中小企業の海外展開入門
「コルネット」過去の海外展開での失敗を次の海外展開の成功の糧に
イベント会場やショッピングセンターなどで見かける移動販売車。そこで人気を集めているのが、揚げたコルネパンの上にアイスクリームを載せた「コルネット」という菓子だ。子供のおやつとして作っていたメニューをアレンジして出来上がったコルネットが海外進出を果たした。
コルネットでのゼロベースからの起業
向井紫社長は、企業の事務職として勤務していたが、将来を見据えて何か事業をしなければならないと考えていたという。そこで思い浮かんだのが、子供のおやつのために作っていたサンドイッチの残りのパンの耳を使って作ったお菓子だった。これは、向井社長が子供の頃にパンの耳をさっと揚げて砂糖をまぶしたものを食べたことがあったことを思い出し、自分の子供にも作ったものだ。いろいろなものをトッピングした中で一番おいしかったのがアイスクリームだった。
子供が喜んで食べたお菓子だったことから、何とか商品化できないかと考えた。熱いパンと冷たいアイスの組み合わせを活かす方法を考える中で思いついたのがコルネパンだった。パン屋で販売されていたコルネパンにはクリームが詰められていたが、コルネパンは円錐型でありアイスクリームのコーンのように持つことができる。
コルネパンがよいと思ったが、当時は扱っている店がなく、電話帳に掲載されているパン屋に連絡し相談するも、ほとんどの店では作っていないという理由で断られた。その中でたった1軒、夫婦2人で経営しているパン屋が話を聞いてくれ、コルネットの事業について話したところパンを提供してもらえることになった。
パンを作ってくれる店が見つかってからは、どのように販売するかを考えた。人の多い場所に出店したいが、出店にはお金がかかる。経費を抑えるために移動販売車での販売を思いついた。そこで移動販売車について種類や開業手続などさまざまなことを勉強した。
保健所の許可が必要であることを知り申請したところ、前例がないとのことで話を進めることができなかった。しかし、毎日のように保健所に足を運んで説明した結果、ようやく理解を得ることができた。
車を1台用意するのにもお金がかかる。商工会議所や地元の信用金庫に融資を相談し、資金調達の準備をしながら移動販売車を確保し、コルネットが調理できるような設備を取り付けた。
販売先の目星はついていた。車が出来上がったらすぐに営業できるよう、先にパンフレットを作成し、買い物先のスーパーマーケットやホームセンターなどに話を持ちかけた。移動販売とはいえ、本店も構えるべく、母親の経営する店舗を改装し、販売スペースを確保した。
浜松市内で売れればよいというイメージで取り組み始めたが、移動販売車事業は順調なスタートだった。口コミ効果もあり、多くの人が販売車を訪れた。とくに新しいもの好きな若い人たちの反応は非常によかった。彼らがコルネットの写真をブログに掲載すると、多くのメッセージが寄せられた。
日に日に来店客が増えていく。次回の出店場所を告知すれば、その場所まで買い求めに来る固定客も出てくるようになった。中には、毎日決まった時間に孫と共に来店する人もいた。最初の2-3カ月は手作りチラシで集客したが、その後は自然とファンが増えていき、広告する必要がなくなった。
ホームセンターやスーパーマーケットでの営業活動を見たという他店から出店要請を受けることもあった。広告はしなかったが、営業活動する日を週に1日は確保し、各地で開催されるイベントの確認や訪問などに朝から晩まで費やした。
浜松市内のイベントには大小関わらず出店した。最初は日に10-20個くらいしか売れなかったものが、100個、500個、1000個と次第に売れるようになると、企業や街のイベント開催者から出店を要請されるようにもなった。
移動販売車に電話番号を記載したポスターを掲示していたこともあり、販売しながら営業活動も行うことができた。協力してくれていたパン屋さんもコルネットの成功を非常に喜んでくれたが、あまりにも多く売れるようになってしまったために、もはや個人店で対応できる数量ではなくなってしまい、店主とも相談の上、やむなく他の工場に製造を委託することになった。
