起業の先人に学ぶ

野菜工場で日本の農業を変えたい【フェアリーエンジェル】

農業従事者の高齢化、耕作放棄地の増加など、日本の農業を廻る問題は深刻だ。こうしたなか、工場での野菜生産により日本の農業の改革をめざす起業家が現われた。フェアリーエンジェルの江本謙次社長だ。

江本謙次
1963年神戸市生まれ。宝飾店勤務などを経て、2005年、工場での野菜生産・販売、および飲食店経営を手がけるフェアリーエンジェルを設立。

(仮)第3のカテゴリー「工場栽培野菜」の確立を目指す

京都市北山にある野菜工場。クリーンルーム仕様でほぼ無菌状態であるため、農薬をいっさい使わずに野菜を栽培できる

——御社が運営されている野菜工場は、どんな概要なのでしょうか。

土を使わず、蛍光灯などの照明を使った水耕栽培で、水菜、菊菜、レタスなど、8種類の葉菜類を育てています。工場内は、ほぼ無菌状態のクリーンルームで、栽培に農薬を一切使わないため、安心安全の野菜ができます。また、天候に左右されないため計画生産ができるほか、棚を使った栽培なので、畑に比べ面積当たりの生産量も大きくなります。

——野菜の流通経路や価格はどうなっていますか。

野菜は、「てんしの光やさい」というオリジナルブランドで、百貨店を中心に80店舗で販売しているほか、直営のレストランやカフェの料理にも使っています。野菜の小売価格は、菊菜・水菜が1パック(120g)が450円、レタス類(120g)が360円で、ほかに70g入りの小パック(198円)もあります。

——スーパーなどで扱っている普通の野菜に比べ価格が高いようですが、消費者の反応はどうですか。

これまで野菜は、大きく分けて普通の野菜と有機栽培などの野菜の2種類しかありませんでした。われわれは、そこに「工場栽培野菜」という第3のカテゴリーを確立したいと考えています。当社の野菜は、無農薬で安全なうえ葉も柔らかく食べやすい。

こうした付加価値をアピールすることで、お客さまも納得して購入してくださり、実際取り扱い店舗も増えています。また、スーパーのほか、業務用の需要など、引き合いも多数寄せられており、価値を認めていただいていると自信をもっています。

将来の食糧事情を憂慮し、野菜工場経営を決意

「無農薬でおいしい野菜とその工場を普及させていくことで、日本の食料自給率の向上に貢献したい」と語る江本謙次社長

——江本社長は、もともと宝飾業界にいらしたそうですが、畑違いの野菜生産に乗り出されたのは、なぜですか。

宝石の買い付けで訪れた諸外国で、環境破壊や食糧難といった状況を目の当たりにするにつけ、自給率の低い日本の食について危機感を抱くようになりました。食糧を安定的に確保するためには、農業の振興が重要ですが、日本の農業は農業従事者の高齢化、農地の狭さによる非効率な生産など、さまざまな問題を抱えていました。そこで、生産性を高め、競争力をつけるためには農業の工業化が欠かせないと思い、野菜工場の事業に取り組もうと考えたのです。

——未知の分野への進出、しかも工場などの設備投資も大きい事業だけに、準備もたいへんだったのではないでしょうか。

勤めていた会社を02年3月に退職し、それからほぼ3年間は、野菜工場設立に向けた準備を行なっていました。専門家の話を聞いたり、工場を見学したりして知識をつけ、また、人脈を拡げました。そうした活動を通じて知り合い、私の考えに共感してくだった方が当社の工場建設に出資してくれました。

最初の収穫までに5ヵ月。事業撤退を考えたことも

フェアリーエンジェルでは、自社工場で栽培した野菜を使った飲食店を4店舗展開しており、「小松菜のプリン」など、ユニークなメニューも開発している

——知識、人脈、資金を得て、順風満帆な起業だったわけですね。

それがそうでもなかったのです。05年5月に会社を設立し、その7月には野菜が収穫できる予定で、レストランもそれにあわせ7月1日オープンとしました。しかし、肝心の野菜が育たないという問題が起きたのです。

養液栽培のプロをスタッフに迎え、入念な準備をして事業を始めたのですが、発芽しなかったり、生育状況にばらつきがあったりなど、理論どおりに育たないというたいへんな状況でした。スタッフだけでなく、空調や棚メーカーの担当者にも加わってもらい、チェック項目をあげ、原因をしらみつぶしに調べ、ようやく安定的な栽培ができるようになったのが、その年の12月。実に5ヵ月もかかりました。

——その間は、どんな気分だったのですか。

もう、毎日"やめたい"と思っていて、できれば出社もしたくなかった(笑)。けれど、個人資産はすべてこの事業につぎ込んだうえ、出資してくださった方もあったので、ここで撤退するわけにはいきませんでした。毎日、必死の思いで問題解決に取り組み、ようやく安定的な生産ができるようになった時のことは、一生忘れることができないでしょう。

福井県に建設中の工場は、現在のほぼ2倍の生産規模を誇る。早ければ8月中旬から出荷ができる

——その後は順調に業績を伸ばし、昨年は、植物育成用のLED照明を研究開発しているCCS(京都市)から、千葉県野田市の野菜工場も買い取りました。今後の事業展開について教えてください。

07年、日本政策投資銀行から10億円の融資を得て、福井県に新たな工場を建設し、早ければこの8月中旬から出荷が始まる予定です。

現在、京都と野田の工場を合わせ、1日あたり4,200株を生産していますが、福井の工場の出荷がはじまれば、1日1万2,200株の出荷が可能になります。出荷量の増加に伴い、販売チャネルも拡大する予定で、現在の百貨店を中心の展開から、スーパーを中心とした展開になっていくと考えています。併せて、コンビニなど、業務用の引き合いも多数寄せられていることから、今後は、業務用としての供給も計画しています。

また、生産する野菜についても、将来は、イチゴやトマトなども含め、種類を増やしていきたいと考えています。さらに、その先のことになりますが、福井工場が軌道に乗り、野菜工場運営のノウハウが確立できれば、自社工場での野菜生産から野菜工場の建設ビジネスに軸足を移していくことも考えています。

企業データ

企業名
株式会社フェアリーエンジェル
設立
2005年5月
資本金
2億6,500万円
従業員数
35名
代表者
江本謙次
所在地
京都府京都市北区上賀茂岩ケ垣内町15−6 サウンドポイント55−2F
事業内容
クリーンルームで作るサプリメント野菜の生産・販売、レストラン及びフラワーショップ運営、自社ブランドを複合展開するFC事業、野菜生産プラントの販売及び建設・栽培コンサルティング

掲載日:2008年6月24日