省エネQ&A

水素エネルギーとは (その1)

2021年1月20日

回答

2020年10月に政府は、2050年に温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを表明しました。そして、同年12月には、その実現のための「グリーン成長戦略」が公表されました。その中で、14分野の1つとして「水素産業」を取り上げ、今後の取組みなどが記されています。
水素エネルギーに係る産業は業種の幅が広く、かつ上流から下流の工程まで裾野が広いため、中小企業が参画する機会も多いと思われます。
そこで今回は、水素は、そもそもどのように利用するのか、また、政府は、水素産業の発展に関してどのように取り組んでいこうとしているか、について述べます。
次回以降、水素の生産、輸送、および貯蔵の過程について述べていきます。

1. 水素の用途

(1) 発電への利用 1),2)

(1)燃料電池による発電

名前に「電池」が付いていますが、乾電池や蓄電池のように、電気を貯める機能はありません。水素と酸素の電気化学反応で電気を発生させる発電のための装置です。発電に伴って発生するのは水であり、火力発電のようにCO2を発生しません。
燃料電池にはいくつか種類がありますが、自動車用の燃料電池は固体高分子形燃料電池です。これは、図1のようなセルを多数積み重ねたスタックと呼ばれるもので構成されています。セルは図2のように、固体高分子膜を燃料極と空気極が挟んだ形となっており、燃料極では水素が供給され、空気極では空気が供給され、水が排出されます。

燃料電池は、多くの場合、移動体に搭載されます。日本では世界に先駆けて燃料電池自動車(FCV)が2014年に発売されました(トヨタ「MIRAI」)。図3のように、水素は車載された水素タンクから供給され、酸素は空気中の酸素を利用します。ガソリンスタンドに相当する水素ステーションで水素の供給を受けます。

図1 セルとスタック(固体高分子形燃料電池)と図2 膜・電極接合体(MEA) 
図3 燃料電池自動車の仕組み

(2)火力発電 2),3)

石炭、石油や天然ガスなどの化石燃料を燃焼する火力発電に替わるものとして、水素を燃料とする火力発電がクリーンな発電として期待されています。しかし、水素は以下のような特性があります(数値は天然ガスとの比較)

  • 体積当たりの発熱量が低い(1/3)
  • 燃焼速度が速い(7倍)ため、逆火が生じやすい。
  • 火炎温度が高い(10%)ため、局所的なホットスポットにより窒素酸化物NOxを発生しやすい。

そのため、当面は天然ガスに水素を混ぜる混焼発電の実証試験が進められており、水素のみの専焼には今後の技術開発が必要です。
図4は、水素の混焼、専焼により発電した電気の供給に加え、発電の際の廃熱を病院やスポーツ施設に供給する官民連携による実証プラントです。

図4 実証試験を実施した神戸ポートアイランドに設置した実証プラント

(2) 製鉄への利用 4),5)

鉄鋼業のCO2排出量は国のCO2排出量全体の13%を占めます。その鉄鋼業の排出するCO2の7割は高炉において生じています。
高炉は筒状の装置で、上から鉄鉱石とコークスが交互に投入されます。コークスは高炉の下から吹き込まれる熱風や酸素と反応して一酸化炭素や水素などのガスを発生させます。この熱いガスは上昇気流となって炉内に吹きのぼり、鉄鉱石を溶かしながら酸素を奪い取っていきます。
この鉄鉱石(酸化鉄)から酸素を奪う反応が「還元」です。この結果、図5の左のように、CO2が発生しています。
ここで、コークスから生じた一酸化炭素COの替わりとして水素H2を高炉に吹き込み、還元に使用すると、図5の右のように、還元後は従来のCO2に代わり水H2Oが生じ、クリーンな方法となります。

図6に装置を示す国家プロジェクト(COURSE50)では、技術開発の第一段階として、製鉄所内(コークス炉)で発生する水素系ガスを利用してCO2排出量を10%削減でき、さらに、発生したCO2を分離回収することによりCO2を20%削減、トータルで30%削減することを目標としています。

製鉄所内で発生する水素のみでは不足しますので、次のステップとして、製鉄所外部から水素ガスを導入し、高炉によるさらなる水素還元の比率をアップするプロジェクト(Super COURSE50)が考えられています。

