中小企業の海外展開入門
「ミヤ通信工業」人との縁が海外進出のきっかけに
主に半導体製造装置の製造を手掛けるミヤ通信工業は山梨県で40年の歴史を誇る。取引先である大手企業の近くで開発設計業務を行うことになり、7年前に東京に進出し、その後北米にも拠点を構えた。
昨年にはASEANの拠点としてベトナム進出も果たし、ミヤツーベトナムを設立。ベトナムでの事業について、ミヤツーベトナムの志村社長に話を伺った。
初めての海外進出は北米マーケット
台湾の大手メーカーがLED製造を開始したが、そこのトップエンジニアから友人の志村社長にLED電子機器の販売に関する相談が寄せられたのは、今から3年前であった。
北米はLED市場が大きいこともあり、テストマーケティングを行うためにミヤツーUSを設立したことが北米進出のきっかけとなった。
北米では「安くて長持ちするよい商品」が売れる。ブランド名で商品が購入されることが多く、また流通構造が複雑である日本とは大きな違いだ。だからこそ商品の真の価値が問われるマーケットであるともいえる。
ロサンゼルスにオフィスを構えるミヤツーUSの取り扱うLED電子機器は、今年1月の米国アマゾンランキングでトップだったという。キャンペーンを実施したからということだが、それでもトップを取るのは容易なことではない。少しずつではあるが成長の手ごたえを感じているようだ。
ASEANを狙う
ベトナムは日本のメーカーが数多く進出している国だ。ASEANに進出しなければ生き残れないと考え、以前より市場調査を行っていた。そんな折、昨年5月末に本社社長の元に、金融システムを手掛けるベトナムの開発拠点の売却の話が舞い込んできた。6月から3カ月間にわたり検討を重ねた結果、進出を決意した。
ビジネスはタイミングであり、スピードも大事だ。買取りを決めた一番の理由は、エンジニアの質が高いということだった。現地スタッフは43名。7名の管理者を除いた36名がエンジニアだ。
金融システムは24時間稼働している。マーケットが閉じるのはベトナム時間で土曜日午前5時から月曜日の午前7時の間だけだが、その間もシステムは止められない。
その会社はシステムの基本設計から手掛けていた。プロジェクトマネージャークラスも3名おり、うち1名はビジネスアナリストだった。サーバーからネットワークの構築までできるスタッフだ。
知識層のコストパフォーマンスが優れているのが、最大の武器だと感じた。平均年齢28歳。多くの社員はハノイ工科大学や貿易大学というベトナム最高峰の大学を卒業した、いわばエリートだ。しかも、プロジェクトマネージャークラスは日系企業での勤務経験があり、日本で研修を受けたこともある。
日本語も学んでいるので、業務に必要な最低限の会話はできる。コミュニケーター3名、マニュアル翻訳も3名いる。会社ではほとんど日本語が通じる。できなくても、英語はできる。よく言われることだが、日本よりも安価に優秀な人材を確保できるということがわかった。そこで、この会社を引き受けることを決め、2012年10月からミヤツーベトナムがスタートした。
カルチャーギャップとコミュニケーションギャップに悩んだ3カ月間
ベトナムは就業人口の約48%が第1次産業に従事している一方で、ITの就業人口は約0.5%程度と極端に少ない。対日感情も良好なこの国では、日系企業は人気が高い。
会社を選ぶときに最も重視されるのは給与であるが、ハノイを中心とし、IT業界でも高い給与を出す条件で社員が引き抜かれる。ミヤ通信工業がこの会社を引き継ぐときにも10数名のスタッフが引き抜かれたという。それでも残っているのが今の社員達だ。
社員を採用する際には、在籍する社員にインセンティブを払って声掛けをさせる方法が一番効率的だという。そんなベトナムで、昨年10月に会社をスタートさせてから3カ月間は葛藤の連続だったという。
確かにベトナム人のスタッフは優秀ではあるが、業務について自発的に報告や説明をしない。例えば、トラブルの原因を把握していても顧客に説明できないのだ。そこで、結論から話すことを習慣化させるために外部講師を招き研修を行ったところ、最近では少しずつ改善してきたという。
また、複数業務を同時に進めることも苦手なようだ。業務範囲を限定し、納期を決めることでようやく行動に移れる。当然、進捗状況については報告を求めなければならない。
ここでブリッジエンジニアの必要性が生じてくる。日本と同じような効率で業務を推進できると思ってはいけない。また、ベトナムは家族が一番で、会社へのロイヤリティ、すなわち帰属意識は低い。だからこそ家族的な雰囲気作りも重要な要素だ。
