ビジネスQ&A

ワーク・ライフ・バランスに配慮するとどのような効果があるのか教えてください。

2024年 8月 23日

ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)に配慮した経営を行うことによって、中小企業や小規模企業にとって、いったいどのような効果が期待できるのか教えてください。

回答

ワークライフ・バランスに配慮した経営によって期待できる効果は、大きく分けて「人材確保」と「生産性向上」になります。採用する上で、自社の魅力を高めて人材を確保することに加え、社員に長く働いてもらうことも「人材確保」です。また、社員が働きやすい環境で主体的に働けることは「生産性向上」につながります。働き方・働くことに対する価値観が多様化する社会において、ワーク・ライフ・バランスは「企業が社員に選ばれる理由」となり「企業が持続的に成長する原動力」となります。

1.働きやすさによる人材確保

(1) 少子高齢化・価値観の変化により必要性が高まるワーク・ライフ・バランス

昨今の日本の労働環境は、少子高齢化、生産年齢人口の減少、人々の働き方に対する価値観の変化に適応しきれていない状況にあります。仕事と生活の両立が難しいため、多くの人々が「働きたくても働けない」と感じる一方で、「人材不足」に悩む経営者が多いという矛盾が生じています。

また、長時間労働やストレス等といった問題のために、労働者のメンタルヘルス面での不調が社会問題化しており、社員の健康管理のための取り組みとしてもワーク・ライフ・バランスを重視する必要性が生まれてきました。

(2) 働きやすさによる人材確保

ワーク・ライフ・バランスは、中小企業の最も大きな課題の一つである「人材確保」を図る上で重要なポイントとなります。仕事と生活の調和が実現できている状況では、企業や仕事に対する社員の満足度が高まり、定着率の向上が期待できます。出産・育児や介護など、社員のライフステージの変化に対応したサポートができれば、社員は就業を諦める必要がなくなるため、離職率の低下につながり、社員の経済的な安定も見込めます。また、家族と過ごす時間や健康維持・趣味のための時間を十分に確保することで、心身の充実につながることも考えられます。

(3) 「働きやすさによる人材確保」の具体的取り組み

ワーク・ライフ・バランスを改善する具体的な取り組みの一つとして、「働く時間や働く場所の選択肢を増やす取り組み」があります。働き方改革や人事制度などとも深く関わるその取り組み例を紹介します。

ア フレックスタイム制、時短勤務制度など柔軟な勤務時間制度

ライフスタイルに合わせて柔軟に勤務時間を調整することができ、個々の社員に適した働き方を実現し、仕事と生活の調和を図ることができます。

イ テレワークや在宅勤務の活用

勤務する場所の柔軟性を高め、通勤時間の削減やストレスの軽減に加え、育児や介護などにより自宅を離れにくい社員にとっては特に有益です。

ウ 有給休暇・育児休暇や介護休暇取得の積極的な推奨

仕事と生活の両立を支援するための代表的な制度です。社員の仕事と育児・介護等の両立支援に取り組む事業主を支援する両立支援等助成金制度【厚生労働省所管】があります。複数のコース別に助成金を設けていますので、ワークライフ・バランスに取り組む中小企業が活用しやすい制度です。

【参考】

(4) ワーク・ライフ・バランスに取り組む企業の公的認定制度(代表例の一部)

ア 健康経営優良法人認定制度(経済産業省)
イ えるぼし認定/くるみん・プラチナくるみん認定/ユースエール認定制度(厚生労働省)
ウ 東京ライフ・ワーク・バランス認定企業制度(東京都)

ワーク・ライフ・バランスに積極的に取り組むと、こうした認定制度によっても「働きやすい職場・社員を大切にする会社」というイメージ・評価を獲得できます。

2.働きやすさによる生産性向上

(1) 世界から見た日本の生産性

日本の労働生産性は、世界で比較すると低い水準にあります。公益財団法人日本生産性本部による2023年版「労働生産性の国際比較」を参照すると、日本の労働生産性は「52.3ドル/時間」となっています。この値はOECD加盟国38カ国のうち30位に相当し、アメリカ・ドイツなどの先進国と比較して6割程度の水準です。日本の労働生産性が低い理由としては、長時間労働、雇用形態・給与体系、レガシーシステム(過去の技術や仕組みで構築されている古いシステム)などが挙げられています。つまり、長時間労働は生産性を下げる大きな要因とも言えます。

