中小企業の海外展開入門

「医療法人社団KNI」医療の輸出産業化を目指して

日本の医療サービスは世界でもトップの水準を誇っているにも関わらず、病院経営においては、経営不振や撤退、医療従事者の不足などさまざまな問題も生じていた。また、医療関連機器においては海外メーカーからの輸入が増えているという状況であり、医療の周辺産業も衰退の危機にあった。この危機を乗り越えるべく、「医療の輸出産業化」という理念の実現に取り組み、新たな活路を見出したのが1996年に設立された医療法人社団KNIだ。これまでの取組みと今後の展望について、経営企画室 海外事業担当の中山美穂子氏に話を聞いた。

海外展開先国としてカンボジアを選定

KNIは日本国内で病院やクリニックなど5つの施設の運営を手掛ける。KNIは設立当初より海外展開の機会を模索していた。最初の候補地はタイだったが、当時のタイはメディカル・ツーリズムがすでに盛んだった。実際にタイの病院を視察してみると、病院は綺麗でアメニティも充実していた。一方、隣国のカンボジアでは、国民の収入による医療格差が生じているだけでなく、富裕層は近隣アジア諸国で医療を受けているという状況だった。

KNIは2008年にタイの王立銀行総裁からの提案でカンボジアの医療調査を開始した。2009年には東アジア・アセアン経済研究センターからの委託を受け、HHRDプロジェクトを立案した。HHRDプロジェクトとは、現地に救命救急センターを設立し医療活動を行いつつ現地医療従事者を育成し、日本の医療産業の輸出につなげるというものだ。

カンボジアの医療レベルは日本と比較するとかなり低い。医療従事者も少ない上に、内戦が続いていたため医療従事者への教育も十分に行われてはいなかったからだ。そこで、カンボジアで実際に医療を提供すると同時に、現地の医療従事者を教育し、最終的には彼ら自身で十分な医療活動ができるような状態を実現しようと考えている。

また、病院の運営には医療機器だけでなくビルメンテナンス、給食、保険、ITなどさまざまな業種が関わっている。病院の周辺産業が病院と共に海外展開をする、というモデルケースをつくりたいとも考えている。カンボジアでの展開により、日本とカンボジア両国のwin-winの関係を築くことができる。

2012年、本格的に海外展開活動がスタートした。まずはNGO活動の一環として、カンボジア国立病院内の脳外科のICUの病棟に手術室を設置し医療提供を開始した。また、同年12月からはKJC(Kitahara Japan Clinic)での診療を始めた。KJCは病床を持たない診療所だ。これらの活動と並行して、各種調査やプロモーション活動を行い、救命救急センターの設立に備えている。

カンボジアの首都プノンペンにあるKJC(Kitahara Japan Clinic)

カンボジアの医療事情とKNIが設立準備に着手している救命救急センター

カンボジアの国立病院はほぼ無料で医療を提供しているが、クリニックには費用がかかる。そのためクリニックには、所得水準の中間層から富裕層が多く通院している。KNIが設立準備に着手している救命救急センターは中間層から富裕層を対象としている病院であるため、所得の低い層に対しては、国立病院で受診できるような体制を整え便宜を図っている。将来的には所得にかかわらず医療を受けられる体制を整える予定である。

現在、カンボジアの富裕層はタイやベトナム、シンガポールなどの周辺国に医療を受けに行く。カンボジアの医療はカンボジア人ですら信用していない状況だ。救急患者においては、適切な処置が施されずに亡くなってしまうケースもある。現在、取り組んでいるのは、脳外科を中心とした救命救急センターだが、環境は劣悪でドクターは十分な教育を受けていなかったりもする。このセンターができれば助かる人は格段に増えるに違いない。

KNIによる国立病院への医療提供

KNIが医療提供を行っているカンボジアの国立病院には埃が目立ち、劣化した設備も目立つ。器具も十分に滅菌されておらず、ゴミが放置されていることさえあるというが、これはきちんとした教育がなされていないことが原因だ。また、日本だと完全看護体制がとられているが、カンボジアでは基本的に家族が看るのが普通だという。家族が患者と同じ病室の床に寝泊りしている。病院食はなく、家族が料理を作ったり、食事を持ち込んだりしている。

そのような国立病院に対しては、現地の医療機関従事者への教育をメインに行っている。脳外科通院患者の診断について話し合ったり、リハビリ指導を行ったり、看護の仕方を教えている。

カンボジアには医療用語も少ない。たとえば脳を表現する単語がクメール語には存在せず、頭という単語に脳の意味までが含まれる。カンボジアでは開頭手術の前例がほとんどなく、ドクターにも技術がないため、KNIの医師が教育もかねて現地のドクターと看護師に指導しながら手術をした。そもそもカンボジアには脳外科医が18名しかいないそうだ。その手術をしたことを新聞に掲載しようとしたときに、クメール語に脳腫瘍という言葉がないことに気付いたという。結局、新聞には苦心の末「頭の中の肉の塊」という表現で掲載することとなった。

クリニックの開設

昨年開業したクリニックは、閑静な住宅街の平屋建ての家を借りて開設した。カンボジアには、多くのクリニックが存在しているが、日本のような保険制度がない。そのため、受診料の設定が難しいのだが、現地のニーズをくみ取りそれに合わせた料金設定をしている。