各地でコルネットを販売するようになると、地元に住んでいる外国人も購入してくれるようになる。この時、外国人に美味しいと言われたことで向井社長は「海外でもコルネットを食べてもらえたら嬉しい」という想いを抱くようになったという。しかし、当初は海外で大きくビジネスとして展開したいというほどのものではなく、コンサルタントからハワイでの事業展開を勧められたが、パンを作ってくれる工場を探すことが難しいこともあり実現には至らなかった。
海外展開の難しさを知る
コルネット事業が軌道に乗った頃、香港の展示会に出展したところ予想に反して大きな反響があった。展示会終了後も海外からの問い合わせが相次ぎ、社員が対応しきれないほどだった。
その中にマレーシアのある企業から自国でコルネット事業を展開したいとの問い合わせがあった。その企業は大手企業のグループ会社であり、レストランを経営していた。大手企業であるという安心感と海外でもコルネットを食べて頂けるのであれば嬉しいという想いもあったため、向井社長はマレーシアでの事業展開を決意した。
マレーシアの企業との契約については、日本の大手コンサルティング会社が引き受けてくれた。海外企業との契約については知識もなかったため、担当のコンサルタントに任せるしかなかった。
合弁会社を設立することになったのも、マレーシアの企業とコンサルタントとの話し合いで決まったことだった。コンサルタントからは、大きな会社に任せておけばよいと言われた。確かにマレーシアで展開する以上、マレーシアのやり方に合わせたほうがよいが、美味しいパンを提供することだけは譲れなかった。先方が向井社長の想いを受け継ぐと約束してくれたため、他のことについてはコンサルタントに任せていた。
しかし、出来上がった契約書を金融機関の担当者や顧問会計士などに見せたところ、内容に問題があるのではないかという指摘を受けたのだ。外部から指摘を受けた時にはすでに契約内容を変更することが不可能な状態になってしまっており、結局、不利な状態で契約を締結してしまった。せっかく特許を取得しているパンの製法や店舗の運営方法などのノウハウを提供したコルネットにはまったくメリットがない状態となってしまったのである。
大きな会社との提携であり、日本の大手コンサルティング会社に依頼したからといって安心できるわけではない。自らの意向を反映したサポートをしてもらえないのであればコンサルタント契約を解除すべきであった。海外ビジネスを展開するためには信頼できるよいパートナーが必要だということを初の海外展開で痛感した。
経験を活かしてフィリピンに展開
フィリピンのパートナーは、アイスクリームなどを扱っている会社に勤めている個人である。肉親が日本にいるということもあり、日本のビジネスの常識もよくわかっている人だった。パートナーの子はフィリピンの大手小売店のマネージャーであり、店舗運営についての経験も豊富だ。過去の苦い経験を活かし、今度は、オーナーの人柄や方針のようなパーソナリティから、支払い方法などの取引条件まで細かく確認した。
加えて外部企業に依頼して調査も行った。来日してもらい、直接話したうえで信用できる人材であることを自ら確認した。現在のコンサルタントは向井社長の意向を踏まえ、きめ細かにサポートしてくれている。フィリピンのパートナーには日本からパンを送るため、まずは1店舗からスタートし、その店舗が成功した後に多店舗展開することを検討してほしいと伝えている。無事にライセンス契約を締結し、2014年にはフィリピンでもコルネットが展開される。
他の国からもライセンス提供の依頼があるが、まずはフィリピンのパートナーと国内のパートナーの開業支援に注力したいと考えている。過去には失敗もあったが、海外展開をやめようとは考えていない。コルネットを世界中の人に美味しいと言って食べてもらいたい。その想いが海外展開を決めた原点であり、変わることはないからだ。「自分のこだわりをしっかりと伝え、身の丈に合ったビジネスを展開したい」という向井社長の想いはこれから広がりを見せるだろう。
企業データ
- 企業名
- 株式会社コルネット
- Webサイト
- 代表者
- 向井 紫
- 所在地
- 静岡県浜松市中区助信町19-19
- 事業内容
- 食料品製造、卸・小売