじめ理解を得ておくことが望まれます。
(4)後継者の育成
後継者を早期に選定し、経営判断の経験を積ませながら、取引先との関係や経営理念、経営ノウハウを段階的に引き継ぎます。
(5)株式対策の検討
自社株の保有状況や株価を確認し、必要に応じて株式の集約や贈与などを検討します。業績低迷により株価が低い時期は、承継を進める好機となる場合があります。
事業承継では、現在の経営者が抱える課題をそのまま後継者へ引き継ぐのではなく、可能な限り整理・改善したうえでバトンを渡すことが望まれます。その意味で、経営改善は事業承継を成功させるための土台となる取り組みと言えるでしょう。現経営者が元気なうちから計画的に着手することが、円滑な事業承継への近道となります。
3.事業承継で活用できる公的支援制度・相談先
事業承継を進める際に、経営者だけで進める必要はありません。国や自治体は中小企業の事業承継を支援するため、さまざまな支援制度や相談窓口を用意しています。これらを活用することで、事業承継と経営改善を効率的に進めることができます。
主な支援制度・相談窓口は次のとおりです。なお、支援制度は、公募時期、対象者、対象経費、補助率、申請要件が変更される場合があります。利用を検討する際は、必ず最新の公募要領や各支援機関の案内を確認してください。
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支援制度・相談窓口 |
主な内容 |
|---|---|
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商工会・商工会議所 |
事業承継、経営改善、資金繰りなどに関する相談。地域によっては専門家派遣などの支援も実施 |
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事業承継・引継ぎ支援センター |
親族内承継、従業員承継、M&Aに関する無料相談 |
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よろず支援拠点 |
売上向上、経営改善、販路開拓などの経営相談 |
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早期経営改善計画策定支援事業 |
専門家による経営改善計画策定費用の一部補助 |
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事業承継・M&A補助金 |
事業承継やM&Aに伴う設備投資や専門家費用等を支援 |
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事業承継税制 |
非上場株式の贈与税・相続税の負担軽減 |
「事業承継・引継ぎ支援センター」は全国に設置されている公的機関であり、後継者が決まっていない段階でも相談が可能です。親族内承継だけでなく、従業員承継や第三者承継(M&A)についても中立的な立場から助言を受けることができます。地域によっては商工会議所や商工会でも事業承継に関する相談や専門家派遣を受け付けているため、身近な相談窓口として活用することも有効です。
4.業績不振の企業が承継時に注意すべきポイント
事業承継を進めるうえでは、いくつかの誤解や注意点があります。
まず、「業績が悪い会社は事業承継できない」という考えは、必ずしも正しいとは言えません。事業承継では利益だけでなく、技術力や顧客基盤、地域での信用なども重要です。そのため、業績が低迷していても承継できる可能性があります。
一方で、慢性的な赤字や過大な借入金がある場合は注意が必要です。特に経営者が金融機関からの借入金を個人保証しているケースでは、後継者の大きな負担となることがあります。近年は経営者保証の見直しを支援する制度も整備されていますので、金融機関や専門家へ早めに相談することが望まれます。
また、後継者を決めて株式を引き継ぐだけでは事業承継は完了しません。取引先や金融機関、従業員との信頼関係を引き継ぐことも重要です。現経営者と後継者が一定期間共同で経営に携わり、段階的に権限を移譲していくことが望ましいでしょう。
さらに、後継者不在、多額の借入金、相続問題、自社株対策、M&Aの活用などが関係する場合は、税務・法務・財務の専門知識が必要となります。こうしたケースでは、専門家の支援を受けながら早めに準備を進めることが大切です。特に業績不振企業の事業承継では、経営改善と承継準備を同時に進める必要があるため、早い段階から専門家へ相談しておくと安心です。自社株の承継や事業承継税制の活用を検討する場合にも、税理士・弁護士・中小企業診断士などと連携しながら進めることが望ましいでしょう。
5.まとめ:経営改善と承継準備を並行して進める
業績が低迷していても、技術や顧客基盤などの経営資源に価値があり、経営改善の道筋を示せる場合には、事業承継を進められる可能性があります。また、業績低迷により自社株評価が下がっている場合は、自社株の承継(贈与・譲渡など)を検討する機会にもなります。ただし、税負担や手続きは会社の状況によって異なるため、税理士などの専門家に確認することが重要です。
事業承継を円滑に進めるには、業績不振の根本原因を分析し、「経営の磨き上げ」と「承継準備」を並行して進めることが大切です。経営者保証や資金繰りなどの課題に早めに対応するため、まずは商工会議所・商工会、事業承継・引継ぎ支援センターなどの相談窓口を活用し、必要に応じて税理士、弁護士、中小企業診断士、金融機関などに相談しながら進めましょう。
- 回答者
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中小企業診断士 高野 雅之






