ビジネスQ&A
小規模事業者や中小企業が賃上げを行うには、何から始めればいいですか。
2025年 10月 29日
従業員の賃上げを行いたいと思っていますが、何から手をつけて、どのように進めればよいか分かりません。基本的な流れや具体的な施策、また国の支援策があれば教えてください。
回答
賃上げを実現するには、まず自社の経営状況を分析し、賃上げの目的と水準を明確にすることが出発点です。その上で、価格転嫁や生産性向上により原資を確保し、持続的な仕組みを作ることが重要です。加えて、国の税制優遇や補助金を活用すれば、企業負担を軽減しながら賃上げを進めることができます。
1.賃上げを行うための基本的な流れ
(1)現状把握と目的の明確化
賃上げを実現するには、まず自社の現状を正確に把握することから始めます。財務状況、人件費比率、従業員構成、業界水準などを比較し、賃上げの余地と必要性を客観的に評価します。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」などの公的データを活用すれば、地域・業種別の賃金水準を把握できます。次に、賃上げの目的を明確にします。最低賃金改定への対応、物価上昇への補償、人材の定着・採用など、目的によって賃上げの方法が異なるためです。
(2)賃上げ方式の選択
賃上げには大きく2つの方法があります。「ベースアップ方式」は、全社員を一律に引き上げる方法で、生活防衛に効果的です。「評価連動型方式」は、業績や貢献度に応じて個別に賃上げ幅を決定するもので、戦略的な人材投資に適しています。簡易でも評価基準を明確にすることで不公平感を防げます。全員に2%のベースアップを行い、さらに評価に応じて0~3%を上乗せするなど、両方式を併用する企業も多く見られます。
(3)必要原資の算出
賃上げ方針が定まったら、必要な原資を具体的に算出します。単純な給与増加分だけでなく、社会保険料の増加分、賞与への影響なども含めた包括的な試算が必要です。例えば、従業員30名、平均年収400万円の企業が3%の賃上げを行う場合、給与増加分は360万円、社会保険料増加分(約15%)は54万円で、合計約414万円となります。
(4)原資確保策の立案と実行
必要原資が明確になったら、それを確保するための施策を立案します。価格転嫁、生産性向上など、複数の施策を組み合わせることで、持続可能な賃上げの財源を確保します。具体的な施策については次項で詳しく見ていきますが、重要なのは、継続的に原資を生み出す仕組みを作ることです。
(5)従業員への説明とコミュニケーション
賃上げを実施する際は、その目的や背景、原資確保のための取り組みについて従業員に丁寧に説明することが重要です。特に評価連動型を導入する場合は、評価基準や賃上げの決定プロセスを明確に示すことで、納得感と信頼を得やすくなります。原資確保のために価格転嫁や業務効率化を進める場合、従業員の協力が不可欠であり、会社の取り組みを共有し、従業員と一体となって賃上げを実現する姿勢が成功の鍵となります。
2.原資確保のための主な施策
(1)価格転嫁
価格転嫁は、賃上げ原資を確保するための最も直接的かつ重要な手段です。人件費等の上昇分を販売価格に適切に反映させることで、企業の収益構造を維持しながら従業員への還元が可能になります。政府も「労務費の適切な転嫁のための価格交渉指針」を策定し、取引先との交渉を後押ししています。公正取引委員会では、コストの上昇分を価格交渉で明示的に協議することなく、従来どおりに取引価格を据え置くことは、優越的地位の濫用や下請法上の買いたたきとして問題になるおそれがあることを明確化しています。
価格交渉を成功させるには事前準備が重要です。まず、原材料費、人件費、光熱費、物流費などの原価構成を明確にし、どの項目がどの程度上昇しているかを具体的なデータで整理します。中小企業庁などの公的機関が提供している「価格交渉・転嫁の支援ツール」を活用すると、原材料価格の推移を示す資料を簡易に作成できます。原価について製品やサービスごとに算出できれば、どの製品・サービスを特に値上げすべきかが明確になります。原価計算の方法は、全国のよろず支援拠点でアドバイスを受けられます。次に、同じく公的機関の支援ツールを使って、業界動向を把握します。業界全体より自社の価格転嫁が少ない場合は価格転嫁の余地があることを確認できます。
また、特に企業間の取引の場合には、顧客との関係性を整理することも重要です。なぜ顧客は自社から購入しているのか、顧客にとって自社がどのくらい重要な取引先なのか、値上げしたときに顧客に与える影響の大きさなどを整理し、どの程度まで強く交渉できるかを検討します。交渉では、顧客に対してコスト上昇の状況を事前に情報提供し、突然の値上げ要請ではなく、情報共有から始めることで取引先の理解を得やすくなります。準備した根拠資料をもとに価格改定を提案し、品質向上や納期短縮など顧客にとってのメリットも検討しながら、双方が納得できる着地点を探ることが重要です。