同クリニックではドクターによる診察や看護相談、リハビリテーションを手掛けている。クリニックには医師が常駐していないため、医師不在時に診察が必要な場合は、日本の病院とつないで遠隔診療を行っている。

カンボジアではドクター、看護師、事務、リハビリテーション担当の7名のスタッフで国立病院のサポートとクリニックの運営を行っている。ここには、他国で処方された薬が効かないという相談を持ちかけてくる人もいる。診療時にきちんとした説明を受けておらず、改めて説明を受け正しい服用をしてはじめて薬が効く人も多い。直接診察しているわけではないが、的確なアドバイスをすることからも日本の医療の質の高さを実感してくれているのではないか。

現地での指導場面

リハビリテーションへの理解を深める取組み

カンボジアでは、脳外科についての市民の理解が乏しく、リハビリテーションが必要と診断される人はいても患者自身がそれを望まないケースも多い。リハビリテーションの重要性を認識していないと言ったほうが正しいかもしれない。医療従事者においても同じ認識であることが多いため、ある程度のケアが終わったら退院させてしまう。

その結果、麻痺が残ったまま寝たきりになってしまったり、そのまま亡くなってしまうケースもある。正しい医療が施されることで助かる命が増えることは、これまでの活動を通して実感している。リハビリテーションの重要性を理解させるのも重要な仕事の1つだと中山氏は語る。

リハビリテーションを理解させるためには、痛みが取れた、動かない個所が動いたといった効果を実感してもらうことが有効である。そこで2011年、2012年とリハビリテーション担当のスタッフが調査をかねて農村部を訪れた。日頃利用しているタクシードライバーなど現地の人から親族や知人を紹介してもらい、訪問してヒアリングを行った。すると、医療費を十分支払うことのできる人達であってもリハビリテーションについては無知だということがわかった。そこで市民教育の一環として、ヒアリングと合わせた治療も行った。

リハビリテーションについては、自分たちの活動をテレビや新聞で告知したり、ホームページを制作し紹介したりもしている。トゥクトゥクの看板にも広告を出している。今後はより一層の理解を深めるため、セミナーなども開催したいと考えている。テレビや新聞の反響かどうかわからないが、今年の2月、3月は患者が多かったという。カンボジアでは情報は口コミで広がることが多いそうだが、この来院数の増加も地道なPR活動の効果なのではないだろうか。

また、こんなこともあった。ある職員が接触事故に遭って倒れた時、トゥクトゥクのドライバーが「ここのクリニックは良いから、そこに運べ」といって指差した看板がKNIのクリニックの看板だったという。これも、一般市民に良い評判が広がっていることの表れなのではないだろうか。

カンボジアに日本の医療を

支援している国立病院からはどのような評価を得ているのだろうか。こんな質問を中山氏にぶつけてみた。脳外科病棟にきちんとした手術室とICUを無償提供し体制整備を行った点と、高い技術レベルの手術を教えている点について、国立病院から高い評価を受けているとのことであった。また、日本の看護師による看護への評価は、患者の間で非常に高くニーズも多いという。

自国の医療水準が低いことはカンボジア政府も認識しているそうである。だからこそ日本の病院の医療を根付かせ、彼らの国できちんと医療を受けられるようにしたいと考えている。そのためKNIでは、国の教育機関である看護師・リハビリテーション養成校にて定期的に講義を行っている。真剣に講義を受ける若者を見て将来性や期待を感じており、カンボジアの人達が自分たちでしっかりとした医療を施せる日が来る手ごたえを感じているという。

過去には、ドクターや医療通訳、看護師をカンボジアから受け入れたこともある。現在、クメール語と日本語の間の医療通訳は存在しないので、その育成も今後の重要なテーマだ。活動範囲は幅広い。

理念の実現にむけて

今、KNIは救命救急センターを他の日本企業と一緒に立ち上げようとしている。2013年度末に着工し、2016年にオープンすべく準備を進めている。この救命救急センターと国立病院との連携システム作りが実現すれば、収入を問わず国民の多くが医療を受けられる体制が整う。

引き続きNGOの活動も広げていく。センターに勤務する現地医療従事者を増やし、マネジメントスタッフも育てながら運営していけるようにしたい。日本人関係者は教育がしっかりできる程度の人数で運営し、将来的には現地スタッフだけで運営することがKNIの目指す姿だ。

医療周辺分野での展開を実現するため、地元の八王子で100社プロジェクトも立ち上げた。八王子で医療周辺事業を手掛ける中小企業に対し、カンボジア進出に向けた勉強会などを開催している。地元の信用金庫や八王子市ともタイアップして勉強会も行った。今後は、カンボジアへのスタディツアーも予定している。これまで自分たちが培ってきた経験や知識を共有し、医療産業の輸出を一日でも早く実現したいと考えている。

最近、ミャンマーなど周辺国の調査を始めたという。近い将来、カンボジア以外の国でもその国の実情に合わせた展開をしたいと考えている。単なる医療提供にとどまらず、医療従事者の人材育成を行うことでその国の医療基盤を確立させるというKNIのプロジェクトは多くの国の医療を変えるだろう。

企業データ

企業名
医療法人社団KNI
代表者
北原 茂実(理事長)
所在地
東京都八王子市大和田町1-7-23
事業内容
医療