(2) 働きやすさによる生産性向上

ワーク・ライフ・バランスに配慮した経営は、生産性向上に大きな効果をもたらします。限られた時間内に作業を終えるための工夫や業務改善、時間意識が高まることによる光熱費の削減や残業などの労務費削減により、生産性が向上します。つまり会社の仕組みとして持続的な成長と競争力の強化を図ることができるのです。そして、仕事と家庭が両立しやすくなることは、優秀な人材が定着し、生産性が向上することにつながる可能性が高まります。

(3) 具体的な取り組み例

ワーク・ライフ・バランスに配慮して生産性を高める取り組み例としては、まず社員の時間意識を向上させる仕組みづくりが挙げられます。それには人事制度や職場の取り組みなどがかかわってきますが、業務プロセスの非効率性を見直し、業務改善を通じてワーク・ライフ・バランスを良好な状態にしていくことが本質です。その取り組み例を紹介します。

ア 長時間労働の削減

「ノー残業デー」の設定や残業の事前申請制、休日出勤や深夜残業の制限などがあります。定時(時間内)で完了する前提で仕事を進めるよう、企業・職場の取り組みによって、社員が時間意識を向上させることが大切です。

イ 業務プロセスの効率化

業務改善により、効率性を高める工夫・効果が得られ、生産性の向上につなげることができます。業務改善の過程で、アイデアが湧いて成果が生まれ、今まで無理と思われたことにも気づきを得られる可能性があります。時間を見直すことで得られる効率性だけではなく、連鎖的な効果が組織力向上にも寄与します。また、初期コストは必要ですが、デジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)による業務効率の向上も期待できます。

3.ワーク・ライフ・バランスに配慮した経営の留意点と次のステップ

(1) 留意点

ア 認識の誤りを修正する

ワーク・ライフ・バランスは、仕事と生活のどちらかを優先することや同じ割合にすることではありません。また、「仕事を減らす」という捉え方も正しくありません。業務改善などにより効率や生産性を向上させることで、社員の仕事と生活を調和させ、企業の業績を維持・向上させることが求められているのです。

イ 現状の把握と目的の明確化

社員が希望する姿と現状を比較・確認し課題を把握することは、特に大事なプロセスです。そして、制度の内容・目的・運用方法・効果について明確にして社員に周知することが大切で、それができないと制度が実際に機能しないことにもなります。

ウ 経営者の関与

経営者が積極的にワーク・ライフ・バランス推進のメッセージを発信し、全社的な意識改革と企業文化の醸成に取り組むことが重要です。特に、マネジメント層がワーク・ライフ・バランスに共感し、積極的でないと、社員が制度の利用を躊躇する可能性があります。経営者が後押しするだけで、社員は遠慮なくワーク・ライフ・バランスに取り組めることになります。

(2) 次のステップ

ア DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)

DE&Iとは、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包摂性)の頭文字で、多様性を尊重し、全ての人々が公平・平等に参加し、尊重される社会を作り出すという取り組みです。企業においてもDE&Iを推進し、多くの人たちが活躍できる職場のほうが、視野の異なる意見や見落としていたニーズに気づくなどして、イノベーションが生まれ、マーケットの変化にも対応しやすくなります。

イ 社員エンゲージメント

エンゲージメントとは、信頼と貢献が会社と社員の繋がりとなり、同じ理念・目標を目指す一種の「働きがい」のようなものです。エンゲージメント向上に取り組み、企業・組織への愛着を持った自発的・意欲的な社員が多い企業は、収益性や生産性、顧客満足度の向上だけではなく、欠勤や事故、商品の欠陥などが減少することも確認されています。

(3) まとめ

ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を配慮した経営からスタートして、多様性を尊重し、全ての社員が公平で平等に参加・尊重される職場環境を作り出すことで、組織の創造性やイノベーション力を向上させることができます。そして、社員エンゲージメント向上により、社員がやりがいや働きがいを感じ、主体的に業務に取り組むことは、企業の成長だけではなく社員のウェルビーイング(心身の健康や幸福)でもあります。

ワークライフ・バランスから始まる企業の成長と社員のウェルビーイング
回答者

中小企業診断士 中原 賢二

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