(2)生産性向上・省力化
同じ人員でより多くの成果を出せる体制を構築することで、賃上げ原資を創出します。勤怠管理や経費精算のデジタル化およびペーパーレス化など、効果が見込める部分から段階的に進めると定着しやすくなります。製造現場では協働ロボットや自動搬送装置、事務ではRPA導入など、省力化投資も有効です。「IT導入補助金」や「中小企業省力化投資補助金(一般型)」を活用すれば、投資額の1/2~2/3を補助で賄うことが可能です。
業務プロセスを可視化し、無駄を減らすことも効果的です。書類の電子化や承認プロセスの簡素化など、小さな改善の積み重ねが大きな成果につながります。製造現場では「可視化」と「5S」が生産性向上の第一歩です。日々の生産実績、設備稼働率、不良率などをデータで把握し、段取り替え時間の短縮、部品や工具の配置最適化、作業手順の標準化などにより生産性を向上できます。改善提案制度や表彰制度などを通じて現場の知恵を引き出し、従業員が主体的に改善に取り組む風土を醸成することが重要です。
(3)その他の施策(コスト削減、人事制度改革)
コスト削減による原資創出も重要です。電力・通信費の見直し、照明のLED化、高効率空調導入などは経費削減と環境対応を両立できます。また、外部との調整が不要な支出(交際費など)は、社内の判断で削減が可能なため、短期的な効果が表れやすくなります。さらに、人事制度も検討しましょう。簡易でも評価基準を設けることで納得感のある賃上げが可能になります。また、テレワークやフレックスタイム制度の導入により、通勤費などの間接コストを削減しながら、従業員の満足度向上を実現できます。
3.賃上げに関する国の支援策
(1)税制面での優遇措置
政府は、企業の賃上げを税制面から支援する「賃上げ促進税制」を整備しています。中小企業向けの制度では、全雇用者の給与等支給額が前年度比で1.5%以上増加した場合、増加分の15%を控除でき、2.5%以上増加した場合は、その控除率が30%となります(控除上限額は法人税額等の20%)。赤字企業でも当期に控除しきれない金額は最長5年間繰り越して控除でき、業績が厳しい企業でも賃上げに取り組みやすい環境が整備されています。
(2)補助金制度の活用
2025年度の最低賃金引上げに対応するため、経済産業省・中小企業庁は賃上げ原資の確保と生産性向上を支援する複数の制度を整備しています。以下に挙げる補助金では、賃上げに取り組む事業者に対して「賃上げ特例」として、要件の緩和や審査での加点優遇が行われています。
「小規模事業者持続化補助金」は、販路開拓等に取り組む小規模事業者を対象とし、通常補助上限50万円が、賃上げ特例適用時には、最大200万円に引き上げられます(補助率2/3)。
「ものづくり補助金」(ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金)は、中小企業による革新的な製品・サービス開発や設備投資を対象とし、通常補助率1/2が、賃上げ特例適用時には2/3に引き上げられます。3か月以上「改定後の地域別最低賃金未満」で雇用している従業員が全体の30%以上いる場合に特例が適用され、審査で加点されます。
「IT導入補助金」(サービス等生産性向上IT導入支援事業)は、業務効率化・生産性向上を目的としたITツール導入を支援し、ものづくり補助金と同様の条件で補助率引上げと審査加点が適用されます。
「中小企業省力化投資補助金(一般型)」は、人手不足対応や省力化設備の導入を支援し、最低賃金改定後の雇用状況に応じて補助率引上げと審査加点が行われます。
(3)助成金制度の活用
厚生労働省の「業務改善助成金」は、中小企業・小規模事業者の生産性向上を支援し、事業場内最低賃金の引き上げを図るための制度です。生産性向上のための設備投資を行い、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げた場合、その設備投資費用の一部を助成します(助成率最大4/5、助成上限最大600万円)。
その他、「キャリアアップ助成金」や「人材開発支援助成金」なども準備されています。これらの助成金制度の内容については、厚生労働省が各都道府県に開設している「働き方改革推進支援センター」で聞くことができます(来所・電話いずれも対応可能)。最新の情報は中小企業庁や厚生労働省のウェブサイトで確認することをお勧めします。
賃上げに向けた施策の実践や国の支援策の活用は、それなりの時間や手間を要するため、経営者が一人で抱え込むと大きな負担になります。前述のよろず支援拠点をはじめとする公的機関や金融機関、あるいは税理士のサポートを受けながら進めると良いでしょう。
- 回答者
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中小企業診断士 和田 亘輔
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