図5 炭素還元→水素還元(模式図)と図6 COURSE50 試験高炉 

2.日本と海外の動向

(1) 日本 6),7)

2017年に、世界ではじめて「水素基本戦略」が決定されました。6)
その主な内容は以下のとおりです。

  • 製造時にCO2を発生しない「CO2フリー」水素を低コストで製造する。そのために、国際的な水素サプライチェーンを構築する。国内では再生エネルギー由来の水素の製造技術を確立する。
  • 火力発電において、従来の天然ガスから水素に切り替える。
  • 自動車、バス等での水素利用の燃料電池車(FCV)を普及する。そのためガソリンスタンドに替わる「水素ステーション」を整備する。

2020年10月に首相の所信表明演説で「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、2050年カーボンニュートラル」という表現で,脱炭素社会の実現を目指すことが宣言されました。同年12月には、政府が「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」7)を公表しました。
この中で、成長が期待される14分野について現状、課題および今後の取組が記されています。水素産業もその1分野として次のように取り上げています。(図7)

  • 日本は複数の分野で技術的に先行しているものの、欧州、韓国等も戦略等を策定し追随してきている。
  • 導入量拡大を通じて2030年の水素の供給コストを現在の販売価格の1/3以下の30円/Nm3にする。
  • 分野別の現状と課題、今後の取組は次のとおり

a) 水素の利用
 水素発電:実機での実証中で商用化が課題。2050年に発電用水素のコストをガス火力(20円/Nm3)以下にする。
 FC(燃料電池)トラック:実機実証中。水素ステーション開発・整備の支援、規制改革(水素タンクの昇圧)によるコスト削減。
 水素還元製鉄:技術未確立。ゼロエミッション製鉄の世界市場規模は2050年で約40兆円/年。この市場獲得を目指し技術開発を行う。

b) 水素の輸送
 我が国は当初から輸入水素の活用を前提としてきた。世界初となる液化水素運搬船による日豪間の海上輸送等の実証運転中。2030年を目途に商用化を目指す。

c)水素の製造
 再エネが安い海外に水電解装置を輸出し、その後国内導入する構想。日本では世界最大級の水電解装置が建設されているが、更なる大型化を目指す技術開発では欧州等が一部先行する構図となっている。2050年までに毎年平均4.4兆円見込まれる世界の水電解装置の市場獲得を目指す。

以上のような課題をいつまでに解決するか、を示した工程表が図8です。この図から、技術開発や実証が2030年以降までかかるものもあり、産業として立ち上がるまで長期間かかることがわかります。また、技術面のみでなく、法制度、国際標準、および国家予算、金融等による支援等総力戦が求められることも見えてきます。

図7 現状と課題、今後の取組 7)
図8 水素産業の成長戦略工程表 7)

(2) 海外 8)

米・加、欧州、中国、韓国、オーストラリア、その他地域での 水素・ 燃料電池関連の取り組みを図9に示します。以下では燃料電池をFC(fuel-cell)と記します。
トラック、フォークリフトなど商用車両への燃料電池導入が強化されました。ドイツ では世界で初めてのFC列車の 商用運行が開始されました。
水の電気分解による水素取り出し(図ではPower to Gas、P2G )の取組みも活発化を見せ、キャリア・用途共に多様化の傾向が見られます。

図9 海外の動向 8)

3.おわりに

2020年12月の「グリーン成長戦略」の公表以降、経済紙で水素エネルギーに関する記事が頻繁に見られるようになりました。
今回は、水素の用途として何が考えられているか、という点と水素エネルギーに関する国内外の動向について記しました。
用途としては、従来から水素が使われている化学産業などでの事例は省略しました。電力,製鉄および自動車といったCO2発生量の多い業種、用途での新規の利用が考えられています。
水素エネルギーに関してはさまざまな面で日本が先行していましたが、海外での実用化に向けての動きが活発になってきています。
水素の大規模生産は日本では計画されていません。そうした内容については次回以降に述べます。

【参考資料】

回答者

エネルギー管理士 本橋 孝久