ミヤツーベトナムではチームビルディングのため、毎月1回は会社主催の食事会や飲み会を行っている。現地のIT会や商工会で聞いたところ、チームビルディングのために大変重要なことだと言われたそうだ。
「郷に入れば郷に従え」とはまさにこのこと。月1回の飲み会や食事会だけでなく、社員旅行や旧正月前のお土産、明けた後のお年玉、年2回の昇給とボーナスも必要だという。60年代の日本企業のようだが、育成した優秀な人材にロイヤリティを持たせるための対価と考えるほかない。
社員は向上心が強く、夜間大学に通っている人もいる。そこでスキルを磨き、ステップアップのために転職をするため、社員の新陳代謝も活発だ。
仕事も楽しい、給与もよい、仲間と親しいということが社員を維持するポイントのようだ。相手を理解しようとするのではなく、ありのままの彼らを受け止めることが重要だ。同じ日本人であったとしても育った環境が異なれば、考えや行動も異なる。国が違えばなおさらだ。
現地の事業を受注する
前の会社から引き継いだ金融システム事業は、ミヤツーベトナムのベース事業となっている。事業内容は、日本からの金融ソフトのオフショア開発であり、今年3月からは新しい金融システム事業ソフトの開発にも着手する。今後は現地の事業の受注も狙っていくという。
オフショア開発を受注できるうちはよいが、じきにコストが安い国に仕事が流れてしまうのではないかという危機感もある。だからこそ現地の事業を手掛ける必要があると強く感じているそうだ。
志村社長が狙っている現地のインフラに関する事業は入札案件だが、業者が決定するまでのプロセスが不透明である。「案件が公示された段階では既に入札前のロビー活動で候補が数社に絞られている」ということや「見積もりの作成方法にも独自のルールがある」という話も聞く。
同じビルには世界最大の異業種交流会を運営するBNI社がある。ミヤツーベトナムが参加しているチャプター内の企業から入札案件に関する情報を入手することができた。技術的には十分対応できるため早期に情報を入手するルートを確保し、何度もチャレンジすることで一連の流れと対応方法を理解できるのではないかと考えている。入札案件を落札し、現地の事業に参入することが目下の目標となっている。
ベトナム進出の留意点
これからベトナム進出する際の留意点を聞いたところ、以下の4点が挙げられた。
1点目は、人材を見極める目を養うこと。ベトナムでは採用した人材は解雇できない上に、給与も下げられないという、従業員に有利なベトナム労働法が存在するからである。
2点目は、マネージメント力のある人材には相応の給与を支払うべきであるということ。できるだけ人件費を押さえたいという考えもあるが、ベトナム人スタッフのマネージメントはベトナム人に任せたほうが上手くいくため、将来の企業の発展を考える上でも必要経費と考えるべきである。
3点目は、現地の法律や会計に詳しい会計事務所や法律事務所を選ぶべきこと。日本語が話せるからという理由だけで会社設立の手続きを行う会社を選んでも、現地のルールにあまり詳しくないケースもあるそうだ。
最後は、正しい情報を得るために、国内支援機関や現地の商工会などとの関係も深めること。公的機関のデータは正確であり、また日系企業同士の横の連携もさまざまな情報収集をする上で重要である。
次なる挑戦
ミヤツーベトナムはASEANの開発拠点として設立された会社である。できるだけ早く現地の事業に参入し、向こう3年くらいでASEANに進出したいと考えている。香港やマレーシアの会社からも開発依頼がすでに来ているそうだが、これは既存の取引先からの紹介だ。
自社の技術力には絶対の自信を持っている。あとは、ビジネスチャンスをつかむだけだ。今は、現地企業や早くから参入している日系企業と連携し機会を伺っている状態。ASEANで自立する形があるべき姿だ、と志村社長は語る。
日本からのオフショア開発のみを手掛ける企業も多いが、現地の事業も受託しベトナムを軸にASEAN全域に事業を拡大しようするミヤツーベトナムのビジネスモデルは、海外進出を検討している中小企業の手本として、注目を集めるのではないだろうか。
企業データ
- 企業名
- ミヤ通信工業株式会社
- Webサイト
- 代表者
- 宮田 千治
- 所在地
- 山梨県上野原市上野原8154-36
- 事業内容
- 製造(半導体製造装置製造)