経営ハンドブック

定着率を高める従業員教育

理念や人材像の浸透と、先輩による見守りが効果的

定着率を高める従業員教育を考えるに当たり、まず、若手従業員がなぜ辞めてしまうのか、その理由について確認しよう。

独立行政法人労働政策研究・研修機構が2019年3月に公表した「若年者の離職状況と離職後のキャリア形成Ⅱ(第2回若年者の能力開発と職場への定着に関する調査)」によると、「初めての正社員勤務先」を離職した理由として、男女共通して多くの人が挙げている理由が「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかったため」「賃金の条件がよくなかったため」「肉体的・精神的に健康を損ねたため」「人間関係がよくなかったため」の4つだ。

このうち、「肉体的・精神的に健康を損ねたため」「人間関係がよくなかったため」については、会社の雰囲気や現場の指導法が原因と考えられる。経営者は、全社の課題として取り組む意識が必要だ。なお、男性では年次を重ねるほど「キャリアアップするため」という離職理由が増えていく。年功序列の時代とは違い、転職は自身のキャリアプランを考えるうえで当然だと考える人が増えていることは肝に銘じておきたい。

入社後早期の退職を防ぐポイント

  1. 理念と求める人材像の共有
  2. チューター制、メンター制などを利用して先輩が見守る
  3. キャリアアップを実現できる機会を与える

実態を重視し、理想論で話をしない

1.理念と求める人材像の共有

会社が求めている理念を明示・浸透させている企業は、一般的に離職率が低くなる。その理念に共感できている限り、業務上どうしても発生してしまう一時的な労働負荷の上昇や、顧客・同僚との人間関係といったトラブルを乗り越えて理念の実現に協力しよう、という意識が働くためだ。理念経営を掲げている企業のほかに、ベンチャー企業も自社商品・サービスで社会を変革するという理念を掲げる。高い目標を掲げ、部員がそれに共感している部活動では、厳しいトレーニングを課しても部員が辞めないのと本質は同じである。

また、人材像を共有することも有効だ。社会人誰もが、仕事の進め方や考え方について持論がある。その持論同士がぶつかると人間関係が乱れる一因になる。そのため、意思決定の方針や、仕事の進め方について基本的な考え方を示し、共有しておくことで無用なトラブルを避ける効果がある。

もしまだ明確な経営理念や人材像がなければ、社内プロジェクトとしてこれらを従業員に検討させるのも手だ。理念や人材像の具体化を通じて、会社と自身の関係性を考える教育になる。

2.チューター制、メンター制などを利用して先輩が見守る

現場での仕事はOJTでの教育が中心になるが、その場合、仕事内容によっては上司あるいは先輩が新人につきっきりで教えることでスキルアップ、定着率アップにつなげられる。

愛知県で耐震工事などを請け負う企業では、入社4、5年目の先輩社員が1年間、新入社員と同じ現場をずっと一緒に回り、挨拶や車の運転、道具の片付けなどすべての面倒を見る、いわゆるチューター制で新人教育をしている。先輩と新人の間には濃密な人間関係が生まれ、悩み事なども相談できる間柄になるという。

大阪府のある建設会社では、入社3年目までの若手社員(メンティー)に専属の先輩社員(メンター)を付けており、1カ月に1度必ず会い、食事をしながらいろいろなことを話し合うという。入社から間もなく不安も多いメンティーは、定期的にメンターに相談できることで安心感が持てる。そして、後輩の相談に乗ることで自身のやりがいやありたい姿について見つめ直すきっかけとなり、先輩社員の定着率向上にも一役買っている。

3.成長を実感できるような教育を施し続ける

「キャリアアップするため」を離職の理由に考える従業員には、「自分のキャリアプランをどう描いているか」と聞いてみるとよい。もし明確なキャリアプランがないとしても、自社内でキャリアアップできることを伝える必要がある。すなわち、年代に応じて必要な知識やスキル、リーダーシップなどを示すのである。同時に、その人物の希望や適性に応じて社内・社外で知識や技能を教えることで、本人の成長欲求を満たす。これは、人材のスキルアップにもつながるため、企業にとっても有用だ。

また、本人の描くキャリアアップに沿った経験が積めるよう社内で配置転換したり、業界内あるいは業界を超えた外部のリーダー養成研修などに参加させたりしてもいいだろう。「会社に将来性がない」と思い込んでいた中堅社員も、新しい刺激を受ければやる気を取り戻すことがある。

何より、トップは自社の未来像について従業員にきちんと伝えることが肝心だ。どういう会社を目指しているのか、5年後10年後のために今何をするのか、そのために従業員に何を期待しているのかを伝える熱意が求められる。これは経営者が会社を経営するうえで欠かせない取り組みであり、従業員を育てるうえでも大きな意味を持っている。