2026年 8月 12日

中小企業の資金調達をめぐっては、不動産担保や経営者保証(※)に依存した従来型の融資慣行が長年の課題とされてきました。2024年6月に成立し、2026年5月25日に施行された「事業性融資の推進等に関する法律」(事業性融資推進法)は、こうした課題に対応するため、会社の事業全体の価値に着目する新しい担保制度「企業価値担保権」を創設しました。

※経営者保証とは、会社が借入金を返済できなくなった場合に、経営者が個人で返済することを約束する保証

企業価値担保権とは、簡単にいえば、土地や建物などの個別の財産ではなく、会社の事業全体が生み出す価値そのものを担保の対象とする制度です。本稿では3回にわたり、企業価値担保権の基本的な仕組み、従来の担保権との違い、実務上の留意点などを解説します。第1回では、制度創設の背景と、従来の担保権との違いを整理します。

1.企業価値担保権とは? 創設された背景

中小企業の資金調達では、これまで「担保になる不動産はありますか」「社長個人の保証をお願いします」と言われることが少なくありませんでした。

もちろん、不動産担保や経営者保証には、金融機関が融資をしやすくなるという面があります。しかし、会社に不動産がない場合や、社長個人が保証を負うことに大きな不安がある場合には、事業自体に将来性があっても、十分な資金を借りにくいという問題がありました。

このような課題を背景に創設されたのが、企業価値担保権です。企業価値担保権という名称自体は法律の名前ではなく、「事業性融資の推進等に関する法律」(いわゆる事業性融資推進法)によって新たに設けられた担保権を指す言葉です。

2.企業価値担保権は会社の「総財産」を一体として見る制度

企業価値担保権の大きな特徴は、会社の「総財産」を一体として担保の対象にする点にあります。総財産とは、会社が持っている財産全体のことです。法律上は、将来取得する財産も含まれるものとされています。

従来の担保では、たとえば「この土地に抵当権を設定する」「この売掛金を担保にする」というように、特定の財産を個別に見ていました。

これに対して、企業価値担保権では、会社が事業を続けることで生み出す価値をより広く捉えます。たとえば、売掛金、在庫、設備だけでなく、主要取引先との契約、顧客基盤、ノウハウ、ブランド、従業員の技術や組織力なども、事業価値を支える要素として意識されます。

もっとも、ここで注意が必要です。企業価値担保権は、「顧客リスト」や「ブランド」だけを切り出して担保にする制度ではありません。あくまで、会社の総財産を一体として見たうえで、その会社が事業としてどのような価値を持っているかを評価する制度です。

事業価値担保権が見る「事業全体の価値」

3.従来の担保権と何が違うのか

従来の担保制度では、土地や建物、預金、売掛金、在庫など、それぞれの財産を個別に担保とするのが一般的でした。

<従来のおもな担保権>

  • 抵当権:土地・建物などの不動産を担保にする。
  • 質権:預金・株式などの特定の財産を担保にする。
  • 譲渡担保:売掛金・在庫などの特定の財産を担保として利用する。

これらはいずれも、基本的には「個別の財産」に着目します。

一方、企業価値担保権は、会社の事業を一体として捉える制度です。たとえば、地域で長年信頼を積み重ねてきた会社、特定分野に強い技術を持つ会社、安定した顧客基盤を持つ会社などには、貸借対照表に表れにくい価値があります。

従来の融資では、こうした価値が十分に評価されないこともありました。企業価値担保権は、そのような会社の「事業としての力」に目を向ける制度だといえます。

ただし、「企業価値担保権を使えば、必ず経営者保証が不要になる」というわけではありません。法律の目的としては、不動産担保や経営者保証に過度に依存した融資慣行を見直すことが掲げられています。しかし、実際の融資条件は、会社の財務状況、事業計画、既存借入、金融機関の審査などによって変わります。

従来型融資と企業価値担保権の違い

4.担保を設定しても、通常の事業は続けられる

企業価値担保権という名前を聞くと、「会社全体が担保の対象になるなら、経営の自由がなくなるのではないか」と感じる経営者がいるかもしれません。

この点については、通常の事業活動は続けられる、という理解が出発点になります。会社は、日々の仕入れ、販売、サービス提供、売掛金の回収、通常の設備更新などを行いながら事業を継続します。

もっとも、何でも自由にできるわけではありません。会社の価値を大きく減少させるような重要な資産処分や、事業の重要部分の譲渡などについては、担保権者側の同意が必要になる場面があります。

たとえば、会社の主力事業を第三者に売却する、主要な設備を大幅に安く売却する、重要な契約関係を失わせるような取引をする、といった場面です。

そのため、企業価値担保権を利用する場合には、融資契約や信託契約の中で、会社がどのような事項を守る必要があるのか、どのような情報を金融機関側に報告する必要があるのか、また、どのような行為に事前同意が必要となるのかを確認しておく必要があります。このような、融資契約で借り手が負う財務・事業運営上の約束、報告義務、制限条項などを、一般に「コベナンツ」といいます。

通常の事業活動と注意が必要な行為

5.中小企業が確認したいメリットと注意点

企業価値担保権は、中小企業にとって、新しい資金調達の可能性を広げる制度です。

特に、不動産を多く持たない会社、経営者保証に頼らない資金調達を模索している会社、事業承継や第二創業を控えている会社にとっては、今後、選択肢のひとつになる可能性があります。

一方で、制度を利用するには、会社の事業内容、財務状況、主要契約、既存担保、借入状況などを金融機関に説明できる状態にしておく必要があります。また、担保設定後には、金融機関や担保権を管理する信託会社との間で、一定の情報共有やモニタリングが行われることも想定されます。

つまり、企業価値担保権は、「担保を差し入れて終わり」という制度ではありません。むしろ、金融機関に自社の事業を理解してもらい、継続的に関係をつくっていく制度です。

その意味では、会社側にも、自社の強み、収益構造、将来計画、リスクを説明する力が求められます。

6.企業価値担保権を利用する前に確認したいこと

今回の記事のポイントは、次の3つです。

  1. 企業価値担保権は、不動産や個別資産だけではなく、会社の事業全体の価値に着目する制度です。
  2. この制度は、不動産担保や経営者保証に過度に依存した融資慣行を見直すことを目的としていますが、個別の融資で経営者保証が不要になるかどうかは、金融機関との協議や審査によります。
  3. 通常の事業活動は続けられる一方で、重要な資産処分や事業譲渡などについては、契約上の制約がかかる可能性があります。

企業価値担保権は、中小企業にとって資金調達の新しい選択肢になり得ます。ただし、活用するには、自社の事業価値を説明できる資料整理と、契約内容の慎重な確認が欠かせません。特に、資金調達や事業承継を検討する場面では、金融機関との協議に入る前に、契約条件や担保設定の影響を専門家と確認しておくことが重要です。

次回は、企業価値担保権で問題となる「事業価値」とは具体的に何を指すのか、無形資産や登記制度との関係を整理します。

監修

松澤経営法律事務所 所長
松澤社会保険労務士事務所 所長
弁護士・社会保険労務士 松澤 功