民法改正による新制度(第4回)- 危険負担
2021年8月4日
- 解説者
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弁護士 橋本阿友子
民法では、「危険負担」という考え方があります。売買等の双務契約が成立した後に、一方の債務が債務者の責任がない事由(災害など)で目的物が滅失や損傷し、(物を引渡すという債務が)履行できなくなった場合に、そのリスクを当事者のいずれが負担するか、という問題で、民法ではこれに対する回答が明記されています。
改正民法では、この危険負担の制度が見直されています。そこで、以下、危険負担に関する従来の制度と比較しつつ、変更点をみていきたいと思います。
1.従来の制度
売買のような双務契約(契約の当事者の双方が、互いに債務を負担する契約)で、契約が成立した後、一方の債務が、債務者の責めに帰すことのできない事由により履行不能になった場合、反対債務(当該履行不能となった債務の債務者の相手方が負担する債務)が存続するのか、あるいは消滅するのか、問題となります。
この問題に関しては、2つの解決方法があります。①買主の代金支払義務も消滅するという方法と、②買主の代金支払義務は残る、という方法です。①前者を債務者主義(債務者が危険を負担する)、②後者を債権者主義(債権者が危険を負担する)といいます。
改正前民法では、原則として①債務者主義を採用していました。
例えば、大阪にいる著名な作家が、東京で開催される会合で講演を頼まれ、これを100万円で引き受けた場合を想定します。講演の当日、この作家が大阪から東京に向かう新幹線の車中で、大地震が起き新幹線が止まり、会合終了時までに会場に到着することができませんでした(前提として、会合の開催日時は、会場との契約の関係で、変更ができなかったものとします)。
この場合、作家による公演を行う債務は、作家の責めに帰すことができない事由により履行不能となっています。そのため、原則として、会合の主催者が100万円を支払う債務も消滅すると考えられていました。
他方、改正前民法は、履行不能が債権者の責めに帰すべき事由によって生じた場合と、特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合には、例外的に②債権者主義を採用しています。民法上、「特定物」とは、当事者がその物の個性に着目した物のことをいいます(「特定物」以外は、一般に不特定物と呼ばれています)。
例えば、1970年代にストラディバリウスが製作したとされるヴァイオリンの売買契約を想定してみましょう。契約成立後、買主が代金を支払うまでの間に、当該ヴァイオリンを保管している倉庫が近隣からの延焼で焼失してしまい、ヴァイオリンも滅失してしまいました。
このケースで、売主の買主に対するヴァイオリンを引き渡す債務は、履行不能となります。しかし、改正前民法の下では、上記のヴァイオリンは特定物であるため、債権者主義による結果、買主の代金支払い債務は残ることになるのです。
特定物か否かというだけで、上の2つの例の結論に差が生じる点について、納得しがたい感じがする人も少なくないかもしれません。これは、もともと所有者が危険を負担するという発想が根底にあり、特定物は契約締結時に売主から買主へ所有権が移転するために、買主負担となるという帰結が導かれたものによります。しかしながら、この債権者主義を採用した民法の条文については、合理性がないとした批判がありました。
そこで、改正民法は、この債権者主義を定めた改正前民法534条(及びそれに関連する535条)を削除することとしました。
2.新制度-債権者主義への統一と、反対給付の履行拒絶
改正民法は、債権者主義を定めた条文を削除し、危険負担を特定物か不特定物かで区別せず、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったとき」の処理として、シンプルに定めています。さらに、改正前民法では、従来は履行不能を原因として債務が消滅するものと定められていましたが、改正民法は、債務は消滅せず、債権者の履行拒絶という形で規定しています。
(債務者の危険負担等)
第536条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
この点に関連して、改正民法の下、履行不能の場合には、債務者に責めに帰すべき事由があるかどうかにかかわらず、債権者は契約を解除できることになりました。このような解除の規定と矛盾を避けるべく、履行不能の場合に、債権者は履行を拒絶することができるにとどまることとされました。改正後は危険負担の場面でも債務は当然には消滅せず、債権者が債務から解放されるためには、契約解除の意思表示をしなければならないことになります。
3.実務への影響
以上のとおり、当事者双方の帰責事由によらない債務不履行について、債権者の債務は当然には消滅せず、債務を消滅させるには、債務不履行による解除の意思表示をする必要が生じることになりました。もっとも、債権者の立場からは、債務の履行を請求された場合、履行不能に基づく履行拒絶をするか、解除をすることによって債務を消滅させることができるので、事実上の影響は大きくはないと思われます。
ところで、雇用契約に関連しては、若干の論点が遺されています。雇用契約では、ノーワーク・ノーペイの原則があるため、就労できなかった期間に関する具体的な報酬請求権は発生しません。しかし、判例・通説は、改正前民法536条2項を根拠に、当事者の責めに帰すべき事由により労務の履行が不能となった場合には、具体的な報酬請求権が発生すると解していました。この点、本条2項が、従来の「反対給付を受ける権利を失わない」という表現から「反対給付の履行を拒むことができない」と変更されたことからは、具体的な報酬請求権の発生を根拠づけられないのではないかという、理論的な問題が生じてはいます。しかし、立法担当者は、改正前の通説・判例の解釈を変更するものではないと考えており、結果的にはこの論点に関しての実務への影響は少ないと思われます。
いずれにせよ、債権の規定は任意規定(コラム・「契約不適合」参照)ですので、契約で民法とは別のルールを定めることは可能です。危険負担は契約でも明記がなされる場合が多いと思われますが、今後も、危険のリスクを当事者のいずれが負担するかにつき契約書で明確化されることが期待されます。
解説者
事務所:骨董通り法律事務所
資格:弁護士
氏名:橋本阿友子